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異語り 080 コーヒーメーカー

コトガタリ 080 コーヒーメーカー

ミカの家族はコーヒーをよく飲む。
リビングにはコーヒーメーカーが置いてあり、小さな頃から朝起きるとコーヒーの香りが漂っていた。
ミカもコーヒーを楽しむ頃になると、少し大きめのコーヒーメーカーへと代替わりし、毎朝いい香りを生み出してくれている。
母が出してくれる朝食とコーヒーを詰め込み学校へ行く。
いつの間にかそんなルーティンが出来上がっていた。

それはミカが就職しても変わることなく、ある種の安定剤のようなものになっていた。
ただそんな安寧のルーティンは突然途切れる。

母に病が見つかり入院することになったのだ。


バタバタと準備を整え、病院に付き添った。
医師の説明。手術の選択。仕事。家事。
やらなきゃいけないことが一気に増え、息つく暇も忘れていた。

ただ救いもあった。

母の病は完治して2ヶ月程で家に戻ってくること。
父が意外にも多少の家事ができたこと。
そしてそんな父が毎朝欠かさずコーヒーを淹れておいてくれたこと。

朝、母のいないリビングはとても静かでひどく寂しかった。
でもいつも通りのコーヒーの香りがその寂しさを薄めてくれていた。


母の退院が10日後に決まり、気持ちも余裕が出てきた頃、父に声をかけられた。
「明日から二泊三日で出張だから早起きしなくてもいいぞ。いつもありがとうな」
別に父のために何かしていた記憶もなかったが「うん、大丈夫。こちらこそいつもありがとう」と返しておいた。

父は出張の支度も自分で済ませ、翌朝早くに出ていった。
ちゃんとコーヒーも淹れて行ってくれたらしい。

さらに静かになりそうな夜を思いつつ、感謝しながらコーヒーを飲んだ。


「さて今日は自分で入らなきゃな」
翌朝、そう思いながらリビングに扉を開けるとふわっとコーヒーの香りがする。
長年染み付いた残りなどではなくいれたての香ばしい匂い。

確かに昨夜、スイッチを入れるだけで済むようにセットはしておいた。
しかしコーヒーメーカーにタイマー機能なんてものは付いていない。
寝ぼけてスイッチを押したというようなこともない。
間違ってスイッチを押すようなペットもいない。


「……気持ち悪い」

勿体ないと思ったが、そのコーヒーは飲めなかった。


その次の日。
コーヒーの香りはしなかった。


寂しく感じたがホッとした。
念のためコンセントから抜いておいたのだ。

「それでは」と、コンセントをさすとコーヒーメーカーはすぐに稼働し始めた。

顔がひきつる。

昨日は念のためコンセントを抜いた。
そしてちゃんとスイッチを切った。
それを何度も確認した。

今、コンセントをさしただけで動き出すはずがないのだ。

ミカはそっとスイッチを切り、再びコンセントを抜いた。
中の水や粉を捨てコーヒーメーカーをゴミ袋に放り込むとテープでぐるぐる巻きにして部屋の隅に置いた。


出張から帰ってきた父には「壊れた」と説明し、しばらくはインスタントコーヒーで我慢することとなった。


母が退院する日
仕事を休み病院へと迎えに行った。
母は少しほっそりしていたが顔色はよく、同室だった入院仲間や看護師さんに笑顔で挨拶をしていた。
車に乗り込むと「ふうっ」と一つため息をつく
「うちは大丈夫だった?」
「うん、お父さんも自分のことは自分でできる人だから全然大丈夫だったよ」
「そうよかった。母さんたら入院してるのに毎朝コーヒー入れる夢を見てたわよ。病院じゃおいしいコーヒー飲めないからね。帰ったら思う存分「あのさ、コーヒーメーカー壊れちゃったみたいで今インスタントしかないの」

「……あら、そうなの残念。実は1週間ぐらい前からコーヒー淹れる夢も見れなくなっちゃったし、……そうだ帰りにどこかで飲んでいかない?」

母のリクエストで喫茶店によりコーヒーを飲んでから帰宅した。


母の体調を考え、しばらく朝食は各自で取ることになった。ちょっと物足りないがインスタントコーヒー続行である。

それでも母が帰ってきてから1週間ほどで、ミカのルーティンは元に戻った。
新しいコーヒーメーカーがリビングに置かれ、朝にはいい匂いを漂わせている。

今度の物はタイマー付きなので夜セットしておけば 朝、淹れたてのコーヒーが出来上がっている。


父にはっきり確認したわけではないが、どうやら母の入院中もコーヒーはノータッチだったらしい。

ではあの時毎日飲んでいたのは?

思い返すと鳥肌がたつ。

でも、
もしかしたら母は入院中も毎朝コーヒーを淹れに来ていたのかもしれない。

毎朝コーヒーを淹れる夢を見ていたと言うから案外ありえそうだ。そう思うと不思議と嫌な気持ちはなくなっていた。

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