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ほぼ宅飲みだけで日本酒通になる方法 ~その⑨の下~ 県民に愛される佐賀の日本酒たち


県民に愛される佐賀の日本酒

 佐賀の銘酒「天吹」を知った頃、わたしはちょうど佐賀に3泊4日で出張することになった。出張2日目の夜、同僚たちと一緒に居酒屋に入ると、そこで面白いポップを目にした。なんと佐賀県には、県産の日本酒で乾杯することを促進する条例が存在するという。日本酒で乾杯することを促進・推進する自治体はいくつもあるが、県単位での条例制定は佐賀が初めて(施行日は2013年6月27日)。佐賀の人々は地元の酒に強い愛着と誇りを持っているんだなぁ、と感心してしまった。
 
 次の日、わたしは土産用の地酒を購入するために佐賀駅前の酒屋を尋ねた。ここは佐賀の地酒ばかりをそろえる、文字通りの地酒専門店だった。駅前というロケーションもあり、観光客にはありがたいお店である。ただ、地元の常連客も多いらしく、別の客は店主と楽し気に世間話をしていた。講談社発行の『日本の名酒事典』(1995年)によると、佐賀県内には県産酒が圧倒的優位に立っている地域もあるとのこと。なるほど、佐賀県民はやはり地酒を愛しているのだ。
 

完成度の高さを誇る酒、「七田」

 出張を終えて東京に戻ると、上司がなにやらブツブツと文句を言っている。その上司もお土産に日本酒を購入しようとしたのだが、お目当ての銘柄がなかなか見つからなくて、結局諦めたのだそうだ。東京に戻ってから調べてみると、その銘柄は佐賀県外で販売するために作られたものだとわかったらしい。そのため地元ではなかなか購入するのが難しかったのだ。
 
 この銘柄こそ天山酒造の「七田」だ。佐賀を代表する銘柄のひとつであり、当然地酒専門店Xにも置いてある。わたしが初めて飲んだのは、多分純米大吟醸スペックのものだったと思う。ただ、ある立食パーティー様に購入して720mlをわけ合って飲んだから、どんな味だったかははっきりと覚えていない。とにかく純米大吟醸らしくいい香りのするお酒だったなあという印象だ。
 
 その後個人的購入した「七田」は、燗酒に購入した精米歩合75%、山田錦の純米酒だった。口の中にたしかな旨みがじんわりと広がり、心も体も温まるお酒だ。この時からわたしは、「落ち着いて飲みたいときは七田を購入しよう」と思うようになる。今年飲んだ七田のひやおろしも燗映えする酒だ。特に開栓1週間後に燗にしてみると、さらに美味くなった。口に含んだときに鼻から抜ける香りがなんとも心地よい。これこそ燗酒の醍醐味だ。

「七田」のひやおろし

 そういえば「七田」ブランドではないけれど、同じ天山酒造の醸す夏の濁り酒も美味しかった。天山酒造はどんな日本酒も美味しく仕上げることができる酒蔵だと思う。

復活蔵「光栄菊」の挑戦 

 ここ数年佐賀の日本酒の中でも特に注目されたのが、光栄菊酒造の酒だ。先述の『日本の名酒事典』にも「光栄菊」の名前があるが、いまから触れる日本酒とは別物である。というのも、光栄菊酒造は一度廃業したのち、テレビ業界出身の二人の男性が復活させた酒蔵だからである。
 
 2013年に日本酒をテーマにしたNHKの番組制作で知り合ったという二人は、日本酒の世界に魅了され、ひとりは実際に長野県の酒蔵で修業を始めてしまうほどだった。そんなときに二人に衝撃を与えたのが愛知県藤市酒造の「菊鷹」だった。「まったく欠点が見当たらない」とまでこの酒を称賛した二人は、いつかは藤市酒造の杜氏・山本克明と一緒に酒造りをしてみたいと思うようになる。

 そしてついに2017年5月に山本さんと出会った二人は、夏の期間だけでいいから一緒に酒造りをしてほしいと頼みこんだ。しかし問題がある。そもそも酒造りのための施設がない。さらに現在国内での日本酒需要が減少しているため、清酒(酒税法上、日本酒はこう呼ばれる)製造免許の新規発行が原則的に認められていないのだ。それではどうするか。現在休業中もしくは廃業した酒蔵を見つけだし、さらに誰かから酒造免許を譲ってもらわなければならない。候補となる酒蔵が浮かんでは消えていく中でようやく見つかったのが、佐賀県小城市の廃業した酒蔵・光栄菊酒造だった。二人が日本酒造りにかける熱意を語ると、それに心打たれたオーナー一族は土地と建物の譲渡を快諾。オーナー一族は既に酒造免許を返上していたものの、これは別の酒蔵が譲ってくれた。このような過程を経て2019年に復活した光栄菊酒造は、山本という名杜氏のもと酒造りを再開したのである。

 もともと「菊鷹」のファンが多かったことから、光栄菊酒造のお酒は発売前から大きな注目を集めた。多くの酒販店には予約が殺到したようだ。わたしもXに買いに行った時は一本しか残っていなかった。なんとか手に入れた「HELLO! 光栄菊」は、また菊鷹と違った世界を見せてくれた。洗練された香りと心地よい旨みは、モダンと表現したくなるようなインパクトを与えてくれる。なんとも目が覚めるような味だった。

HELLO! 光栄菊

 今回紹介した佐賀の酒はごく一部に過ぎない。この他にも、海外でも人気の高い富久千代酒造の「鍋島」など、佐賀には銘酒がひしめいている。これからも新しい日本酒に出会えると思うと、楽しくて仕方がない。

 個人的になじみが薄かった佐賀県も、日本酒を通じて一気に親近感がわいてきた。文化を通じて地域や人を知ることができる。これも日本酒の魅力の一つといえるだろう。

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