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テクノロジー × 教育:スタンフォードで出会ったアメリカのEdtech8選(1/2)

スタンフォードでは、長かった雨と曇りの毎日も終わり、また快晴の日々が徐々に戻ってきました。(これを書いている現在また雨ですが。。タイトル画像は「狐の嫁入り」だった日のスタンフォードです。地面が濡れていること、傘を差している人が写っていること、伝わりますでしょうか…?笑)

さて、少し間が空いてしまって恐縮ですが、スタンフォードと言えばテクノロジー・イノベーション!というイメージの方も多いと思うので、今回は、秋・冬学期で知ったアメリカのEdTech(教育×テクノロジーの取組総称)をご紹介したいと思います。


1.CodePath

日本でEdTechというと、
「生徒の学習データをもとに最適な難易度の問題を出す」
「プログラミング教育支援ツール」
など、高校以下(初等中等教育)のイメージが強いかと思うのですが、アメリカではむしろ、MOOCs(※)を筆頭に、高等教育が代表例ないし先駆けというイメージです。

※Massive Open Online Coursesの略。大学の授業をオンライン配信する事業。学位が取れるものもあります。広義にはオンライン講義の総称。

MOOCsの一例として紹介されたのが、CodePath.orgというNPOによるコンピューターサイエンスの通信講座。「Underrepresented」(人口比率に比して、進学率などが芳しくない人々)や「First-Generation」(親が大学に行っていない大学生)の学習支援に特化したコースを提供していて、昨年秋にはFacebookから百万ドルの投資を受けたりしています。

教育に限らずですが、アメリカでは「平等」と言ったとき、「人種やジェンダーなどで区切って、ある指標を見たとき、人口全体と比べて著しいギャップがないこと」という点が非常に強調されます。「人種別の大学進学率」や「男女別賃金」が代表例ですが、CodePathの場合は「エンジニアとしての成功」にスポットを当てているわけです。

うまく表現できているか若干自信がないですが、

「自由意志や才能には、生まれつき人種やジェンダーによる差はないし、みんな豊かにはなりたいわけだから、もし著しいギャップがあるなら、それは機会が平等でないということなので、変化を起こす必要がある」

という考え方がアメリカの根底にありますね。「本人の意思で偏りが生まれてるんじゃないの?」「無理にカテゴリ間の数字をあわせるものなの?」といった感想を持つ方もいらっしゃるかと思いますが、ともかくもアメリカでは普及した考え方です。歴史的に見て、明らかな形で特定のグループを抑圧してきたことに由来するのでしょう。少なくともスタンフォードでは、「Underrepresented」「First-Generation」は頻出単語と言っていいと思います。

特に、こちらで働く人から聞く話では、エンジニアは「需要も常にあるし、安定して自分のペースで働きやすい職業」というイメージで、別にコンピューターが大好き、プログラミングにハマっているという感じの人でなくとも、人生プラン上エンジニアがいいかな、という気持ちで選択する人は結構いるそうです。

いっぽう、教育経済の授業では「アメリカ国内のラテン系のエンジニアの数は明らかに増えているのに、シリコンバレーのエンジニアはアジア系ばっかりだ」という話がされていて、まさに、エンジニア業界は「変化を起こす必要がある」エリアの1つとみなされているようです。これは雇う側、雇われる側、両方へのアプローチがありえるわけですが、CodePathは雇われる側を応援しよう、という発想ですね。

起ち上げられてから間もない団体なので、まだ成果や定番のプロダクトがあるわけではない(代表が来て講演したのですが、「君らだったらこのアイディア、どう大きくしていきたい?」と投げかけている感じでした)のですが、そんな感じでも、社会的にいいことをやっていれば百万ドル投資しよう、大学の講義に呼んでみよう、というのはとてもシリコンバレーらしくて面白かったです。

MOOCsとして知名度が高いのはUdemyedXUdacityCourseraカーン・アカデミーなどですね。これらのHPを見ていただいてもわかるとおり、ある程度授業として体系化しやすい理数・エンジニア系が主力コンテンツです。

高等教育を「Disrupt」(破壊的創造)するのではないかと言われたMOOCsですが、最近は利用者・修了者が伸び悩んでいたり、オンラインで学位を取った人の労働市場の評価が芳しくなかったりしているようです。かといって消えゆく運命にあるわけでもなく、既存の大学教育の中で、オンライン・ビデオ授業にアウトソーシングしやすい科目をMOOCsに置き換えていく形でユーザーを確保しているとか。具体的な数字などは、この記事がシンプルでわかりやすいかと思います。

もちろん、日本でもオンラインの大学どころか完全ネットベースの高校が誕生したりしているわけなので、「今後こうなる」という路線は全くない領域だと思います!

