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異語り 082 辻占

コトガタリ 082 ツジウラ

昼間の観光地はとにかく人が多かった。
土産物屋が並ぶメインストリートなのだから当たり前なのだけど、浮かれている人が多いせいか、道の端に立っているだけなのに何度も人にぶつかっている。

「あっ、すいません」
「……いえ」

既に定型になりつつある受け答えが、自分の周りからも聞こえてくる。

ふうっと息をつき改めて自分の周囲を確認する。
ごった返す土産物屋。
その出入り口を避けるようにして、歩道と車道の境目あたりに並ぶ人の列。
自分の前にはあと3人ほど。
そして自分の後ろにも既に5人ほどの人が並んでいる。

列の先頭には1人の男が小さな机の向こうに座っている。


さて、自分は何でこんな列に並んでいるのだろう?

人混みの熱気でぼんやりとしながら昨日の夜を思い返す。

「でね、センター通りの土産物屋さんの角で、手相占いやってる男の人がいるんだけどね、その人がすごくよく当たるんだって。せっかく来たんだから行ってみればいいよ」

そうだ、友人に勧められて来てみたのだ。

もう一度並んでいる前後を眺める。
これだけ行列になるってことは、やはりそれなりに有名、もしくは人気があるのだろう。

では、並ぶのもしょうがないか。と、思い直した。


……が、昨日の友人とは?

自分は今1人旅の真っ最中。旅の道連れはいない。
宿泊先によっては客同士の距離が近く一緒に飲んだり、翌日一緒に観光に行くこともあるが、昨日の宿はそのタイプではなかった。
さらに昨日は移動日で疲れていたから、1人でさっさと夕食をとって寝てしまったはず。

……じゃあその前の?


あれこれとこれまでの日程を思い返してみるが、いつ占い師の話題が出たのか全く思い出せない。
でも、言われた言葉だけははっきりと覚えている。
「センター通り土産物屋の前の男の占い師」「『瀬尾』の立て札が目印」
他の人が話していたことを耳にしたのだろうか?
いや……。話していた友人の顔は思い出せないが、はっきりと自分に向かって言われた感覚と、相手が友人だという気持ちだけが残っている。

悶々としているうちに自分の番が来てしまった。
男の向かいにある小さな椅子に腰を下ろすと軽く会釈された。
「何を知りたいですか?」
そう問われてはっとする。
そう言えば占ってほしいようなことも特になかった。
「えっと、全体運を……これからいいことありますか?」
結構並んで座ってしまったのに「やっぱりいいです」とは言い出せず、とりあえずふんわりとした希望を伝えた。


結果としては、マナー的な小言と、「これから先の未来は明るい」的な毒にも薬にもならなさそうなアドバイスを頂いた。

約20分ほどお話して3000円だったと思う。

お礼を言って席を離れ振り返った。
行列は相変わらず8人程が並んでいる。
占い師は朝から夜までずっと占っているらしい。

黒い綿のシャツに濃いジーパン。
顔の印象も薄く、次に会っても絶対に気が付かない自信がある。
本当にただの辻占い師


ただ、この日から早朝に目が覚めるようになった。
何か夢を見て、それが原因で飛び起きる。
だけど、その瞬間 何の夢を見ていたかは忘れてしまう。

でも、起きた時の息苦しさや寝汗で悪夢だったのだろうと思う。
記憶にはないが、体が覚えている。
そんな感じで徐々に疲れが溜まっていく気がした。


あまりに続くので予定を数日早めてその町を離れた。

以来、早朝の悪夢も見なくなった。


ただの偶然だった?

そんな気もするけれど、今でも街中で座っている占い師の方を見つけると、つい身構えてしまう。

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