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アラカン女子、職業訓練校に行く!


01. 出会いは、ある時突然に

正直、こんな所で人生のポイントを切り替えるなんて、思ってもみなかった。

これまで走ってきた線路には、いくつかのターニングポイントがあった。

結婚・出産、夫の失業、娘の受験…。

家族が出来てからの私のワークスタイルは、常に家庭中心だった。天職だと思っていたクリエイティブ職を辞め、子育てに全力を注いだ。

生活費を稼ぐために社会復帰した後の仕事は、経理事務。

無から有を生み出すクリエイティブ職は、片手間ではできないと分かっていたからだ。

でも、お金のために始めた事務職もそれなりにやり甲斐や発見はあり、辛くはなかった。

だから一年前、部長から定年後の進退について聞かれた時は、とくに深く考える事もなく「65歳までは契約延長します」と答えていた。

ところがある日、気付いてしまったのだ。

『職業訓練校』の存在に。


02. 仕事をするのは誰のため?


会社で人事担当もやっていた私は、その頃、若手人材探しに翻弄していた。

職種は求人最難関とも言える、建設業。
人材紹介会社を片っ端から当たるも、良い人材を見つけるのは、砂利の中から砂金を見つけるくらい難しい。

こうなったら社会に出る前の人材を確保しようと、行き着いた先が『職業訓練校』だった。

該当する人材がいると思われる学校を探そうと訓練校の種類やカリキュラムなどを調べていると、その中に『webデザイン』の文字があった。

(へぇ。今どきはそんな教科もあるんだ。)
その時は深く考える事もなくサイトを閉じた。

だが、頭の中から『webデザイン』の文字が消えない。

同時に、ある疑問が湧いてきた。

(あれ、私って何でいま事務職やってるんだっけ?)

子育ては終わった。
夫は早々退職し、趣味みたいな事で日銭を稼いでいる。

そもそも子供の教育費を稼ぐ為に始めた仕事だ。
いつの間にか独立採算制みたいな形になってはいるが、私が身を粉にして家庭のために働く義理はない。

今の仕事も「やるからには全力で!」と頑張ってきたけれど、定年までやり切った感はある。

もう、自分のために働いてもいいのでは?
もう何の足枷も無いのだから。

考えは止まらなくなっていた。


03. 延長と定年退職の狭間で…


早速、ネットで『職業訓練校 webデザイン』とググってみる。

すると、東京労働局のサイト(※1)の中に『求職者支援訓練』と書かれた一覧表が見つかった。

webデザインというキーワードで調べたからか、そこには昭和の時代ではあり得なかった様々な職種の訓練校が並んでいる。

(ネイリスト養成講座かぁ。へぇー)

感心しつつ、早速お目当ての『webデザイナー養成講座』へのリンクを開く。

映し出されたのは、講座の開催期間とカリキュラム一覧、募集の詳細が書かれたリーフレット的なページ。

そこにはHTML実習、CSS構築実習、Wordpressを使ったwebサイト構築などなど、今まで使えたらいいなぁと思ってはいたけど手が出なかったツールの数々が並び、見ているだけで心が躍る。

行きたい。

でも行く為には会社を辞めなくてはならない。

定年退職か。

20年近く勤めていた会社を辞めるのはさすがに心が痛む。
これまでSEみたいな事までして全力でサポートしてきた仲間を見捨て、一抜けして良いのだろうか…。

自問自答する中、偶然一冊の本に出会う。


※1 厚生労働省 東京労働局
「求職者支援訓練 募集中・募集予定のコース情報」



04. 公共職業訓練、受けないのは損?!

基本、私はお金には無頓着な方だ。

「お金は、やりたい事をやりたい時にやれるだけ あれば良い」

くらいの心持ちで今まで生きてきたので、どうにも世間が「老後に必要な資金2000万」と騒いだところで今一つピンと来ない。

でもさすがに定年退職するとなると、無収入になるわけで、やりたい事をやる資金さえなくなってしまう。

ここにきてようやく「老後の資金」的な事をしっかり考えなくてはと思っていたところだったので、電車の広告でコレを見掛けたときは、思わず凝視してしまった。

知らないと大損する
『定年前後のお金の正解』(※2)

「大損する」というワードに引っ張られるようにして、早速kindleにインをする。

目次にはなんと、こんな一文が書かれていた。

「失業手当受給者は、無料でスキルアップのための講座が受けられる」

(え、まじで?!)

