異語り 095 すねこすり
コトガタリ 095 スネコスリ
私の父はカメラが趣味で、どこかに行く時はよく一眼レフと8ミリカメラを持ち歩いていた。
どちらも一般向けの大衆品ではあったが、その趣味のおかげで子供時代の記録は山のように出来上がっていた。
時代はデジタル化され、カメラもビデオもフィルムから記録媒体へと変わった。
長年愛用していた映写機も、とうとう修理がきかなくなってしまった。
でも世の中は便利になっていた。
フィルム画像をDVDにダビングしてくれるサービスもある。
大量にある全てをダビングするのはあまりに非効率なので、家族が各々お気に入りの数本ずつをダビングしてもらうことになった。
しばらくすると、DVDが出来上がってきたので久しぶりの思い出鑑賞会となる。
ぼんやりとした映写機の画像とは違い、テレビ画面に映る景色はなんだかとても新鮮に見え、自分たちの思い出のはずなのに知らない風景を見ているように感じられた。
やりたい放題に水を撒き散らしている笑顔の子どもたち
疲れたのか、盛大に泣き叫んでいる幼児
ただ、キョロキョロじたばたしている赤ん坊
音声を一緒に撮れる様なカメラではなかったので、声や音は聞こえてこないが、その時の情景が手に取るように伝わってきた。
誰が選んだのか、小学校の頃の運動会の映像が流れ始めた。
広いグラウンドにちびっこがぞろぞろ現れて踊り始める。
アアコレハ……。自分のものだと気づきちょっと照れる。
「そういえば、この後みんなしてこけちゃうのよね」
母が楽しそうに笑う。
みんなしてって……、そういう演技なのか? それともドミノ倒しのような事故?
あまり記憶に残ってない頃だ。その映像をじっと見つめていた。
ちびっ子達は無事に決めポーズを決め、ぞろぞろと退場のための列を作り始めた。
「ふふふ」母の笑い声が漏れる
広場の中央あたりで一瞬ふわりと土煙が舞い上がった。
つむじ風?
ちびっ子達も先生もこちらを向いているので気がついていない。
再び土煙が上がる。
今度は列のすぐ後だ
すてんっ
最後尾の子が尻もちをついた。
その後は連鎖するみたいに、
すてんっ
ころんっ
ばたんっ
次々と子どもたちが転げていく。
踏みとどまった子も数人いたが、先生も1人転んでいた。
母の笑い声に合わせるかのように、カメラの視界も揺れている。
きっと会場中が笑っていたことだろう。
「なんでやろねー、初めての運動会で緊張しとったんかしらねぇ」
……この映像を選んだのは、間違いなく母だろう。
そして自分は、なんとなくだが当時のことを思い出すことができた。
確かにとても緊張していたし、無事に踊り終えてほっともしていた。
でも終わった後、急に足をすくわれるような、膝を折られるような感覚があり、気がつくとすっころんでいた。
驚いて振り返る。
てっきりイタズラされたと思ったから。
でも、後ろの子は既に転んで尻餅をついている。
気づくと自分の前の子もどすんっと降ってきた。
慌てて前方を見ると逆ウェーブのようにみんながヨロヨロバタバタとこけていく。
もうもうと立ち上がる土煙の先頭が、慌てて駆け寄ってきた大きな先生にぶつかって霧散したのが見えた。
幸い血が出るような怪我をした子はいなかったし、親もみんな笑っていたので、なんとなく自分達も笑いながら立ち上がった。
そんな記憶。
あれは一体なんだったんだろう。
今になってちょっと考えた。
そういえば、ただ人を転ばせるだけの妖怪がいた気がする。