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泪橋~須賀川城攻防(4)

「退け。これは罠だ!」
 怒鳴りながら、元来た道を引き返そうと馬の向きを変えた、その刹那、背後からガラガラと橋の崩れる音がした。思わず首を巡らせると、城と橋を繋いでいた拘綱が、橋の左右両側から焼き切られていた。須賀川兵が、松明を投げつけて綱を焼き切ったのだ。土橋と見えた部分はどうやら木製の橋だったらしく、半ばから崩れ落ちていく。その橋の上に乗っていた一〇〇名ほどの和田兵は、次々に堀の中へと落下していった。いや、ただ落下していくのではない。落ちた者たちは、あの禍々しい竹槍に串刺しにされる者も多かった。酷い屍の中には、本物の刀槍の餌食になっている者らも、多かった。
「彦左!弥助!」
 部下の名前を叫ぶ源五郎を痛ましく思いながら、図書亮は馬を陣中へ駆けさせた。物頭を死なせるわけには行かない。
 息を切らせつつ和田方の陣に戻ると、図書亮は再び大手門の方へ目をやった。既に大手門の堀に架かる橋は、残された部分がむき出しになっていた。どうやら治部大輔は、橋の半ばまでを石垣式の土橋にし、残りを木橋にして城下と城中をつないでいたらしい。先ほど焼け落ちた橋の手前からは、既に両端にあった蘆萱が燃え尽き、石肌がむき出しになっていた。
 堀に落ちた者たちは、我先にと土橋を支えている石垣の留木や横木に、我先にと取り付こうとしている。だが、それも須賀川の計略のうちの一つだった。兵が横木に取り付いて留木を踏み抜いたところで、橋を支えていた石垣は一度に崩れ、取り付いていた兵を残らず撃ち殺した。さらに、堀の中に立てられていた竹槍からも火の手が上がり始めている。どうやら竹槍には油が塗られていたらしく、その竹槍の油に火が燃え移ったのだった。辛うじて生き残っている者も、恐らく半死半生の有様だろう。図書亮が先触れの組に組み込まれていたら、間違いなく命を落としていたに違いなかった。
「婿殿。木っ端武者のような真似をなさるな」
 自陣にもどると、下野守に叱責された。舅の叱責に対し、図書亮は黙って頭を下げた。自分の働きの是非については、後で安房守が判断するだろう。
「だが、戦はまだ終わっていない。直ちに陣を立て直そう」
 紀伊守がそう述べたところへ、守屋筑後守がやって来た。こちらも、それなりの兵力を有していたはずだが、今は二、三〇〇人ほどまで人数が減っている。その筑後守の兵も半ば手負いであり、矢が尽きかけ、刀の嶺が折れている者も多かった。既に敗亡極まったかのような有様である。
「須賀川勢は、思いの外手強い」
 筑後守の顔つきも、厳しかった。
 筑後守の兵らも、多勢に無勢であろうとやはり須賀川勢を嘗めて掛かった。こちらは愛宕山から庚申坂こうしんざかと呼ばれる急坂を通って、二の丸東からの侵入を試みた。大黒石口からは再び二階堂左衛門、搦手からは須田源蔵の兵が繰り出し、それらの兵が同時に須賀川城内に侵入して、三の丸・二の丸を同時に攻め落とすつもりだった。守屋勢は、兵を一纏めにして左右を顧みずに東門を攻撃し、陣太鼓を打ち鳴らして兵を進めたところ、敵は少数でこれを防ごうとした。
 だが、須賀川の街を囲んでいる城壁の塀元には、須賀川兵が潜んでいた。須賀川兵には、治部大輔から「城の塀を引き倒して、城中へ乱れ入った者は一人も漏らさず討ち取れ」という命令が下されていたのである。
 大手門側と同じ様に、いやに静かな須賀川方の動きに、守屋勢もすっかり騙された。守屋勢は凱歌を上げて木戸を打ち破ろうと押し寄せ、あるいは塀を押し倒そうと人を集めて熊手を塀にかけて引いた。だがその塀には罄縄けいなわが結び付けられていたのに、血気に逸る和田方は気づかなかったという。塀元に潜んでいた須賀川の兵士は言わば囮であり、多くの和田兵が塀に取り付いたところで、須賀川方は罄縄を引き、城壁を引き倒した。和田方の兵士は倒れてきた壁の下敷きになり、多くが圧死した。こちらも、治部大輔の知謀にしてやられた形である。それでも尚進んで門を攻め破って城内に侵入しようとすれば、須賀川の兵は弓矢、槍、薙刀なぎなた、熊手、薙鎌など諸々の武器手にして待ち構えていた。
「数の上では、間違いなくこちらが上回っているのだがな……」
 筑後守が忌々しげに吐き捨てた。通常の戦法では、治部には勝てない。こちらも奇策に打って出る必要があった。
「安田」
 安房守が、家老を手招いた。
「愛宕山の美濃守殿に、例の者らを借り受けたいとお伝えしてこい」
「はっ!」
 安田隼人は身を翻すとそのまま馬上の人となり、漆黒の須賀川の街中へ消えていった。
 安房守の口ぶりから察するに、どうやら安房守としては気の進まない部署を、美濃守の手勢から借り受けるようだった。
「紀伊守殿。例の者らとは?」
 安房守の耳に届かない距離にあるのを確認して、図書亮はそっと紀伊守に尋ねた。
「忍びだ」
 そう答える紀伊守の声も、やや苦みを帯びていた。
「私も、忍びを使うのは好まぬが……。この際、悠長なことを言ってはおられまい」
 どうやら須田美濃守は、独自に忍びの者の伝手を持っているようである。正攻法で埒が明かないため、忍びの者らを使ってでも、須賀川勢に勝とうというのだろう。
 為氏や四天王を始め、図書亮を含む二階堂家臣団が陽の者であるならば、忍びの者らは陰の者である。雇い主とは忠義で結ばれているわけではなく、銭金を中心に結ばれていることが多い。便利と言えば便利だが、危険な者らでもあった。
「箭部の者を、これ以上死なせるわけにもいかぬ」
 箭部一族の長である安房守の言葉には、千斤の重みがあった。その言葉で図書亮は初めて、自分の挙動が軽率だったと思い知らされた。図書亮の突出を止めたのは、安房守なりの配慮だったのだ。
「りくの子を父無し子にするのは、しのびないからな」
 微かに、下野守も笑みを浮かべた。
「一色殿。明日がこの戦の山場となろう。明日こそ、存分に働かれよ」
 紀伊守の言葉に、図書亮は深々と頭を下げた。

©k.maru027.2023

>「勇将らの最期(1)へ続く

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