短編小説『結晶の夢』悪夢シリーズ
僕はキラキラと煌めくカラフルな大地に立っていた。
歩くたびに、ジャリジャリと音を立てる地面は、おそらく塩の結晶だった。それ以外のものは何も見えない、どこまでもどこまでもカラフルな塩の結晶でできた大地が続いていた。
太陽は沈むところで、無数の結晶は夕陽をあらゆる色の波長に分解していた。透明であることは嘘吐きと同じだ、豊かに見える大地は、想像の何倍も無機質で、虚飾された光はゾッとするほど美しく、裏腹に、これはまた絶望と同義だった。
僕はひたすら歩き続けた。
塩の大地は盛り上がり、もしくは掘り下がり、僕の周りを壁のように囲いだした。その壁を形作る結晶の粒は細長く伸びていて、まるで人間の腕が突き出しているように見えた。たくさんの腕が僕に手を振る、こっちに来るなというのか、こっちへおいでというのか、徐々に辺りは暗くなり、それらの手もほとんど見えなくなった。冷たい風が吹き出して、小さな結晶が僕の体を打ちはじめた。
もうダメだと倒れ込みそうになった時に、誰かの声がきこえた。
声の方を見やると、結晶の壁の一部が扉のようにガタリと開いた。人一人が通れるほどのその入り口から淡い光が漏れていた、僕はその光に誘われて穴の中へ入った。
そこは細長い通路だった。一本道の両脇に簡易な板で目隠しされた小さな部屋があって、その中に数人の人がいた。それらの小さな部屋が奥の方までいくつも連結されていた。
電球が並び、温度も丁度良く、ガヤガヤと賑やかだった。僕は安心して倒れ込んでしまった。
意識が戻ると小部屋の中だった。僕は起き上がって板のドアを押しあけて通路に出てみた。通路には十人くらいの人がいて、その中の初老の男が僕に向かって「おい鈴木」と言った。僕は自分の名前も、その初老の男も知らなかったが、自分が鈴木であることに疑問はなかった。
僕が何かを話そうと口を開けた瞬間に、轟音と共に風が吹いてきた。風はどんどん強くなり、周りの人間の顔の皮膚が”ぐにゃり”と伸びていくのを僕は見た。
風に押されて僕は通路のどん詰まりまで飛ばされた。そこは結晶ではなく、頑丈な鉄板の壁で、鉄板の上部にガラス窓がはめ込まれていて、そこから誰かがこちら側を覗いていた。
風に抗いながら僕は理解した。押されているのではなく、”引かれている”
ことに。ガラス窓の更に上部に鉄格子に守られた大きな穴があり、そこに物凄い勢いで空気が流れ込んでいる。つまり、通路の空気を向う側が”吸い込んでいる”状態だった。
耐えきれずに鉄板に背中をぴったりとつけて、座り込んだ僕の顔に何かがぶつかってきた。柔らかくてオレンジ色に光った粒だった。塩の結晶ではなく、もっとホワホワとした液体と固体の間のジェルのようなものだった。
無数のジェルが吸気口からどんどん向う側へ吸い取られていく。僕は口を開けた拍子にそれらのジェルをかなりの量、飲み込んでしまった。
やがて風が止んだ。
それぞれ壁などにしがみついて耐えていた人間たちが、顔を上げる。彼らの髪は白髪になり、顔は皺だらけ、明らかにさっきまでの人たちと違った。
僕を鈴木と呼んだ初老の男も白髪になっていた。彼を見て、僕は人間が変わったのではなく、”歳をとった”のだと分かった。
「おい鈴木、お前飲んだな、白髪が消えてるぞ」
元初老の男が僕に言った。
テーブルついたが、僕の朝食は無かった。
元初老の男が
「他人の寿命を吸い取ったやつには朝食はありませーん」
と、これ見よがしに大声で言った。
テーブルについていた他の人間たちがゲラゲラと笑った。
今は結晶に埋もれてしまったけど、遥か昔はオフィスビルの会議室として使われていたであろう大部屋を、食事室として使っていた。窓からは荒廃した地上が見える。かろうじてファーストフード店の看板の一部が露出した結晶の道を、自転車に乗って”吸う側の人間”が走っていった。
そんな夢をみた。
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