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異語り 154 川遊び

コトガタリ 154 カワアソビ

50代 男性

私の父はアウトドアが大好きでした。
冬はスキー、夏は海釣り、山登り。
そして年中チャンスがあればキャンプへ連れていかれました。

ですが、当時の私はあまりキャンプが好きではありませんでした。
40年くらい前ですと、まだ子供連れでキャンプに来るような家族は少なく、周りはベテランのソロキャンパーか大学生、年配のご夫婦がほとんどで、遊び相手がいなくて暇だったんです。
まぁ父が本格的なキャンプ場ばかりを選んでいた可能性もありますが……


ある年の夏、これまた山奥の少し登山もしなければならないようなキャンプ場に連れていかれました。
家族連れの姿はなく「今回もまた暇なんだな」とガッカリしていると、白い犬がこちらへ駆けてきました。
首輪はしていますが、リードはありません。
ちょっと身構えていましたが、犬は吠えることもなく尻尾をぶんぶんと振って私を見つめてきます。
おそらく雑種でしょう。
柴犬よりは1回りほど大きいですが、とても人懐っこい顔していました。

そのすぐ後ろを、小柄の男の人が歩いてきました。
どうやらキャンプ場の管理人さんのようでした。
「ゴン太って言うんだ。よかったら遊んでやって」
と犬のおもちゃらしきボロボロの太いロープを渡されました。
「投げたり引っ張ったりすると喜ぶから」
確かにロープを手渡されてからゴン太の目がキラキラと輝いています。
チラリと父を見上げると
「いいよキャンプ場の中だけな」と許可してもらえました。

その日はテント張りもマキ拾いもせずにずっとゴン太と遊んでいました。


翌日は近くの沢へ遊びに行きました。
六畳程の開けた砂利の広場を幅2メートルくらいの川が流れていました。
川は足首ぐらいまでの深さしかなく、子供でも安心して遊べる場所でした。

母は温泉に行きたいらしく、沢の様子を確認するとキャンプ場へと戻っていきました。



ゴンタは沢にもついてきました。
私は早速ゴン太と水遊びを始めました。

父はどうやら川で釣りをしたかったみたいです。
私とゴンタが水遊びをしていると当然魚は釣れません。

「少し上流に行ってくるから、この広場から出ないようにな。あの岩の向こうには行かないこと」
私にそう言い聞かせて、父は川を登って行きました。


私は石をひっくり返してカニを取ったり、川をせき止めて小さなプールを作ったりしてる遊んでいました。

すると、急にゴン太のうなり声がして驚いて顔を上げました。


「ねぇ」
背後から声をかけられました。
慌てて振り返ると、自分と同じぐらいの男の子がすぐ側に立っていました。



男の子はヒロと名乗りました。
ヒロはキャンプに来たのではなく、この近くに住んでいると言いました。

「何してるの?」
「プール作ってた」
「この下にあったかい水が出てるところがあるんだ、そこに作ったら本物のお風呂が出来るよ」
「えっ、ほんと!」

ヒロはひょいひょいと石を渡り、下流にある大きな岩の向こう側へと消えて行きました。
「あっ、待って」
急にヒロ姿が見えなくなると、とても不安に襲われました。
慌てて後を追いかけます。

下流の大岩に手をかけた時
ゴン太が後ろで「ワン」と吠えました。

スッと気持ちが落ち着き、約束を思い出しました。
この岩を越えてしまうと父との約束を破ることになってしまいます。

どうしようか迷いつつ岩の向こう側を覗くと、さらに下流へ行っていたらしいヒロが10メートルほど先の岩陰から顔を出しました。

「おーいこっちだよ、この下にあるんだ」
ヒロが指しているだろう先は岩に隠れて見えませんでした。

「ここから離れちゃダメなんだ」
「ええ、すぐそこだよー?」
ぴょこっとヒロの姿が岩陰に消えると、また不安がこみ上げてきます。

見るだけならいいかな?
そんな考えが浮かび、岩に足をかけると
再びゴン太が吠えました。

「大丈夫だよ、ちょっと見てくるだけだから」
でも、ゴン太は私のビーチサンダルに噛みつき唸り声をあげます。

どうしようか困っていると
「何やってんだよ、来ないのか?」


すぐ後にヒロがいました。

大岩の上から覗き込んでくるので、真っ黒な影のように見えます。

何だろう、ちょっと怖い
「……ゴン太が離してくれなくてさ」
「じゃあビーサン脱いでくればいいだろう」

ゴン太の唸り声がさらに低くなります。


「ほら、行こうぜ」


黒い影のヒロがこちらに手を伸ばし、ニカッと笑いました。


真っ黒な影の中に、大きな口とそこに並ぶ白い歯だけが浮かび上がっているみたいに見えました。


あまりに不気味


私が思わず身を引くと、ゴン太に引っ張られ川の中に尻餅をつきました。


私が倒れたを確認すると、
ゴン太はサンダルから口を離し猛然と岩の上に吠えかかります。


岩の上ではヒロと思われる影が仁王立ちで私たちを見下ろしていました。

ゴン太は私を隠すように私の前に回り込み、さらに吠え続けます。



「おーい、大丈夫かー」

後方から間延びした父の声がして


一瞬そちらに目を向けた隙に影のヒロはいなくなっていました。


「あれ、ヒロ?」
へばりつくようにしてよじ登り岩の上に立つと、父も上に登ってきました。

「どうかしたか? やたらとゴン太が吠えるから様子を見に来たんだ」
「うん、ヒロがこの下にお湯がでるところがあるから行かないかって言ったんだけど」
「この下に?」
「うん。でもいなくなっちゃった」
「父さんが来た時にはもう誰も居なかったぞ?」

周りを見渡しても人の気配はありません。
「それにここから下の場所は岩と苔が多くて滑りやすいんだ。釣りにも行くなって管理人さんにも注意されてるんだよ。ヒロくんっていうのは何処の子だろう」
「この近くだって言ってたけど、詳しくは知らない」



あとで確認すると、そこの山は全部管理人さんの所有地で民家などはないらしいです。
それと、その地域では昔からカッパの伝説があるそうです。

ヒロは緑でもなかったし、皿もついてなかったと思うのですが……
もしかしたらそうだったのかな? って思ってます。

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