家に帰って早速ページをめくってみる。

そこには、

・失業手当の受給対象者は、無料で公共職業訓練を受けられる事

・職業訓練校に通っている間は失業手当が支給される事(入校時から卒業するまでの期間全て!)

・受講手当や通所手当が支給される事

など、おいしすぎる情報が書かれており、「受けないのは損」とまで書かれていた。

ちなみに、「失業手当」をもらえるのは、65歳になる前まで。(その後は「高年齢求職者給付金」となる)

てことは、失業手当をもらいながら職業訓練校に通い続けられるのは、64歳までとなる。

これは…急がなくては。

もう私の頭の中には『ハローワークに相談』→『会社に報告』→『退職届』という図式が出来上がっていた。


※2 『定年前後のお金の正解』
   板倉 京/著
 https://amzn.to/3XPbGXu



05. ハローワーク 今 vs 昔

ハローワークに行くのは数十年ぶりだった。

その頃はまだ、ハローワークなんていう愛称はつくられておらず、「公共職業安定所(略して職安)」と呼ばれていた。

職安と聞くと、「職に困ったおじさん達が列をなしている所」というイメージが私の中にはあったので、「できればあまり近寄りたくはない所」でもあった。(今思えば、若気の偏見)

が。

数十年ぶりに行った職安は違っていた。
ちゃんと『ハローワーク』になっていた。

建物も立派だし、なにより来ている人達が若い。

(若者も職探ししてるんだな…)

と、当たり前のことをしみじみ感じながら、

(いや、まずは「職業訓練校」のこと聞かなくちゃ!)
と気を引き締める。

受付で「職業訓練校について、お尋ねしたいのですが…」と言うと、

「こちらは始めてですか?
ではまず受付票を作りましょう」と案内される。

どうやら「受付票」が無いと、事が始まらないらしい。

担当の女性に、退職予定日やら現在年収やらスキルやらを伝えると無事「受付票が発行され、ようやく「職業訓練相談コーナー」へ。

「定年退職後、webデザインの訓練校に行きたいんです! できる事ならもう一度デザイン関係の職に就きたくて!」

私がやや前のめりにそう伝えると、担当の人は丁寧に申し込みの手順を教えてくれた。

・退職日が決まったら、まずは「職業訓練相談コーナー」で「相談」をする。
※職業訓練校は、ハローワークが紹介するという形になっているので、「相談する」という行為が必要らしい。

・その際、その時点で募集をしている訓練校の資料と申込書をもらう。

・希望する訓練校の「見学会」に行き、自分に合っているか確認する。

・行きたい訓練校が決まったら、「職業訓練相談コーナー」に「受講申込書」を持参する。(あくまで「ハローワーク」経由。直接訓練校に郵送したりしない。)

・その際、「職業訓練相談コーナー」の担当から訓練校に電話をしてもらい「選考試験(面接)の時間の確定」をする。

という流れ。

ここで一つ朗報が聞けた。

職業訓練には「主に雇用保険受給者が申し込み可能な公共職業訓練」と、「雇用保険を受給していなくても通える求職者支援訓練」の2種類があり(※3)、公共職業訓練校に通える条件は『離職している(雇用保険を受給している)事』なのだが、離職票(または退職証明書)は訓練校の開始前までに提出できれば良いとの事。

つまり、退職前でも訓練校への応募は可能というわけだ。

通常、自己都合の退職だと失業手当を貰うまでに、「待機期間」というのが2ヶ月程あり、その間は失業手当がもらえない。(※4)

