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泪橋~須賀川城攻防(2)

 慣れぬ鹿嶋舘で、図書亮は前日の疲労でぼんやりとした頭を振った。体中のあちこちが、ひりひりする。前日の須賀川城下の火災で、気が付かないうちに火傷を負ったようだ。だが、今日も戦はある。気の緩みは、禁物だった。
「婿殿。遠慮されることはない。これを使われよ」
 金創膏の匂いのする布を盥に入れて持ってきてくれたのは、箭部家の家老である安田隼人だった。どうやら主である安房守に命じられて、負傷者の手当に回っているようだ。
「かたじけない」
 素直に礼を述べて小袖を脱ぎ、火傷したと思しき箇所に、差し出された布を巻き付けていく。傷口に巻いた布切れから、金創膏がすうっと染み渡るのを感じた。布を巻き終わると、煤けた小袖を再び身につけ、その上から具足を纏っていく。幸い、まだ具足はさほど綻びていない。
「安房守様は」
 図書亮の質問に、安田はあちらに、と顔を向けた。見ると、広間で紀伊守や伊予守、そして図書亮の舅である下野守と共に湯漬けを掻き込みながら、須賀川城下の絵図を睨んでいる。
「昨日の戦では、どれくらいの者が死んだのです?」
 図書亮は、恐る恐る下座に座り、舅に尋ねた。
「百は下りますまい」
 答える下野守の声は、怖かった。確か、愛宕山本陣の後詰を合わせて二八〇〇だったはずだ。その中の比率としては大きな数ではないが、箭部一族として見れば、大損害を被ったに違いない。
「先鋒を引き受けたから仕方ないがな。損害が大きすぎる」
 昨日図書亮の指揮官だった紀伊守の声も、厳しい。
「だが、須賀川はあくまでも籠城の構えだ。長い目で見れば、利はこちらにある」
 そう言いながらも、安房守はじっと絵図を睨みつけていた。やがて一つ肯くと、兵杖で一箇所を指した。
「やはり、大手門を破らねばどうにもならぬ。愛宕山におわす美濃守殿から、筑後守殿が二の丸の艮の方角から討ち入るとの知らせが来ている。当方と筑後守殿とで、二の丸を挟み撃ちにする」
 やはり、大手門から攻めるというのは昨日と同じだった。どう足掻いても、死を覚悟で城へ突撃するしか、為す術がないようだった。
「大槻与次郎が知らせてきたところによると、大手門に架かる橋は、まだ新しいようだとのことだった。須賀川勢が何か企んでいるのではないか」
 下野守が、硬い声で述べた。大槻与次郎は、下野守の郎党の一人だった。現場の指揮官としても、突入の判断が難しいところだろう。この決戦に向けて、須賀川勢は何を企んでいるのか。
「直に見てみねば、何とも言えまい」
 安房守は、渋い顔を弟に向けた。突入の決意は揺るがないようである。
「先に、源五郎の手勢を向かわせる。源五郎の手の鏡沼大膳かがみぬまだいぜん濱尾藤一郎はまおとういちろうは、戦の経験が豊富だ。何か掴んでくるだろう」
 安房守が、決断を下した。本隊は余力として温存するが、斥候を出し、その動き次第で全軍突入の機微を測るつもりだろう。源五郎という者も、やはり箭部一族の者であり、図書亮も何度か峯ヶ城で顔を合わせたことがあった。
 さて、図書亮はどう動くべきか。首を巡らせると、安房守と視線が合った。
「婿殿は、後詰に」
 あっさりと安房守にそう決められてしまうと、図書亮は臍を噛んだ。後詰では、武功を挙げようがないではないか。本来の勝ち気な性格が、つい頭をもたげる。
 そんな図書亮を、下野守が目で制した。
「須賀川城下の地理に通じている者でなければ、先触れは無理ですな」
 図書亮とさして年の変わらない紀伊守にまで、そう断じられると、諦めるしかない。すぐに討って出ることになるかもしれないのだからと、気を取り直す。
 もっとも、このときの安房守の配慮について、後に図書亮は、大いに感謝することになる――。

©k.maru027.2023

>「須賀川城攻防(3)へ続く

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