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泪橋~須賀川城攻防(3)

 再び古町までたどり着くと、前日の余燼がまだ燻っていた。眼の前には、須賀川城をぐるりと囲んだ土塀、そして深緑色の不気味な堀がある。堀には無数の塵芥が浮かんでいた。その水面には、昨日城壁の上からも確認した、竹を尖らせたものが見える。それを遠目に見て、昨日の光景が脳裏を過り、図書亮はぞっとした。
 城下と城中をつなぐ大手門のところには、確かに、報告にあったように橋が架けられている。奥に見える橋桁が白木であるところを見ると、まだ新しいようだ。須賀川方も、籠城に備えたものだろう。堀に沿うように巡らされた柵の前には掻楯が立てられ、その陰に人影らしき姿が袖を連ねて並んでいるのが見える。掻楯かきたての隙間から見える限りでは甲冑も纏っており、弓や槍、太刀、薙刀なぎなたなどを手にしていた。さらに大手門の右手の方には物見櫓が組まれており、柵の奥や櫓の上から、時折弓矢が飛んできた。ただし、眼の前に見えている人数の割に、鬨の声すら聞こえてこないのが、不気味である。
「安房守様。どのように見られます」
 偵察がてら、大手門に向かって弓を射掛けさせていた源五郎が、陣中へ戻ってきた。須賀川方の兵を目の前にして、気が逸っている。
 安房守が、一つ肯き指揮杖を手にした。
「城中の兵は尽きかけておるのだろう。ときの声すら聞こえてこないのは、そのために違いない。この時を逃すな。掛かれ!」
 源五郎らが率いる尖兵が、突撃を開始した。源五郎の率いる兵らは楯で弓矢を防ぎながら、橋を目指して前進していく。須賀川方の兵はそれを恐れたか、弓矢を射掛けてきていた兵らが門から退くのが見えた。
 狭い橋の両側には、六、七尺ほどもある蘆や萱が、侵入者の視界を遮るかの如く垣根を成していた。源五郎らの部隊が、橋の半ばを渡り終えた頃だろうか。
 突如、須賀川方から数多の火矢が飛来した。四、五〇本も一度に射掛けられたのだから、たまったものではない。火矢はたちまち橋の両脇に巡らされた蘆や萱に燃え移る。
「あれは天津児屋根命あめのこやねのみことから一子相伝として継いできた千金莫傳せんきんばくでんの火矢ではないか。どうして治部殿の兵が秘法を我が物にしている」
 紀伊守が、舌打ちした。彼の言葉からすると、二階堂家の秘術中の秘術なのだろう。さらに火矢は、なぜか自陣方の掻楯やそれに隠れている人影を目掛けても放たれている。射手の手腕からすると、外しているわけではなさそうだ。
 図書亮の眼の前で、掻楯の陰にいた人影に火が燃え移った。すると、人影は炎を纏いながら踊り狂い始めた。いや、人影ではない。ただの藁人形だった。その藁人形が指していた色とりどりの旗指し物にも、火が燃え移る。昨日と同じ様に辺りは煙が天地に満ち、今日も風が激しく唸っていた。その風に煽られて猛火は盛んに天を嘗め、藁人形が焼けて踊り回っている様子は、さながら不動明王像のようだ。
 やがて、炎を纏った藁人形は風に乗って、その身を舞い踊らせながら橋の上にいる和田方の方へ飛来し始めた。
 このままでは、箭部一族は再び大損害を蒙る――。
「紀伊守殿。馬を拝借する」
 とうとう居ても立ってもいられず、図書亮は側にいた紀伊守に一声残し、馬に跨った。
「婿殿!」
 止める紀伊守を振り切り、図書亮は橋を目指して砂埃を撒き上げながら、馬を駆けさせた。背後では、下野守が何か怒鳴っている気もするが、一刻の猶予もならない。
 既に、先触れとして大手門に取り付こうとしていた源五郎の兵らは、大混乱に陥っていた。
「火から逃れるには、この門を破るしかない。進め!」
 橋の中程で、目を血走らせた源五郎が怒鳴っているのが、目に入った。
「源五郎殿、急ぎ兵を退かれよ!あの兵らしき者の多くは、須賀川方の謀略だ」
 図書亮の声に、源五郎がきっとこちらを睨んだ。
「馬鹿な。これだけの人数を、どうやって退かせるというのだ」
 上手く連携が取れていないのだろうか。背後から、新たな和田兵がこちらへ回ってきている。旗印を見ると、援軍に駆けつける約束を交わしていた、守屋筑後守の兵かもしれない。
 そこへ、本物の須賀川兵らしき男が、物見櫓の上から松明を投げようとしている光景が、目に入った。図書亮は躊躇せずに源五郎の手を握りしめ、馬上へ引き上げた。
 二人分の大男の体重が乗せられ、それに抗議するかのように馬がいななく。

©k.maru027.2023

>「須賀川城攻防(4)へ続く

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