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【掌編小説】ナナの学校
私、ナナ。
今年、小学3年生。
低学年といわれると、ちょっと嫌だなと思って、一生懸命「中学年だ」って言い張ってるんだけど、大人たちは「小学生なんてみんな子供だよ。かわいい、かわいい」ってそればっかりなんだ。
あ、そうだ。
私が、ナナになったのは今年になってからなの。
テストの点数が名前になるんだ。
3年生になってからのテストの平均点が、77点なの。
だから、ナナ。
みんなの憧れは、やっぱり『ヒャク』だよね。
去年の『ヒャク君』は、今年『クロ君』になって、しばらくすると学校に来なくなっちゃったんだ。
違うクラスだから、学校に来なくなった理由は知らなけど、みんなあんまり気にしていないみたいだし、それについて話すと大人たちが嫌そうな顔をするから、私も気にしないことにした。
今年、『ヒャク』を名乗るのは、転校してきた女の子。
その子ちょっと変わってるの。
みんなが『ヒャクちゃん』って呼ぶと不思議そうな顔して、「私の名前は、ナナだよ」っていうの。
私の学年で、『ナナ』は私だけなのに……。
困っちゃうな。
だからね、この前『ヒャクちゃん』に聞いてみたの。
「ヒャクちゃんは、前の学校では、『ナナ』だったの? だったら、すごいね。私、いきなり『ヒャク』にはなれないな」
「ナナちゃん、何いってるの? 私、生まれた時から『奈々』だよ。おんなじ名前だね!」
ん?
どういうことだろ。
テストを受けるまで名前なんかないはずなのに。
「ヒャクちゃん、赤ちゃんの時からテスト受けてたの?」
「テスト? 奈々っていう名前はね、お父さんとお母さんがつけてくれたんだよ」
「どうして、ナナなの?」
「お父さんも、お母さんもリンゴが好きなんだって。それで、昔はベニリンゴっていう意味があった『奈』っていう漢字をどうしても使いたかったらしくて――」
そういいながら、ヒャクちゃんはノートの隅っこに『奈』っていう漢字を書いた。
その横に『々』って書いて、
「――これで、『奈々(ナナ)』って読むんだよ」
と教えてくれた。
さすが、ヒャクちゃん。
やっぱり物知りだなぁ。
私は見たこともない漢字だった。
「ナナちゃんは、どうしてナナちゃんなの? どんな字?」
ヒャクちゃんの言ってることがよくわかんなかった。
「……私は今年、ナナになったの」
ヒャクちゃんが『奈々』と書いた横に、『七七』と書いた。
77点だから、『ナナ』。
それ以外の意味なんてないんだけどな……。
「あ、この学校のあだ名だったんだ。じゃあ、本当の名前は?」
「本当の名前?」
「うん! お父さんとお母さんがつけてくれた名前」
「……そんなのないよ」
「そんなはずないよ。おうちでは、なんて呼ばれてるの?」
考えてみたけど、お父さんとお母さんに名前を呼ばれたことはなかった。
「呼ばれたことない……」
「おかしいなぁ……。じゃあ、お父さんとお母さんの名前は?」
「え……? お父さんとお母さんは、『お父さん』と『お母さん』だから、それ以外の名前なんてないよ?」
「違うよ。お父さんとお母さんにも、『奈々』みたいな名前があるんだよ。私のお父さんは『翔(かける)』で、お母さんは『葵(あおい)』っていうの」
「……そんなの聞いたことない」
「……きっと、まだ知らないだけだよ。今日、おうちに帰って聞いてみて! わかったら、ナナちゃんの本当の名前も教えてね!」
「……うん」
ヒャクちゃんって、本当に変わってるんだな。
お父さんとお母さんに、他の名前があるわけないのに……。
家に帰ると、トントントントンとリズムよく包丁がまな板に当たる音が聞こえた。
「お父さんが、おいしそうなジャガイモ買ってきてくれたから、ハッシュドポテトつくろうと思って」
そういって、お母さんはジャガイモを細長く切っていた。
「なんか、手伝おっか?」
「そうね……、そこの片栗粉。水に溶いてくれるかな」
「うん! わかった」
小さな器を出してきて、お母さんが「OK!」っていうまで片栗粉と水を入れて混ぜた。
昼間のことを思い出して、お母さんに聞こうとい思ったけど、なんだか胸のあたりがムズムズしてなかなか言い出せなかった。
切り終わったジャガイモをフライパンぴっちりに敷き詰めて焼き始めたところで、ようやく勇気を出して聞いてみた。
「私の名前って、なんだっけ……?」
時が止まったように、お母さんは一瞬動きを止めて、そのあと何事もなかったかのように、フライパンに敷き詰められたジャガイモをひっくり返した。
まだ、ちゃんと焼けてなかったみたいでちょっと崩れて、コンロに落ちた。
「ご飯食べる時に、お父さんも入れて一緒に話そっか」
「……うん」
私は、そういうしかなかった。
お母さんが、今までに見たことのないような顔をしていたから。
翌朝。
「ナナちゃん、おはよ! どうだった?」
「……うん。あのね、ヒャクちゃん……」