スタンフォードのオンライン講座ももちろんありますよ!(若干ステルスマーケティングみたいですみません…笑…)
https://online.stanford.edu/


2.Civitas Learning

高等教育関係をもう一つ。こちらは、データ分析を活用して、「大学が生徒を助けるのを助ける」というビジネスモデルです。

例えば、アメリカの大学では中退が深刻な問題で、それは本人にとってよくないばかりか大学の人気を下げることにもなるので、大学側はあの手この手で学生に支援をする必要がある…と。(First-Generationなどへの支援が特に必要なのは、同じ話です。)

そのために、様々な学習データを活用して、アプローチすべき学生を特定したり、効果的なツールを提案したり…といったことをやっている会社のようです。いわゆるBtoBなので「これが製品!」というのを掴みづらいのですが、EdTech関係では相当に成功している会社と言われているみたいですね。

CEO(最高経営責任者)はスタンフォードの卒業生で、これまた大学に来て講義をしてくれたんですが、印象的だったのは以下のようなコメントです(意訳です)。

・GPA(※)が低い学生の方が中退リスクが高いと、大学の運営者はみんな思っている。しかし、実際はGPAが高い人の方が、中退リスクが高い

・データで全てが分かるわけでは当然ない。しかし、それはデータを使わない理由にはならない。何の疑いもなく持っている前提をきちんと検証するために、データをまず使いこなすことはとても役に立つ。

・君たちは起業に興味があるのかな。大儲けをしたかったら、教育はやめておきなさい。私は教育が好きだからやっているだけだ。

※Grade Point Average。4.0満点で、学校の単位・成績取得状況を数値化したもの。基本はA=4.0、B=3.0…として、単位数をかけて平均して算出します。大学院の出願では日本の学部の成績証明を求められますし、アメリカの高校生が大学に出願するときも、エッセイや自分の「業績書」に加えてGPAを提出します。大学・大学院の入学審査の仕組みはそれだけでとても興味深いトピックなので、またいつか書きたいと思います。

教育関係がなかなか儲けづらいのは、直観的にもわかりやすい話ですが、スタンフォード自体は「教育」で世界トップレベルに財をなしている大学ですし、シリコンバレーは起業家と投資家の世界ですから、その中ではっきり「儲からない」と断言されると、また重みがあるな、という風に感じたのを覚えています。


3.Swing Education

初等中等教育関係も1つ紹介を。

カリフォルニアでは、教師不足が深刻な問題で、正規教員を確保できない場合は、School District(教育行政の自治体)がどうにか授業を代行する人を探さなければなりませんが、探す側の負担は大きいようです。(しかも、地域によっては、契約したものの来ない人がいる、というような問題もあるそうです…)いっぽう、潜在的に学校に貢献したい/お声がかかればしてもいいよ、という積極的な人もいる、と。

じゃあテクノロジーがその間を取り持てるのでは?というシンプルなアイディアから始まったのがSwing Educationです。特徴は、授業を代行する側(雇われる側)の登録がとてもシンプルなこと、登録段階で報酬体系などが明確にされていること、だと思います。

①登録
②学校側が求める課題をこなす
③Start Teaching!

と、今すぐ自分でも参加できてしまうんじゃないかと思うくらいシンプルです。

報酬体系をあらかじめセットしているので、「この報酬じゃ働けないな」という人は登録しないわけですが、それより、雇う側も雇われる側も事務手続きがスムーズになるメリットの方が大きい…という判断をしているのでしょう。

また、School Distrit側としても、Swing Educationの方である程度は身元の保証や信頼性のチェックをしてくれるので、探す手間が省ける以上のメリットがあるのだと思います。

既存の仕組みを単にネット化するだけでなく、間に入ることで双方のプロセスにメリットをもらたしている…という点が、課題解決のお手本のようで印象的でした。

学生との質疑応答の時間では、「学校側は、ネットベースの紹介を信頼してくれるのか?」という質問があって、ああ、そういった感覚は世界共通なのかな、と感じました。ちなみにその答えは「新しいことへの不安は誰にでもあるが、どんなことにも数%のアーリーアダプターは居る。それを見つけることが大事。」という感じで、これまたビジネスのお手本のような回答でした。

カリフォルニア出身のメンバーが、地域の課題を解決するためにスタートしたこの事業、今ではニュージャージー州、ワシントンD.C.、テキサス州、テネシー州にも広がっていて、1300近くのSchool Districtや学校と提携しているらしいです。

番外編1:大学生用の授業管理アプリ Canvas

授業の登録などは日本の大学でもオンラインでできますが、授業で使う資料は、毎回クラスで教授が配ることなどの方が多いかと思います。

いっぽうアメリカでは、
・資料の共有
・宿題の提出
・採点結果のシェア
・ディスカッション
などが全て一括で行えるアプリが普及していて、スマホに「今あなたの宿題が採点されました」という通知が来たりします。

