“存在そのもの”がセッションな人
“セッション“とは、いったい何なのか?
コーチング、リーディング、ヒーリング、ヒアリングなど
いろんな呼ばれ方がありますが、
共通するのは
「対話を通して、望む結果を導く」ための時間。
だから、聴き手側はたくさんエネルギーを要するし、
“ことば”だけでなく、
“ことば以外の見えない部分”まで感じとる感性だって必要。
そして、“最善の一手”が見えたとしても
すぐに差し出すのではなく、
「それを、“いま”伝えてもいいのだろうか?」
「お受けとりになれる段階に、きていらっしゃるだろうか?」
と、お相手の状況や、背景もくみ取って
「お相手が受けとりやすい言葉」に変換し、
お伝えしていくスキル(こころ)も必要。
そして、一番不要なのが
「わたしが、幸せにして差しあげなきゃ!」
「わたしが、導かなきゃ」
という“よけいな想い”だとは、以前も書かせていただきましたが。
よけいな期待や、コントロール…
これが、いちばんセッションの邪魔になる。
だから、こちらがすることは
「◯◯◯」だと、
とても大切なお話を聴かせてくださった Nさん…♪
今月、当セッションのご感想をくださった方でもあるのですが、
わたしはそのNさんから、
何倍以上もの大切なことを、ほんとうに学ばせていただきました。
(*お話のシェアは快諾いただいています♪)
“ これからの時代、セッションは不要になるよね
(“セッション”という概念がなくなる…という意味ふくむ)
なぜなら… “
と、とても深く楽しい話で盛り上がったのですが、
それを語れるのは、まさに
Nさんの存在そのものが、セッションだからこそ。
存在そのものが、セッションの人 だから。
わたしが、noteで書かせていただいている
セルフリーディング(自己対話)の大切さについては、
彼女から学ばせていただいたことも とても多いです。
で、おもしろいのが
お互いセッション中に、「セッションって、いらないよね…」と
話しあっているところ(笑)
“言葉”だけをとると、矛盾したやりとりに見えるかもしれませんが
たぶん、本当のセッションって
もっと、“自然な”もの…
「提供者側」「受ける側」という二極の概念からくつがえしてくれる
Nさんのハートからのお言葉は、
いまでもわたしの心をやさしく突き差し、
ここにこうして noteシェアへと溢れるものになっています。
ご感想記事をアップしたとき、
「Nさん語録がすばらしすぎて、後日にシェア」と
書かせていただきましたが、
たぶんこれ、書き出すと 多大にシリーズ化しそうです(笑)
もし、そこにあえてタイトルをつけさせていただくなら
「悪女の文章講座」でしょうか…
タイトルがつくと、俄然書きたくなるのは性(さが)なので、
Nさんのお言葉と、わたし自身のことばと。
またブレンドされたかたちで、
ふとした時にシェアさせていただけたらと感じています。
Nさんは、いまは口コミでのみご活動されているので、
もしピンとこられましたら、お知らせくださいね。
では、長くなりましたが
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
以下は補足になりますので、お時間ございますときに感謝を込めて。
***~*~(余談)~*~***
“純粋なわたし”と繋がることで、
なにか大切なものを思い出せそうな気がする…
と、当セッションをご依頼くださったNさん。
その過程にも、愛があふれているお方なのですが
いろんなプロセスから、今後はセッション名に
「言葉とこころのSOS相談室」をくっつけるのでなく。
シンプルに
“魂の”インタビューセッション
にさせていただこうかなと思案中です。
生まれもっている魂が、表現したがっていること。
そこにフォーカスさせていただいて、言語化させていただくことは
わたし自身にとってもよろこび♪なので^^
「魂」へのインタビューを楽しみに、
表現&前向きなお手伝いがさせていただけたら本望です。
またいつか、お話しさせていただけますことも楽しみにしております♪
温かなサポートもとてもうれしいです! ほっこりカフェ充電費に循環させていただきます。☕