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泪橋~勇将らの最期(3)

それがしは、生国は武蔵児玉こだまの一党、児玉河内かわちという者。我が若かりし時、兵法を好み鹿島神流を修めておる。基本太刀・裏太刀は申すまでもなく、合戦太刀、鍔競・打倒、抜刀まで修めた。我を誰と心得る」
 大音声で滔々と述べ、その手には、三尺余りの剣が光っていた。老武者の目は爛々と光っており、その気配に気圧されて図書亮は一歩後退った。
「あれが、児玉河内か……」
 図書亮の側で、後を追ってきた紀伊守が呟く。その名は、図書亮も鎌倉にいた時分に聞いたことがあった。関東でも指折りの剛の者として、かつては都まで名を轟かせた男である。聞くところによると、既に老衰の域に差し掛かっているはずだが、頭こそ白いものの、片膝を立てながら構えを微塵も崩さずにいるその姿は、とても老人には見えなかった。
「我が壮健なるときは国が静かであったため武功を立てられなかった。治部殿は我を惜しみ、戦いの選に含めようとはしなかったが、今正に最期のとき。我が秘伝の剣を披露して進ぜよう」
 その挑発に苛立ったものか、紀伊守が首を振って怒声を上げた。
「構わぬ。討ち取れ!」
 二・三人が声を上げながら児玉に打ち掛かっていく。だが、児玉は余程の大力と見え、たちまちそれらの者の刀をかわし、斬り伏せた。それに構わず、紀伊守の手勢がさらに児玉を囲んだ。いくら兵法に通じているらしいとはいえ、多勢に無勢である。上背のある兵が児玉の背後に回り込んで児玉の脇下から手を差し込み、腕を取ってそのまま共に倒れ込んで、児玉を組み伏せた。地面に倒れ込んだ児玉の右手には刀が握られたままだが、別の兵が自身の刀の柄を児玉の手の甲に叩きつけた。鈍い音がして、児玉の右手の骨が砕かれた。
 もはやこれまでと悟ったのだろう。児玉は、上に覆い被さっていた兵を全力で払い除けると、砕けていない左手に刀を持ち直し、鎧の隙間から腹に突き立てた。それを見守っていた図書亮と紀伊守の視線が、瞬時、交錯する。
「構わぬな?」
 紀伊守の問いに、図書亮は肯いた。児玉を斃したのは、紛れもなく紀伊守の配下である。紀伊守は太刀を抜くと素早く児玉の首を切り落とし、配下に持たせた。
 さらに和田方の兵は、乾の方向にある本丸を目指した。その背後にある三の丸からも、既に火の手が上がっている。季節は真冬だというのに、炎の熱気は凄まじかった。
 戦況を把握するために、図書亮と紀伊守は二の丸の櫓に登った。乾の方向を見ると、すぐ近くに本丸の櫓が見えた。そこには、美濃守と同じ年頃と見える武者が、女共を従えて佇んでいた。女たちの輪の中心には、中年の婦人がいる。その横顔は、三千代姫によく似ていた。恐らく、治部大輔の北の方だろう。
「治部大輔。お前は主である為氏公に背き、須賀川の民らを苦しめ、人の道を外れて多くの者を死に追いやった。今こそ、その報いを受けるが良い!」
 背後から、怒声が聞こえた。声の持ち主は、幼い頃、治部大輔の腕に抱いてもらったこともあるという、須田源蔵だった。いつの間にこちらへ回ってきたのだろう。
(あれが治部大輔か……)
 治部大輔は、ぱっと見はさほど目立つ風貌ではない。だがその目には、どこか異様な、狂人のごとき光を宿していた。
 既に覚悟を決めていたものか、治部大輔の側にいる女たちは皆白装束を纏っており、数珠を手にしているのが見える。彼女らは手を合わせて、念仏を唱えていた。その声が風に乗り、こちらまで聴こえてくる。
「須田源蔵。須賀川の真の主は、この治部大輔だ。お主ら和田の者らが鎌倉でうつつを抜かし、意味もなく鎌倉府に諂っている間、須賀川の街を整え、伊東や蘆名、田村、石川の侵入を許さなかったのは、この儂ぞ。それをゆめゆめ忘れるな。真の武士がどのようなものであるか、その目で確かめるが良い」
 治部大輔はそう言い放つと、側にいた女達を次々に刺殺していった。女達の呻く声が、炎の爆ぜる音と混ざり合う。最後に、自分の腹に刀を突き立てると、その体が倒れた。須賀川の首魁が斃れた瞬間だった。
 刹那、こちらの二の丸側でも、奇妙な沈黙が流れた。気がつくと、夜明け前の淑気の中で、東の方向が徐々に明るくなろうとしている。まだあちこちで火の手が上がっているが、間違いなく須賀川は和田の者たちの手に渡ったのだった。
「源蔵殿。美濃守殿は、何と?」
 ようやく、紀伊守が源蔵に尋ねた。
「兄者は、須賀川の者らを全て討ち取れとの命を下された。残党も、決して討ち漏らすなと」
 その言葉に、図書亮は現実に引き戻された。治部大輔の死を知らない者は、まだ死力を尽くして戦おうとするだろう。
「一色殿。道場町の門の方を頼む」
 源蔵はそう述べると、治部大輔のいた本丸を目指して駆けていった。残された図書亮と紀伊守は、顔を見合わせた。
「紀伊守殿は、いかがなされる」
「一旦、伯父上の指示を承りに本町へ戻る。源蔵殿の言葉を伝えねば」
「分かった」
 再び紀伊守と別れ、図書亮は源蔵の言葉に従い、道場町口の木戸を目指した。先刻、忍び入ったときに金壺眼の武者に追い回された辺りを、再び巡邏する。
 と、一人の若者が本丸の方から小走りにやってくるのが見えた。薄墨染の衣を纏っており、頭は丸い。腰はに荒縄が縛られており、先程二の丸から見た治部大輔の首が提げられていた。
「どこへ参る」
 図書亮は、反射的に若者に刃を向けた。
「為氏公の陣へ。治部大輔の首を御見参に参ります」
 若者は、爽やかに答えた。だが、微かに声が震えている。夜明けの寒さのためか、それとも恐れのためか。
 そして図書亮は、その顔に視線が釘付けになった。
(似ている!)
 色白で、優しげな目元。この若者は、三千代姫の兄だという行若ゆきわかに違いなかった。だが、その目に敵意は浮かんでおらず、寸鉄も帯びていない。ただ父の首を持って、供養してもらうためだけに、須賀川から落ち延びようとしているらしかった。
 束の間、素早く視線が交わされた。
「一刻も早う、愛宕山の御屋形の元に向かわれよ」
 図書亮は辛うじてそれだけ言うと、若者のために門を開けた。若者は黙って頭を下げると、飛ぶ鳥のように東雲の方向へ姿を消した。

©k.maru027.2023

>「勇将らの最期(4)」へ続く

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