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泪橋~怨霊(1)

 須賀川城が為氏の物となって、半年余りが過ぎた。戦前は三千代姫のことを思い悲嘆に暮れていた為氏だが、真新しい城に入城してからは、ようやく笑顔も見せるようになってきた。
 為氏の須賀川入城に合わせて、家臣団も引っ越しを行った。昨年の戦で街の多くが焼けてしまったこともあり、新たに町割が決められた。二階堂家の家臣団は、釈迦堂の流れを守るように割り振られた奉公人町に引っ越す者が多かった。図書亮の新しい住まいも例外ではなく、和田の根岸荘から、三の丸北西の方角にある奉公人町の一角に引っ越した。川が近いのは以前と同じだが、今度は切り立った丘の上に作られた街である。引っ越して改めて、あの逢隈の出水の恐ろしさが理解できた。
 美濃守が一刻も早く為氏を須賀川に入城させようとしたのは、和田では出水の難があるからだったのだろう。要害の地としても、須賀川の街の方が遥かに優れている。馬の背に例えられるようにさほど大きな街ではないが、地方の街としては商業も盛んであり、税収も期待できる。
 さらに為氏は、和田にあった羽黒山妙林寺を、二の丸の郭内に移した。為氏の寺院の建立好きは今に始まったことではないが、このところ、ますます仏道に凝っている。大町には真栄という僧を招き、二階堂一族の修験道場である徳善院が建立された。
 和田に住んでいた頃と異なり、財源の目処が立ったからだろう。為氏の寺院建立については、四天王もあまり口うるさく為氏に意見することはなかった。もちろんその背後には、寺院を須賀川の民の心の拠り所とし、人心を安定させようとの思惑もあったに違いない。
 箭部の一族は、それぞれの所領の館とは別に、改めて愛宕山に箭部一族共同の館を設けた。ここは、治部大輔が須賀川の街造りに着手する前に、古くから城郭だった山である。
 言い出したのは安房守だったが、先の有事のような事例が発生した場合、今泉や木舟からでは為氏の元に駆けつけるには遠すぎる。須賀川から目と鼻の先に住む須田一族はともかく、箭部の者らが為氏の元に伺候するには、些か不自由だったのだ。他には、四天王の一人である守屋筑後守や二階堂山城守も愛宕山に館を設け、それぞれ「守屋舘」「保土原舘」と呼ばれるようになった。箭部の館も含めて愛宕山全体も城としての性格を持ち、須賀川本城の予備城という位置づけである。須賀川の城に有事があった場合には、こちらへ主君を避難させて篭もるということが、取り決められた。
 また、妻を亡くしたばかりの為氏だが、須賀川二階堂家の惣領として跡継ぎは必要である。新たな縁談話を持ち込んだのは、一族である山城守だった。あの民部大輔を見つけ出し、須賀川に帰還させた人物である。
 山城守は、自分の娘である芳姫よしひめを、為氏に娶せた。取り立ててこれといった特徴もない姫だが、為氏に対してはいたって貞淑な人物である。さらに、夫婦としての契を交わしてから早々に、芳姫は子を身籠った。為氏にとっては初めての子であり、男児であれば二階堂家の嫡子となる。目出度い話には違いなかった。
 だが、図書亮がその話をりくに話しても、「そう……」と呟いただけに留まった。既に城勤めをしていないりくは、新しい御台には関心を持てないらしい。そのりくはというと、弥生半ばに木舟の城で無事に女児を産み落とした。男児でなかったことにややがっかりしたが、ようやく恵まれた我が子は愛おしい。娘は「さと」と名付けられ、りくと共に真新しい須賀川の家に移ってきたのだった。
 一見、何もかも順調だった。だが、図書亮は焦燥ばかりが募る。新しい領地が僻地であったのもさることながら、この地に本格的に根を下ろそうとするならば、新たに図書亮自身の郎党も集めなければならない。だが、そもそも余所者の図書亮には、土地の知り合いが限られるのだ。その点、元々白川結城氏に縁のあった藤兵衛は、そちらから家人を集めているらしい。他の同僚も地縁や血縁を頼りに家人を集める者が多く、図書亮のような余所者には不利だった。
 図書亮も一応は所領に立札を立ててみたりしたが、如何せん新領である取木村には、兵として役立ちそうな若者は少ない。それでも隣人である塩田一族の顔色も伺いながら、郎党募集の声掛けも兼ねてこつこつと取木村へ通うしかなかった。
 時は既に、葉月の半ばである。図書亮は新しく移転してきた妙林寺に、参詣していた。このところ、娘の夜泣きがひどく、それに悩んだりくに頼まれてかんの虫封じの御札を貰いに来たのである。
 住職から札を受け取り、境内を出ようとしたときである。一人の修験僧と目が合った。
「久しいな、一色殿」
 図書亮は、すっと目を細めた。相手は、明沢だった。須賀川との戦の前に和田の大仏で遭遇し、なぜか都や鎌倉の情勢を図書亮に伝えてきた人物である。
「何用だ」
 ぶっきらぼうに、図書亮は言い捨てた。この僧は、得体が知れない。須賀川との戦に決着がついた今になって、何の用があって図書亮の眼の前に現れたものか。
「めでたく娘御がお生まれになったそうではないか。あの折の祈祷の験があったと見える」
 そういえば、明沢はりくの安産祈願の修法もしてくれたのだったと、思い出した。もっともそれは、半ば強引に図書亮の家に押しかけ、ちゃっかり夕餉の相伴に預かった礼であったと図書亮は受け止めていた。図々しいのは、相変わらずである。
「何の目的があって、私に近付く」
 図書亮は、この僧が苦手だった。恐らく忍びの者であろうということは見当がつくが、どの方角から遣わされ、何のために図書亮に情報を運んでいるのかが掴みかねるのである。
「とある高貴な方に頼まれておる」
「都の畠山殿か」
「さあな」
 明沢は、肩を竦めるに留めた。どうやら図書亮の想像は、一部は当たっているのだろう。だが、まだ複雑な事情が絡んでいるようでもある。相手がただの僧侶であれば詰問したいところだが、体術では適わない。この男の体術の怖さを身を持って知っている図書亮は、腰に手をやるのを辛うじてこらえた。

©k.maru027.2023  

>「怨霊(2)へ続く

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