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泪橋~和解(5)

 民部大輔を迎えての宴から数日後、合議の場でそれぞれの新しい領地の発表が行われた。
 あの梶原の首を取ってきたのだ。須賀川城との膠着状態を打破するきっかけを作ったのは、図書亮らの働きも大きい。当然、期待するものはあった。
「――ところで、一色殿」
「はっ」
 相変わらず謹厳な美濃守の声は、いつもと何ら変わることがなかった。
「此度の戦での功により、取木村とりきむらを治めてもらいたい」
 念願の、土地による恩賞だった。だが、取木という村は聞いたことがない。やや上座に座っている舅の顔を見ると、微妙な表情をしている。
 図書亮は、合議が終わった後に舅を捕まえて尋ねた。
「下野守さま。取木村とはどの辺りなのでしょう」
 下野守は、図書亮に説明するのを躊躇していたが、やがて渋々といった体で説明してくれた。
「広沢山はご存知かな?」
「いいえ。和田から離れた場所だというのはわかりますが」 
 嫌な予感がする。ひょっとして名前からして、かなり外れの方ではないか。
 図書亮の予感は的中した。
「広沢山は宇津峰の南東にある山だ。取木村は、その北西にある村邑を指す。広沢山には甘露寺観音堂もあり、また、田村庄との境にも近い。先立ってのお主の武勇を見込んで、その土地を任せたいのかもしれんが……」
 思わず、呻きそうになった。建前としては、確かに筋が通っている。また、二階堂家中では新参者なのだから、ある程度辺鄙な土地を与えられるのは、止むを得ないだろう。だが、功績の割に恩賞が少なすぎるのではないか。
「……後は、家に戻ってからりくにでも訊くがよい」
 下野守は気の毒そうな顔を作り、小声で告げた。その様子からすると、まだこの場では言えないことがあるのだろう。他の家臣の耳目もある。図書亮は渋々頷いた。
 帰宅後、りくに「取木村を賜った」と告げると、りくも微妙な顔をした。
「取木村ですか……」
 りくの言葉の響きからすると、あまり望ましくない土地なのだろうか。
「下野守さまのお話で、山間にあるというのは伺った」
 山にあるということは、領地の見回りなども苦労が多いに違いない。
「それだけではなく……。あの辺りは地味が痩せていると聞いたことがあります」
 りくは、困った顔を見せた。釣られて、図書亮も眉根を寄せる。
 土地が痩せているということは、農民もあまりおらず、税収が期待出来ないということだ。他の家臣の面前ではさすがにそこまで指摘できず、下野守としては、精一杯聞こえの良いように図書亮に説明してくれたのだろう。徴税権は図書亮にあるから、一色家の家計にも影響を及ぼす。
 この四年余り、家名を上げ、少しでも妻の生活を楽にしてやりたいと思っていた図書亮としては、気勢が挫かれる思いだった。
 命懸けだったあの戦いの結果が、これか。

「美濃守さまに、申し上げてみる」
 どうにも腹が収まらず、翌日、図書亮は峯ヶ城に戻ってきていた美濃守を捕まえようと、その居室を訪ねた。訪ってみると、丁度安房守も同席していた。どうやら、二人で須賀川領内の新しい割り振りについて話合っていたらしい。
「これは、婿殿。如何なされたかな」
 相変わらず笑顔を絶やさず、本音が読めない安房守である。
「新領についてのご相談がございます」
 思い切って切り出したが、美濃守はちらりと視線を投げかけたのみだった。
「せめて、和田に近い場所を管理させていただけませんでしょうか」
 りくの出産も間近なのである。一色家としてはこれからますます物入りになるのだから、少しでも作物の上がりの多い土地を分けてもらえないと困るのだ。
「これは、既に決まったこと」
 美濃守は一瞬筆を止めて図書亮の方を見たが、再び手元の図面に視線を落とした。その視線を追うと、堤の辺りに「忍」という文字が見えた。どうやら、幼馴染は源蔵の配下として組み入れられ、その一角の所領が貰えるらしい。視線をずらしていくと、その図面の遥か右端の方、小塩江の辺りに「取木」の文字を見つけた。確かに宇津峰の麓であり、作物の上がりは期待できなさそうである。
 同じ時期に二階堂家臣団に入った幼馴染の土地と比較しても、随分と扱いに開きがあるではないか。
「あの戦いで功を挙げたのは、一色殿だけではない。塩田殿も手柄を上げられ、所領安堵をせねばならぬ」
 図面に新たに「塩田」の文字を書き入れながら、美濃守が平坦な声で告げた。
 塩田一族は、やはり須賀川に昔から住んでいる一族である。所領の配分からすれば、図書亮の隣人ということになるだろう。だが、納得できないものはできない。
「一色殿。あの辺りは田村領との境に近い。田村への備えが重要なのは、承知しておろう」
 安房守が横から口を添えた。どうやら安房守も、美濃守の考えに賛成のようである。それも、図書亮の不満に油を注いだ。今まで散々「婿殿」と持ち上げていたのに、この期に及んでわざわざ「一色殿」と呼びかけた安房守に、どこか作為的なものを感じたのだ。
 初めて、図書亮は安房守に反発心を感じた。それを安房守も察したのか、束の間、剣呑な空気が漂う。
 空気が変わったからだろうか。美濃守は、ようやく図書亮と視線を合わせ、眉を上げた。
「もしも取るべき首を取り落としていなかったのならば、和田に近い所領を差し上げたであろうがな。今はこれで堪忍されよ」
 美濃守の言葉に、図書亮の首筋が粟立った。
「美濃守殿。一色殿は梶原の首を取ってまいりましたが……。ご自分で討たれたわけではないので、功として落ちるということではなかったのですか?」
 話が違う、といった体で安房守が首を傾げた。どうやら、安房守は美濃守の胸中全てを伝えられたわけではないらしい。
「まあ、そういうことですな」
 美濃守は、口元に曖昧な笑みを浮かべてみせた。
 だが、図書亮には美濃守の言わんとしていることを即座に理解した。美濃守の言う首とは、梶原の首ではない。美濃守は、図書亮が治部大輔の息子である行若を見逃したことを知っている。告げ口をしたのは、あの牛頭に違いなかった。
 牛頭は、戦場における一介の忍びだと図書亮は思いこんでいた。だが、やることに手が込みすぎている。なぜ、このような真似を……。
「一色殿。お話はもうよろしいですかな」
 美濃守の言葉に、図書亮ははっとした。美濃守にあの一事が知られている以上、図書亮に交渉の余地はない。黙って引き下がるしかなかった。
「まだこれから功績を立てる機会はあろう。まずはこの地の内政について、ゆるりと取り組まれよ」
 図書亮が諦めたのを見て、安房守は再びいつもの人の良さげな笑みを浮かべた。だが、この箭部一族の長も一筋縄ではいかないことを、四年あまりの付き合いで図書亮も理解していた。唇を噛みしめ、頭を下げてすごすごと美濃守の部屋を退出した。
(古狸め……)
 奇しくも、その古狸の弟の住む地名は狸森である。図書亮に説明してくれたときの素振りを思うと、まさか舅まで噛んでいるとは思えないが、やはり気分はよろしくない。
 せめてもの救いは、須賀川の街の奉公人町に、新しい屋敷を賜ることくらいだろうか。
 それにしても、りくにどのように説明したものだろうか。図書亮は、頭を抱えた。

>「怨霊(1)へ続く

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