退職してから訓練校に応募するとなると、仮に予定通りに選考が進んだとしても、入校までの間、ひと月近く「無職・無収入」の期間が生じてしまうのだ。

なので、収入の途切れなく訓練校に行きたい場合は、退職前に 応募〜合格〜退職〜入校 というのがベスト。

定年退職日まであと3ヶ月。
ここはもう腹を括って逆算スケジュールを立てるしかない。

ハローワークからどっさりと資料をもらい、帰路に着く。

私は目標には最短距離で進みたいタイプだ。

今から始めれば、「自分の後任を見つけ、引き継ぎをし、円満な定年退職 からの職業訓練校入校!」という完璧なスケジュールが完成する。

…と思っていた。
少なくともこの頃は。

しかし、現実はそう簡単ではない。
それはこの後たっぷりと思い知らされる事になる。


※3 厚生労働省 東京労働局
ハロートレーニング(職業訓練)について
全国のハロトレ(職業訓練)コース検索

※4 「定年退職時」の待期期間は、「会社都合による退職」と同様7日間です。


06. さぁどうする? 『訓練校』選び

腹が決まったところで、次は訓練校選びだ。

訓練の内容を見比べながら吟味する。

webデザイン関係の訓練校はいくつかあり、カリキュラムの内容も少し違っている。

その中で、ちょっと気になる内容が書かれた訓練校があった。

『webデザインの仕事は飽和状態で薄利多売状況。
これからは、webマーケティングを学んで収入UP! 』

webマーケティングか。
確かにそれは思い当たる事がある。

私は以前ダブルワークでマーケティング補助(データを抽出して報告書を作る程度の作業だったけど)みたいなバイトをしていた。

なので、時々コンペに応募しているクラウドワークスに職歴としてその「マーケティング補助」も加えたところ、最近「webマーケティング業務」でのオファーが増えてきていたのだ。

確かに過当競争が激しいwebの世界において、webマーケティングは必須なのかもしれない。

悩んだ末、やりたかったwebデザインメインの訓練校とwebマーケティングメインの訓練校、どちらにするかは見学会で決めることにした。

ハローワークからも、「ミスマッチを防ぐためにも、見学会は必ず行ってくださいね!」と言われていたし。

ところがここで問題が発生する。

どういうわけか、見学会の日程はどこも応募締め切り直前くらいに組まれていて、私が行きたいと思っていた訓練校2校は、掛け持ち見学ができない日程になっていたのだ。

もちろん、どちらかを見学会直後の応募ではなく、ひと月ずらした応募にするなら掛け持ち見学もできたのだろうが、それだとなんだか心象が悪いような気がする無駄に律儀な私。

結局どうするかは応募書類をもらいに行きがてら、ハローワークで相談してみることにした。


07.『見学会』に着ていく服とは?!

「一度に二つは受けられませんからね…。 第一志望を受けるのが良いと思いますよ? 
webマーケティング、いいんじゃないですか?
経営戦略的な事も学べるようだし、そういうのはほら、社会経験のあまりない若い人では難しかったりするでしょう?」

ハローワークの「職業訓練相談コーナー」の人は、私の話をじっくり話を聞た後、そう答えてくれた。

なるほど。
確かに、「年齢」という強みを活かすなら「webマーケティング」はアリかもしれない…。

家に帰る頃には、第一志望は「webマーケティングメイン」の学校に定まっていた。

早速、webサイトから見学会の予約をする。

そこで、はたと気がづいた。

(あれ。学校見学会って、私世代はどういうスタイルで行けばいいんだろう…)

学校見学会なんて、娘の中学受験の時以来だ。

しかも、今回お受験するのは、娘ではなくワタシ…。

(ここは先達の体験談を見てみよう。)

と、ググってみると、
「気合い入れてスーツでいったら浮いてしまいました。」的な投稿が載っていた。

ふむふむ。
「スーツではない」と。

でも「見学会」というからには、先方はおそらくキチンとした格好で説明してくださるわけだし、いい大人過ぎる私が、まさか普段着みたいな格好じゃまずいだろ…

試行錯誤した挙句、メルカリでマーガレットハウエルのツイードジャケットを購入。

(普段着以上スーツ未満といえば、ジャケット! →ほんとか?)