「あぁ、もう。私、奈々って呼んでほしいな」
「……奈々ちゃん。私の本当の名前がわかっても『ナナ』って呼んでくれる?」
「どうして?」
「どうしても」
「……わかった」
制服のスカートの裾をギュッと握りしめて深呼吸をした。
心臓がどこにあるのかはっきりわかるくらいバクバクしていた。
「……私の名前は……、名前はね。……レイっていうんだって」
「いい名前だね! かわいいし、かっこいい!」
「それでね、こう書くんだって――」
筆箱から鉛筆を取り出して、机の隅に覚えたばかりの字を小さく書いた。
『零』
「へぇ。初めて見た! 意味は?」
「ゼロ。……0点」
「漢字の意味じゃなくて、名前の意味だよ」
「え?」
「0点って意味の名前じゃないでしょ? 零ちゃんって名前を付けた理由とか、願いがあるはずだよ」
「……なんかね。
……零は、基準になる数で、数学だといろんなものを足しても変わらないものだから……、いろんな勉強をしたり、経験をしたりしても、その源にある自分らしさを失わないでほしい、って意味で付けたんだって」
「おぉお。それじゃ――」
奈々ちゃんは、筆箱の中をごそごそやって、ものさしを取り出した。
「零ちゃんは、ここなんだね」
そういって、ものさしの左端の0と書いてあるところを指さした。
「すごいじゃん! ものさしに0がなかったら大変だよ。長さ、測れなくなっちゃうよ」
「……でも」
「誰かの気持ちを知りたいと思っても、まずは自分が同じような状況だったらどんな気持ちになるかわからなかったら、その人の気持ちがわからないでしょ?
零ちゃんのお父さんとお母さん、素敵な名前つけてくれたんだね」
「……でも、学校で『レイ』って呼ばれてる人は……」
「うん! この前ね、レイちゃんと話してみたよ! 本当の名前はね、『奏(かなで)』ちゃんっていうんだけど、音楽がすごく好きなんだって。おうちに遊びに行ったら、ピアノを弾いてくれたんだけど、とっても上手だったよ」
「……でも、テスト0点なんだよ!」
「そうだね。音楽が大好きだから、テスト中も音楽のこと考えちゃって、気が付いたらテストが終わっちゃってて、いつも0点になっちゃうんだって。
自分で曲作ったりもしてるらしいよ。私にはできないな。
零ちゃんも、今度一緒に奏ちゃんちにピアノ聴きに行かない?」
「……嫌だよ。テストの点数は――」
「私、テスト100点だけど、奏ちゃんみたいにピアノ弾けないよ?」
「それは――」
「学校のテストの点数がいいだけじゃダメなんだって、お父さんとお母さんが言ってた。
得意なことがあったら、苦手なこともあるし、好きなものがあれば、嫌いなものもある。
みんなそれぞれいいところがあるから、いろんな人の得意なことや好きなことを教えてもらって、どんどん楽しいことを増やしていったらいいんだって」
奈々ちゃんのいっていることは、私にはまだよくわからなかった。
でも、奈々ちゃんは、私の知らないことをいっぱい知っていて、とっても魅力的だ。
学校で『ヒャク』ちゃんと呼ばれたいと思わなくてもいいのかな、と思った。
週末。
奈々ちゃんと一緒に、奏ちゃんのうちに遊びに行った。
それまで、奏ちゃんとは話したことがなかったから、知らなかったけれど、とても面白い子だったし、優しくて、すぐに仲良くなった。
奈々ちゃんから聞いていた通り、奏ちゃんはとてもピアノが上手で、自分で作ったという曲を聞かせてくれた。
音の森の中にいるみたいで、とても気持ちのいい曲で、しばらくメロディが頭の中をくるくるしていた。
奏ちゃんのお母さんが、「おやつに、みんなで食べて」といって、林檎を持ってきてくれた。
甘酸っぱくて、今まで食べた林檎の中で一番おいしかった。
夕方、七つの子が流れてきたので、うちに帰ろうと席を立つと、
「奈々ちゃん、零ちゃん! また遊びに来てね」
と、奏ちゃんに言われて、
「うん! またね、奏ちゃん」
と、元気よく返事をした自分が不思議だった。
まだ、『レイちゃん』から『零ちゃん』といわれるのは、ちょっと変な感じだった。
でも、私は、『奈々ちゃん』と『奏ちゃん』のことが好きだなと思った。
テストの点数で名前が決まるから、テストの点数が大事で、それ以外のことを考えてなかった。
点数が名前になっているから、数字でみんなのことを見ていて、それ以外のことに目がいかなかった。
これからは、『奈々ちゃん』と『奏ちゃん』みたいな関係を大切にしたいと思う。
『零』として、生きられるかな?
なんにでも点数をつけるから、勘違いしちゃったんだと思う。
もっと、みんなの得意なこととか、好きなことを知れるような学校だったらいいのにな。
奏ちゃんのピアノに点数は付けられないもの。
私は――。
『零』は、何が好きなんだろう。
『零』は、何が得意なんだろう。
きっと、私にも何かあるよね?
ちょっと、テストお休みしてみようかな――。
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