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泪橋~和解(4)

「確かに、治部大輔は手強い相手でした」
 源蔵が苦々しげに相槌を打った。須賀川城の決戦で、治部は三人の眼の前で女たちを刺殺し、目の前で腹を斬ってみせた。須賀川の真の主は、自分であると最期まで主張していた。源蔵はそのように説明を重ねた。
 為氏が、興味深げにこちらを見ている。美濃守と共に愛宕山本陣にいた為氏には、初めて聞く話なのだろう。
 だが、民部は源蔵の言葉に苛立たしげに首を振った。
「いや、そういうことではない。治部大輔殿の本当の恐ろしいところは、己の目的を達するためであれば、意のままに相手を操り、仏にも悪鬼にも変幻自在であるところであった。千歳も三千代姫も、間違いなく兄や父を慕っておっただろう。姫等に対しては、治部殿は良き兄であり、父であった」
 その言葉に、為氏の顔が歪む。為氏も、三千代姫を送り返した時点で、戦への予感はあったのかもしれない。だが、まさか治部大輔が姫の行列と知りながら襲撃してくるとは、夢にも思わなかっただろう。治部大輔の思考は、常人の遥か斜め上を行くものだった。
 図書亮も、民部の言葉で思い出されることがあった。あの出水の際に、四天王らは「治部大輔は、出水の多い土地と知っていながら、民部に北沢の土地への移住を勧めたのではないか」と疑っていた。鎌倉からの詮議を躱すために民部を宥め透かし、いざとなれば捨て駒にするつもりだったのではないか。守屋筑後守は、図書亮にそのように説明してくれたのだった。
「だがこれから政に関わっていけば、そのような者等と関わっていく機会も出てこよう。その時には、ゆめゆめ人の心をお忘れあるな」
「人の心……」
 戦の前に、図書亮は藤兵衛から「言葉の割に脆いところがある」と指摘されたばかりだった。だが、民部の言葉は、それを否定するものなのか。それとも理性を超越して尚、人としての情を忘れるなと述べているのか。
 図書亮が思いに耽っている間に、他の四人は民部と話が弾んでいた。とりわけ源蔵は、浜尾の地について熱心に話し込んでいる。どうも、浜尾の地はこのまま源蔵が管理を引き継ぐことになるらしかった。そのため、訊いておきたいことも山ほどあるのだろう。和田方と治部大輔の剣呑な空気を察して民部が浜尾から消えた後、浜尾の民の世話をしてきたのは、源蔵である。
 いつの間にか他の四人の顔つきは為政者としてのそれに変わっており、未だ陣借りをしているだけの図書亮は、自ずと聞き役に回るしかない。
 話はさらに変わっていき、民部がなぜ浜尾を抜け出したかという話題に移っていた。民部によると、出水の後に治部大輔が他の地域の民の為に救いの手を差し伸べなかったという知らせがもたらされたときは、さすがの民部も、戦を覚悟したという。だが心の奥底では治部を恐ろしいと思いつつ、建前上は義理の兄である。かと言って、為氏に弓を引けば、たちまち源蔵らの軍勢が四半刻もしないうちに浜尾に駆けつけただろう。息を潜めるようにして三日ほど待ってみたが、為氏からは何の音沙汰もない。いよいよ為氏が怒っているかと思い、進退極まった。覚悟を決めて腹を切って和田方の怒りを鎮め、少しでも家臣の命を救おうとしたところ、家老の佐藤や後藤に窘められたというのである。
 最初両人は、民部にみすみす腹を斬らせたら、面目が立たず命を全うできないと訴えたのだった。
「我等も民部様に殉じて、命を捨てるのは容易いことです」
 そう述べたのは、佐藤だった。だが、その後の弁舌が振るっていた。
「西伯は菱里に逃れ、晋の文公や翟公も国を追われました。どの先人も皆、王道覇道を問わず死を許されなかったものです。晋の文公などは范蠡が書き残しているように、越王勾践から受けた恥辱を晴らさんと、敢えて死を選ばず会稽の恥を雪ぎ、国を復活させました」
 さらに、佐藤は民部が自害することになれば、それは為氏を敵と見做したことを意味してしまう。却って和田方の恨みを買うだろうと指摘したというのだ。
 そこで、せめて為氏方に浜尾の地を丸ごと差し出し、忠義の証を見せようとしたというのだ。
 その言葉に、困ったように源蔵が頭を掻いた。確かに、民部の後始末をしたのは源蔵で、三千代姫離縁が切り出された席でも、そのことを指摘していた。だが、民部の家臣の忠義心には感心したらしい。元々陽気な気性の源蔵である。民部の振る舞いに一時は立腹していたものの、恨むほどではないのだろう。
「確かに、命を捨てるだけが忠義ではござらぬ。主の命を全うさせようとするのも、また忠義の証。伯父上は、良い御家来を持たれましたな」
 為氏は、感じ入ったように寿ぎの言葉を述べた。その言葉に、他の者も頷く。
 あの須賀川との戦以来、為氏は少し変わった気がする。以前は家臣の勢いに押されることが多かったのが、為政者としての器が見えるようになってきた。
 それに引き換え、自分はどうだろう。戦働きでは確かに功を挙げたが、須賀川との決着もついた今、いつまでも陣借りのままではいられない。為氏の言葉に、図書亮は軽い焦燥を覚えた。

©k.maru027.2023

>「和解(5)へ続く

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