それにユニクロで買ったマーメイドラインのウールの黒スカートを合わせ、我ながらシックかつ大人感のあるスタイルで臨んだ見学会だったが…。

説明してくださった校長の出で立ちは、

ジーンズだった…。


※ 私の結論
『学校見学会の服装』
→お仕事途中で来る人もいるわけなので、「普段のスタイルでOK」
→当たり前だが、「見学会」の服装云々で入学合否は決まらない


08. Webマーケティングの必要性


見学会の内容は、かなり心動かされるものだった。

数多あるwebの情報の中では、どんなに素晴らしいデザインをしたところで、人の目に留まらなければそのサイトの意味はない。

顧客が必要とする情報を与え、結果的に企業に利益をもたらす為には、まずは経営戦略を練り、効果的な方法で段階的にアプローチをかけていく必要がある。

その為に、webマーケティングは必要不可欠なのだと…。

なるほど。
まったくその通りだと思う。

ただ「言ってしまえば、デザインの美しさなんてどうだっていいんですよ。企業が求めているのは結果なんだから。」という件は、まがりなりにも「もとデザイナー」だった私にとっては共感し難い内容だった。

しつこいくらいに現れるバナー広告やディスプレイ広告。
滞在時間を伸ばす為に、同じワードが繰り返されるセールスコピー。

広告ってそんなモノだっけ?
こちらの内情を散々探られて、狙いを定めて突いてくる。
物ってそんな風に押し売りみたいにされて買う物だっけ?

そんな疑問もよぎった。

が。
確かに見られなければ始まらない。
それはそうだ。
見られないサイトなど無いも同然

その訓練校では、最終的に自分で作ったサイトをネットに上げ、他の生徒のサイトとクリック率を競い合う事などもするらしい。
それはかなり面白そうだ。

プレゼンには訓練校と取引のある企業が数社立ち会い、優秀な生徒にはその場で面談の機会が与えられるというのも、アラカンの私にはかなり魅力的だった。

よし。
ここに決めよう。

帰宅した私は、熱い気持ちが冷めないうちに申込書を書き始めた。

『希望した理由と訓練終了後の就職希望は、しっかり書いてくださいね。』
ハローワークで言われた通り、枠いっぱいに小さな文字で書き綴る。

ここで疑問。

なんで今どき「手書き」の申込書なのだろう?
しかも「消えないペン」指定。
裏表ガッツリ書かなくてはならないのに、一文字の失敗も許されない。

コピーを何枚か取って下書きをするも、本番は手が震えて腱鞘炎になりそうだ。

自宅にPCが無い人もいるから?
ハローワークから受け取るという手続きが必須だから?

ネットにエクセルかワードのフォームくらい置いといてくれてもいいのに…
と思いながら、なんとか申込書を書き終える。

締め切りまで数日しかない。
翌日、半休を取ってハローワークに提出に行く。

が、この時はまだ知る由もなかった。
この申込書が、その後の全ての歯車を狂わせてしまう事を…。

09. 職業訓練校 応募のタイミング

離職、転職にはシーズンがある。

会社で人事的な事もしていたので、それは把握していた。

一番多いのは、年度末である3月退職後の4月。
次いでボーナス後の7月そして、年末退職後の年明けだ。


私の場合は、生まれ月が11月終わりだった事もあり、キリの良いところで年末の締め日が退職日となったのだが、これは今思えばタイミングが悪かった。

職業訓練校の応募は、前にも書いた通り、退職前から申請は可能。
なので、この時期は年末退職組が応募する時期と重なってしまう。

申請書を提出後、にわかに『受験倍率』が気になり出してきた。

『求職者支援訓練』のページで応募者数をチェックすると、申請した訓練校の応募者は日に日に増えていく。

ハローワークのサイトには「締切の前日、当日が一番混雑します」と書いてある。
学校見学会の日程が、応募締切間近まで組まれているから無理もないのだけれど(←これほんとやめて欲しい)、締切日になって応募者数がドカンと伸びる可能性が高い。

「web系の訓練校は人気がある」
それは、ハローワークからも言われていた事。
ある程度の覚悟はしていたし、見学会での人の入り具合からしても、応募者多数の予想はできていた。

果たして結果は…

締切日の応募者数は、定員30人のところ、48人。
1.6倍だった。


18人オーバー。
その人数は、20年前の私ならおそらく何とも思わなかっただろう。
選考試験は面接のみ。
自分で言うのもなんだが、面接には自信がある。

だが…。

ここにきて、今まで見ないようにしてきた『年齢』と言う名の大きなハンデが目の前にチラついた。

18人。
どうやって蹴落とせばいいんだろう。

「失業手当欲しさに受ける若者もいるようだよ?
やる気見せれば大丈夫なんじゃない?」
夫は何の根拠もなくお気楽な事を言っている。

選考試験は2週間後。

アラカン女子、
勝負の時が来る。


10. 選考面接に必要なスキルとは?