こんな感じで各週使う資料も整理されていて、スマホ、タブレット、PCどこからでも見られます。"Canvas"と"Schoology"が2大巨頭のようで、スタンフォードではCanvasが使われていますが、UCSDの語学学校ではSchoologyが用いられていました。80歳越えの教授でも、資料を紙で配ることはほぼないですし、秋・冬通じて授業の準備のために事前の印刷をしたことは2回しかありません。好みの問題でもありますが、昔から紙での管理が苦手なので、非常に助かっています。


4. Google for Education

大企業ももちろんEdTechの普及に取り組んでいます。GoogleはGoogle for Educationというプロジェクトを起ち上げて、初等中等教育、高等教育ともテクノロジーを教育現場に導入しようとしています。特徴はいくつもあるのですが、かいつまむと以下のような感じかと。

新しい教育への取組をサポートする。 単にいま紙・ホワイトボードでやっていることを機械に置き換えるというよりは、例えばGoogleドキュメントの共有機能を利用して、生徒同士が自分たちの回答にコメントしあうインタラクティブな教育を実現する…など、目的に応じたサービスを提供するよ、と銘打っています。当たり前と言えば当たり前ですが、宣言するのは重要なことなのでしょう。

②教員のトレーニングサービスも提供する。 セットアップの方法から始まり、他の教員をトレーニングできるようになるメニュー、プログラミングの練習、英語が第一言語でない子供を教えるための研修…など、テクノロジーを提供して終わりにはしない、というスタンスですね。

③教員の負担を軽減する。 いままで印刷にかけていた時間をなくす、成績や宿題の管理をデジタルで簡単に行えるようにする、という、IT化の定番とも言えるメリットを促進しようとしています。

④予算が柔軟。 先ほどの「教育は大儲けできない」という話にも関連しますが、パブリックスクールも、予算が潤沢にあるわけではありません。そんな中で、GoogleスプレッドシートやGoogleドキュメントなどは基本的に無料で使えますし、Chromebookはかなり安価に設定できているそうです。授業に来て話していたGoogleの社員の方は、ライセンシングの問題が解決できたので安価にできた、というようなことを言っていましたね。

…とはいえ、公教育にテクノロジーを導入することにはリスクもあるもので、「卒業後も含めて個人情報は大丈夫か」「マーケティングに使いたいだけじゃないのか」といった不安は、アメリカでも根強いようです。シカゴでは実際に全ての学校にChoromebookを導入したのですが、以下の記事に、色んな関係者の視点がまとまっています。(試していないですが、Chromeの自動翻訳でだいたい流れはわかるのではないかと思います…)


番外編2:Cozmo

「小さな友達ないしペットのように遊べる」というコンセプトのロボットで、アプリでの操作に対応して、ブロックを運んだり、喜怒哀楽を表情で表したりします。冬学期の授業でゲストスピーカーが持ってきました。

日本でも売っていますし、たまごっちやデジモンのリアル版と思えば、斬新な製品ではないのかもしれないですが、これを「教育」の授業にゲストが持ってきて、いかにユーザーインターフェースを改善したか話してくれる、というのはスタンフォードらしいことの1つかな?と思います。ちなみに、Tamagotchiはアメリカの人にも中国の人にも有名です。


8選すべて書くと長くなりすぎるので、残りは次回にしたいと思います。お読みいただきありがとうございました!!

国際比較教育学は、基本的に、大規模な設備で実験をするわけでもなければ、人工知能や機械学習で新しい発明に取り組むわけでもない学問なのですが、それでもテクノロジーに関してこれくらいの情報は自然と入ってくるというのは、やっぱり「スタンフォードに来た!」という感じがします。

元IT企業勤務の身としてもワクワクするところですし、教育学を学ぶ立場の者として、「教育への関わり方は多様だ」ということを日々再認識させてもらえるのは、ありがたいことですね。

日本も昔から、教育への関わり方は様々なものがあるわけですが、学校なら教師、学校外なら塾、というのがイメージとしては一般的かと思います。スクールカウンセラーなども浸透してきていますが。いっぽう、今回紹介した取組4つだけとっても、職業名でくくれないような多彩さがあるかと思います。

これは教育予算の裁量の所在や、社会全体で官民いかに「教育」を役割分担するかといった話に関係するので、多様な方が無条件にいい、と言えるものでもないのでしょうが、どんな形にせよ、ニーズが柔軟に満たされていくべきなのだろう、そして「教育」とひとくちに言っても、関係者によってそのニーズは多様なのだろう、と改めて感じさせられます。


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