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異語り 158 階段

コトガタリ 158 カイダン

40代 男性

そのホールはオフィスビルの8階にある。
ビル自体が昭和の中頃に建てられたものなので、結構年季の入ったホールだ。

ビルの2階から6階は大手の会社が入っている。
7階は貸し会議室
8階が貸ホール
9階はラウンジになっている。

街中にあり駅も近いので週末は何かしらの公演が入っているくらい人気のあるホールだ。



その日は地元の有名人を交えたトークイベントを観に行った。
日中の公演だったので、客層も老若男女様々。
いつもよりざわついている印象

1時頃に会場に入り、4時前には閉幕となった。

ロビーに出て窓から外を見てもまだ明るい。
せっかく街へ出てきたのだからどこか寄り道をして帰ろうか?
そんなことを考えながら人の波と共に流れていく。

出るタイミングが悪かったのか、エレベーター前は大混雑だった。

そういえば階段もあった気がするな
キョロキョロと周りを見回すと、ちらほらと波から抜けていく人達がいる。
その先を目で追うと『階段室』と書かれた扉を見つけた。

よしあちら側は空いている

私は人の波から逃れ階段室へと向かった。


防火扉のような重めの鉄扉を開けると、蛍光灯に照らされた白っぽい階段があった。
幅広の大理石のような手すりが付けられた階段が、半階ずつ ぐるぐると上と下へ続いている。

扉が閉まるとロビーの混雑っぷりが嘘のように静かになった。
先行者と思われる靴音がいくつか聞こえる

8階まで登るのはしんどいが、降りるだけなら大したことはないだろう。
私も階段を降り始めた。

階段を二つ降りると『7F』と書かれた鉄扉があった。
素通りして下を目指す。

さらに二つ降りる。
今度は扉はなく白く塗られたコンクリートの壁が続いている。

ホールとは無関係の会社だから万が一にも人が迷い込まないように扉そのものをつけていないのかもしれない。

さらに二つ降りる。
やはり壁だ。

7階を過ぎてからはずっと同じ壁だけが続いている。
分かれ道などないはずなのだけど、なんだか迷いそうな気分になる。

カツーン カツーン カツーン カツーン

自分の靴音なのか、先行者の靴音なのか、もしくは後続の人のものかもしれない。
皆 一定のリズムで降りているから、誰かと出会うこともない。
いくつも響く靴音を聞きながら階段を下りる。

ぐるぐるぐるぐる

階段を降り続ける。


今は何階だろう?
そろそろ1階についてもいいころでは?

少し不安を感じ時計を確認する。

まだ4時だ
ぼけーっと降りていないで階数を数えていればよかったなぁ
そう思いながら階段を降りる。


カツーン カツーン カツーン カツーン

やはりおかしい。
本当にまだ着かない。

ここで立ち止まって後ろから来る人は待ってみようか?
なんなら8階まで戻ってみようか?

色々と考えながらも、結局は一定のリズムで階段を降り続けている。


カツーン カツーン カツーン カツーン 


いくら下りだけとはいえさすがに疲れてきた。

まだ前からも後ろからも靴音は聞こえている。


カツーン カツーン カツーン カツーン

まだ着かないのか?
時計を見た。

4時だ

……進んでいない。
もうたっぷり10分以上歩いているはずなのに、時刻はさっきと変わっていない。

これはいよいよまずいのではないか?
止まるか
戻るか
進むか

考えはするのに体は止まることなく階段を降り続ける。

カツーン カツーン カツーン カツーン
カツーン カツーン カツーン カツーン
カツーン カツ   ピコン!

妻からLINEが来た。
階段室に通知音が響く。

『帰りに牛乳を買ってきてください』
現実に戻ってこれた気がして力が抜けた。

ふうっと大きく息をつきながら踊り場を回り込んだ。
階段の下
床の色が変わった。
壁の色も違う!

ペースを上げ残りの数段を駆け下りた。

ああ、光が見える。


開けたエレベーターホール前の空間に数人の人がいた。

ベンチに座り込んでいる人
壁にもたれ、虚空を見つめる人

皆 手に飲み物を持っている。

彼らの奥に自動販売機が見えた。
フラフラと近づき、水を買った。

一息に半分ほど飲み干し、壁に持たれて大きく息を吐き出した。

階段から人影が現れた。
疲れきった顔で辺りを見回し、フラフラと自動販売機へ向かっていく。


あれほど混雑していたのに、エレベーターはもう動いてはいなかった。
時間を確認する。

4時40分

まっすぐ家に帰ることにした。

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