訓練校の選考面接には、メルカリでゲットしたバーバリーのブラックスーツで挑むことにした。

シニアの場合、「いかにもなリクルートスーツだと不慣れ感が出てしまうのでNG」とネットには書いてあった。

でも、これまでジーンズOKみたいな職場にいた私はスーツには縁遠く、小慣れた感じのスーツなど、持っているはずも無い。

ユニクロで買うのもなんか違う気がするし、かといって今後着るかどうかわからないスーツに大枚叩くのも…。

そう言えば以前メルカリを使って断捨離した時に洋服は全く売れなかったのを思い出し、調べるとブランドもののスーツもお手頃価格で放出されていた。

訓練校の入校式もあるし、卒業すれば次に就職面接も待っている。
ここは安かろう悪かろうの間に合わせアイテムではなく、その先を見据えた買い物をせねば。

そう思って購入したバーバリー。

これは、アリだったのかナシだったのかは今となっては分かりかねるが、さすがに面接会場に普段着で来ている人はいなかったので、アリだったのだと信じたい。

志望動機も、もちろん完璧に考えた。

いわゆる会議室の向こうとこっちで3対1くらいで面接する体を考えて、飼っている猫が傍でドン引きするくらい声を張り、何度もスピーチの練習もした。

ハローワークで言われた通り、デザインの経験がある事や、これまでの経験を活かした形でマーケティングに取り組みたい事など文章にまとめ、しっかり暗記して話せるように。

だが…。
今どきの面接は私が知らない暗黙のルールが存在していた。

面接官に開口一番こう言われたのだ。

「では、なぜこの学校を選んだのか、1分程度で話してください。」

(え、1分?! 
今、1分て言った?!
いや、無理でしょ無理無理。
暗記した内容だと3分は掛かっちゃうもん。
無理ーー!)

一瞬で頭の中が真っ白になった。


※職業訓練校の選考面接に必要なスキルとは?
志望動機を1分程度で簡潔に話せること。
(沢山の志望者を決められた時間内で面接していくわけなので、当然といえば当然。これは職業訓練校にかぎらずだと思う。)


11. 残念な暗示

結局、選考面接はしどろもどろながらも何とか切り抜け、結果待ちとなった。

結果はメールで送られてくることになっている。
だが、勝算が無いことは何となく分かっていた。

面接のせいだけではない。

ネットでこんな記事を見かけたからだ。

訓練校の最終的な合否は訓練校ではなく、ハローワークで決定する。
訓練校ではOKかNGかを決めるだけで、定員数をオーバーした場合は、ハローワーク規定の点数制(本人の就職意欲や就活状況、生活状況などを総合的に見て判断)により、合否の判断が行われる。』

これは個人サイトの情報なので確実とは言えないけれど、考えてみたら私の場合、住居は持ち家、退職はしてるけど夫もいるし、扶養家族は無し。
しかも退職理由が『定年による』という状況。

どう見ても生活に困窮している状況ではない。

仮に、働かなくては明日の家賃も払えない若者と私との二択だったら、ハローワークの人に限らず、迷わず若者を合格にするだろう。

不合格』という文字が頭の中をぐるぐるする中、我が家特有の怪奇現象が起こり始める。

色々なものが落ち始める』現状。

これが始まったのは、娘の中学受験の時からだ。
理由もないのに身の回りにある色々なものが落ちる。

娘の時は、地震でもないのに壁掛け時計が落ちたのには驚いた。

今回も、会社に行けばキャビネットからわけもなく書類が落ち、家でも私に限らず周りにいる家族も「あっ。」と言って物を落とす。
ここ何年も落とした事がなかったスマホも、つるりとダイニングテーブルから落ちた…。

