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異語り 098 鏡嫌い

コトガタリ 098 カガミギライ

その人はとても綺麗な人でした。
メイクは一切しない人で、どこに行く時でもいつもスッピンでした。
髪も自分でカットするので毛先がガタガタ。
服は通販で買うから時々「失敗しちゃった」と言ってほとんど新品のような服を人にあげたりしていました。

部屋に遊びに行ったこともあります。
テレビやレンジがなく、お風呂もシャワーのみのとてもシンプルなお部屋でした。
「別にミニマリストを目指してる訳じゃないのよ」そう言って中を見せてくれたクローゼットには確かにぎっしりとものが詰め込まれていました。

個性的だと言われる友人が多かったので、その人のそんなこだわりも特に気にしていなかったのですが、ある時その理由を教えてくれました。


「実はね、鏡を見るのが好きじゃないんだよ」
その人はとても綺麗な人です。
私ならずっと鏡を見ていてもいいって思えるぐらい、羨ましい程に綺麗な人なんです。
なのになぜ?

特大の疑問符を頭に浮かべながら強めに問い返してしまいました。

「鏡だけじゃなくて映るもの全部が苦手なんだよ」
そう言って苦笑いを浮かべます。
ますます理由がわかりません。

そういえばその人の家のパソコンは常にスクリーンセーバーが起動していたし、せっかく眺望の開けた窓も全てすりガラスシートが貼られていました。


ちょっと言いづらそうに言葉を選びながら
「自分じゃない、顔が映るんだよ」
その人は困ったように眉尻を下げながら泣いているみたいな顔で笑いました。
「いつもではないんだけどね、時々全く知らない顔が現れたりするんだ」

疲れた時に不意打ちで見た自分の顔はびっくりするぐらい老けていたりするけど、そんなレベルではなく、明らかな別人が鏡に映るのだと言います。
とても幼い子供だったり、老婆だったり、時には目や肌の色も違う人が、自分がするように首を傾げ顔をしかめ、鏡の向こう側にいると言います。

まだ物事がよく分からなかった頃は普通に受け止めていたけれど、鏡というものを理解してしまってからは、気味が悪くて少しでも姿が映るものには近づくなかなったと言います。

おそらくその人にとっては深刻な悩みだったと思います。
ですが、どっぷりオカルト沼にはまっていた私にはその状況はとてもうらやましくもありました。
「違う世界にいる自分なのかな? 違う世界の全く知らない人が見えていたのかも」
私の小さな呟きにその人は驚いた顔をしました。
「……そんな風に考えたことはなかったなぁ。そうか、もしかしたら違う世界が……」
と真剣に考え込んでいました。

その後は日々のたわいの雑談となり、その日は別れることになりました。
別れ際
「ずっと気持ち悪いとばかり思っていたけれど、別の世界が覗けるかもと考えるとちょっと面白いね、話してみて良かったよ。ありがとう」
とても爽やかな笑顔で手を振って帰っていかれました。


一か月ほどした頃
『思い切ってドレッサーを買ってみたんだ、ちゃんと鏡を閉じれるやつね。実はちょっと憧れてたんだよ』
とメッセージと共に写真が添付されてきました。
小ぶりのシンプルなドレッサーは鏡が開かれ、その中にカメラを構えたその人がとてもいい笑顔で写っていました。


ただ、それ以降その人とは連絡が取れていません。
今まで届いていたはずのメッセージも最近は戻ってきてしまいます。
一緒に遊び歩くような仲でもなかったからあまり気にしていなかったのですが、その人と仲が良かった人たちから「見かけなかったか?」と何度か聞かれちょっと心配しています。

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