なので結果は、ほぼ予想通りだったのだ。

数日後、『不合格メール』が送付された。


12. 一縷の望み

今振り返ってみれば、1月開講の訓練に落ちた事は不幸中の幸いだったとも言える。

実は12月末で会社は退職したものの、私の後任がなかなか見つからず、仕事の引き継ぎが1月からになってしまったのだ。

もし訓練校に受かっていたら「毎日受講後、会社に行って後任に引き続きをする」という、実にタイトな状況が生まれていた。

とはいえ。
『訓練校に行きたいので会社辞めます!』宣言をした以上、いつまでも不合格ではさすがに気まずい。

なんとか合格して『そうか。頑張れ!』と言ってくれた会社の皆さんのエールに応えなくては。

さっそく翌日、再度ハローワークに相談しに行くことにする。





「そうですか…。ダメでしたか。」

ハローワークの担当の人は残念そうにしながらも、こう続ける。

「web系の訓練校は聞いていると思いますが、大変人気があるんです。
なので、どうしても倍率が高くなってしまうんですよ。」

「やはり、シニアは受かり難いんでしょうか?」

私がおそるおそる尋ねると、

「そうですね。
シニアは求人自体が無いんです。
訓練校は、学習から再就職までが一括りで考えられているところがあるので、再就職の可能性が低い場合、受かり難いと思います。


(え… …)

聞きたくなかった。
てか、そんなの聞いてなかった。

前に相談に来た時は「頑張ってください!」って言われたんですけど。

私、もう会社辞めちゃったんですけどー!

私が顔に縦線並べてガックリと俯いていると、

「ちにみに、これは紹介されましたか?」

担当の人は、奥の方からなにやら冊子を出してきて机の上に置いた。

それには『離職者等再就職訓練 短期間・短時間委託訓練

と書かれている。

「いえ…たぶん見ていないかと…」

「こちらは東京都が民間に委託して行なっている公共職業訓練(※1)で、あなたが前回受けた民間の職業訓練より短期間のものなんですが・・。」

広げてくれたページには、「Webデザイン」の文字もある。

「ちなみに、前回の応募倍率ですが…」

そう言いながら出してきてくれた分厚いファイルには、過去の各訓練校の募集人数と応募人数、倍率が書かれている。

(え?!)

私は見覚えのある学校の倍率に目を見張った。

定員30人のところ、29人となっている。(定員割れ?!)

「こ、ここって、求職者支援訓練だと凄い人気で、前回も応募者100人超えしてたところですよ?!」

その学校は最初からチェックしていた。
当初はwebデザインの方をやりたいと思っていたのでそこを第一志望にしていたけれど、毎回人気の学校だからまず無理だと諦めていたのだ。

「そうですね。
今年の初め頃までは、こちらの公共職業訓練の方が人気があったんですけどね、制度が変わってからは求職者支援訓練の方が人気でちゃったんですよ。」

なるほど。

前回私が受けた求職者支援訓練は訓練期間が5〜6ヶ月と長く、その間ずっと失業手当が支払われる(※2)。
例えば3ヶ月で給付期間が終了した場合でも、規定の条件を満たしていれば卒業するまで失業手当がずっと支払われるしくみ。
だから、じっくり学びたい人にはかなりオイシイ内容になっている。

さらに、定員割れしていた人気校の訓練は、通所ではなくオンライン科。
IllustratorやPhotoshopという実技科目をオンラインで受けるというのは、ちょっと難しいのかもしれない。

でも…

たとえオンラインであれ、3ヶ月であれ、今は『行きたいと思う訓練校に受かる事』が目標なのだ。

贅沢など言えるはずもない。

「ここにします。
ここ受けます!」

ようやく一縷の望みが見えて来た。

合格の保証はできませんよ。
定員割れするところなら受かる可能性もあるというだけで。
倍率もその都度違いますからね。


担当の人はそう釘を刺すと、

「次回の募集は来月なので、それまでに希望の学校の見学会に必ず参加しておいてください。
そう続けた。

私はそそくさと家に帰ると希望の訓練校をネットでググり、早速見学会の予約を入れる。

2022年も終わりを迎えようとしていた。
昨年の今頃にはこんな状況、想像もしていなかった。

人生何があるかわからない。
でもだから面白い。

もっともその頃は、面白がる余裕なんて全く無かったんだけど…。



※1 公共職業訓練に関して

※2 基本手当の訓練延長給付に関して
訓練延長給付に関しては、訓練開始時に雇用保険の所定給付日数が規定数残っている必要があります。

『原則として雇用保険の所定給付日数の2/3に相当する日数分 (ただし、所定給付日数が90日の場合は90日分、120日又は150日の場合は120日分、240日以上の場合は150日分まで)の基本手当の支給を受け終わる日以前に、受講が開始されるを対象としてハローワークで受講の必要性を判断させていただいております。個々の求職者の方の雇用保険の給付状況や職業相談の経緯に応じて各ハローワークにおいて受講の必要性を判断させていただきますので、詳しくはお近くのハ ローワーク窓口にてご相談ください。』
(厚生労働省「よくあるご質問」ページより抜粋)



13. 二つの見学会

今回ハローワークから紹介された「公共職業訓練(離職者等再就職訓練)」には前回受けた「求職者支援訓練」と異なる点が二つあった。

一つは、希望する訓練校を第二志望まで書けること。

もう一つは、特別な理由がなくてもオンライン科が受講できるということ。

求職者支援訓練のオンライン科の受講条件は「通える地域に通所の訓練校が無い または、子育て中や就業中などで通所での受講が難しい場合」となっていた。
なので、私の様に普通に通所で通える者は対象外だったのだ。

実技をオンラインで受ける事に若干の不安はあれど、それがクリアできるのならオンラインの方が身体的には随分楽。むしろその方が有難い。

私はオンラインの訓練校二つに照準を定め、見学会に参加する事にした。

一つは最初から気になっていたWebデザインメインの訓練校。
もう一つはライティングとマーケティングを中心に学ぶ訓練校だ。

ライティングの方を候補に加えた理由は「受かりやすそうだった」から。
そこは受講期間が1ヶ月しかなく、応募者数も少ないと思われた。
さらに、クリエーター派遣会社が運営していることもあり、受講後の就職活動にも有利になるのではないかと推測できた。

二つの訓練校に見学に行ってみて改めて思った事は、「やっぱりwebデザインを学んでみたい」という事。

webデザイン系の訓練校で見た卒業生のポートフォリオはかなりの完成度で作られており、期待度が高まった。

さらにオンラインでの実技に関してはPC2台を使い、一台をモニター、もう一台を制作用とする事でクリアできそうな事がわかった。

もう一つの訓練校は分かってはいたけれどライティングがメインで「読ませる文章の書き方」的な講義が中心。
正直私が学習したい事ではないという印象だった。

ならばもう迷うことはない。
せっかく会社退職までして決めたチャレンジだ。
「行ける訓練校」ではなく「行きたい訓練校」に行きたい
ダメならもう一度トライするだけ。

私は覚悟を決めて、webデザイン系の訓練校一択で応募書類を出す事にした。



14.  受かる応募書類の書き方


求職者支援訓練公共職業訓練にはもう一つ違いがある。

公共職業訓練校の選考は、「書類のみ」なのだ。
前回の様な「面接」がない。

それは私のようなビビリで緊張しぃの者からしてみれば大変有難い事なのだが、逆にいうと「書類だけで合否が決まってしまう」怖さがある。

けれど、私はこの時点で「選考突破の糸口」を見つけた気がした。
それが、下記二つだ。

まず一つ目。

私は前回の書類で書きあぐねていた箇所があった。
「求職活動状況」だ。

「求職は訓練校を終了してから行うもの」という認識だったので、前回は「求職活動は特にしておりません」とバカ正直に書いてしまっていた。

けれど、ハローワークで書き方を確認したところ、「そこは求職活動中でいいと思いますよ。だってこうやってハローワークに来ているじゃないですか。」との答えが返ってきた。

なるほど。
確かにハローワークには8月の段階から何度も足を運んでいた。
職業訓練校に行くと言うことは、「求職活動の一環」だったのだ。

今回その欄は、8月から12月までにハローワークに行った日にちと、見学会に参加した日にちなどをガッツリ書き込む事にした。

もう一つは、志望理由

実は今回、万全を期す為に娘に志望理由の添削をお願いする事にした。

娘は広告代理店でコピーライターをやっており、OB・OGのESの添削などもしているらしい。

ほんとは一番頼みたくない相手。
でも今回ばかりは負けられない。

恥を忍んで書類を見せると、
「ママ、これじゃ落ちるよ」
という手厳しい一言が返ってきた。

「まず、冒頭の『私は結婚前に10年ほどデザインの経験があります』
これ要らないから。」

「え…。
だってハローワークの人からは今までの経験とか書いた方がいいって言われたし…」

「昔の事はどうでもいいから、今何ができるかでしょう?
これは就活の時にも通じると思うけど、ママにしかできない事を書かないと通らないよ。」

そうか。
確かに就職目的の訓練なのだから、そこをちゃんと書かなくちゃダメだ。

「はい。書き直し。」

容赦なく正論を浴びせてくる娘に泣きそうになりながら、推敲を重ねる。

私にしかできない事とは…。

私が他の応募者と違うところは、高齢者だと言うこと。

会社を辞めて新たな道を模索するも、高齢者の就職難という現実を突きつけられている。

その打開策はなんだろう?

高齢者の就職先が見つからないなら見つけやすくすれば良い。
そういうサイトが無いなら作ればいい。

今の私にしかできない事とは、
自分の道を自分で切り開くこと。


志望動機に書く事は決まった。

「目標は、高齢者にも分かりやすいwebサイトやweb広告の制作です。」




翌日、書類一式を持って再度ハローワークに行く。

見慣れた担当者が書類を受け取ってくれた。

「今回の結果は郵送で送られますからね。」

そう。
公共職業訓練の場合、結果はメールではなく郵送されるのだ。(その為の返信用封筒も書類一式の中に入れてある)

約1ヶ月後。
郵便受けに見慣れた文字で書かれた封筒が入っていた。

おそるおそる封を開けると、中には
『東京都立職業能力開発センター入校許可書』が入っていた。


15.  アラカン女子、職業訓練校に行く!

かくして私『アラカン女子』は、図らずも当初の第一志望校だった職業訓練校『アジャストアカデミー』(※)への入校チケットを手に入れる事ができた。

けれど、本当の試練はここから始まる。

アラカンな私が果たしてwebの講義についていけるのか?

3ヶ月間体力が持つのか?

オンラインとはいえ、若い受講生達と一緒にやっていけるのか?

正直、心配事は山ほどあった。

でも、それより何より、期待の方が大きかった。




そして、入校から3ヶ月後の今。

その期待を遥かに上回る経験をした私がここにいる。

今はっきりと言える事は、「行ってよかった! 職業訓練校」だ。

一年前の今、自分が職業訓練校に行くなんて、全く想像していなかった。

客観的に見て、高齢者が若者に混ざって授業を受ける図は、痛すぎるとさえ思っていた。

でも実際は違った。

そんな事を考える暇もないくらい講義は密度が濃く充実していたし、教わる側の意識も高く、自然に教室全体に上昇気流が生まれる感じがあった。

たった3ヶ月だったけれど、私にとってはかけがえの無い3ヶ月。
その中に沢山の学びがあり、沢山の気付きがあった。

訓練はあと数日で終了する。
でも私にとっては、ここからが始まり。

学んだ事を活かせる職に就けるのか否かは未だわからない。
でも、人生において全ての経験が糧になるというのが私の持論だ。

ましてこれほど貴重な体験。
無駄にできるはずもない。
この職業訓練校での3ヶ月は、この先の私の人生の濃度を確実に上げてくれるに違いない。






※ ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
6月8日より、「アラカン女子、職業訓練校に行く! PART2-実践編」を書き始めました。
こちらもどうぞよろしくお願いいたします。


※「アジャストアカデミー」














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