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「たった一つの命」

命、たった一つの命。
そこに生きる意志があるのなら止めたくはない。
でもいつかは消えゆくもの、儚きもの
永遠はないのだろう

余命がわかってる事ほどつらいことはないと思う。   突然の死は受け入れることが難しいけど余命がわかっていることもとてもつらい。
なぜなら日に日に弱っていく姿を家族はみているのだから
実際僕もおばあちゃんが病気で倒れたって聞いたときは全く想像がつかなかった。
石川の高校に行くときもじいちゃんはそんなよく思ってなかったけどおばあちゃんは温かく見守ってくれていた。
「僕が頑張れるなら頑張りなさい」って言ってくれた。
確かにあの時は元気だったんだ。
その笑顔に僕は安心していたんだ
僕の中ではたった3年、そう変わることはないだろうと

冬休み家に帰ると突然いわれた
「今おばあちゃんは入院している」と。
親は僕に心配させたくなかったらしいけどそれはいって欲しかった 。
そのときはまったく理解できなかった 。
そんな話全くきいてないし想像もつかなかった 。
きっと怪我でもしたんではないかと、、、
でも僕が想像していた世界とはかけ離れていた 。
病院でみた姿は別人のようだった。
ふくよかだったからだもやせてしまい脳腫瘍を患ったせいか人を認識することも出来なくなっていて看病しているお父さんとかお母さんを嫌がっていた 。
その姿をみることは正直とても辛かった。
でも現実は嘘をついてはくれない 。
でもそんな中で俺が顔を合わせてお母さんが「ぼくがきたよ」っていったとき急に表情が変わって彼女は涙を流したんだ。
ぼくはその場にいられなくて部屋を飛び出した
屋上の空は快晴だった。
でもわからないはずなのに涙を流したことがとても嬉しくて初めて涙の意味を知った
涙は自然に流れるものなのだと。
おばあちゃんは余命よりも半年以上長く生きてくれた 。
おばあちゃんの命日は彼女が好きだった七夕の日だ 。
その日僕は体調が悪くなって部活を休んでいた 。
きっとなにかいいたかったのかな?
葬式の時は泣くことはなかった 。
ただ冷たい肌を触ると現実に戻された 。
骨になった彼女はとても小さかった 。
こんな体でみんなを支えてくれていたんだ。

おばあちゃんとはちゃんと長い時間話せたことがなかったしこれからいっぱい孝行しようと思ってたからなんか寂しい。
こうなることがわかってたなら遠くの高校には行かなかったのかもしれない 。
それほど大事な人だった 。
成人した姿、スーツをきた姿、ひ孫、何も果たせなかったけど許してね 。
生まれた時からみていてくれた人がいなくなることはそう簡単には受け入れられないなって初めてわかった。

おばあちゃんが亡くなった時お父さんは一切涙を見せなかった。
一番つらいのは息子のはずなのに 。
いろいろなことに追われて涙を流すことができなかったのだろう 。
きっとひとりのとき泣いていたんだろう 。
もし親が死んでしまったらぼくにはそれができるのだろうか 。
きっと我慢できずに大声で泣いてしまうのかもしれない。

僕たちが成長していく中で親やおじいちゃん、おばあちゃんもまた年を重ねる 。
ふつうに考えれば親は僕たちよりも長くは生きないだろう 。
そんな限られた時間の中で何が出来るのか?
何をするべきなのか?
これからは今まで以上に考えようとおもう。
最大限のサポートをしてくれている家族にあらためて感謝しています。


ちょっとしたことで心に雨がふっているかのように傷つくこともあるだろう。
でも見方を変えれば自分にプラスになることもある。 
泣くことだって決して悪いことじゃない 。
ただ真っすぐ進むこともいい 。
でもたまには寄り道することも大切 。
今までみえなかった世界がきっとみえるはずだから 。
人生を諦めないで。

言葉にしなくても伝わるときはある、でも言葉にしなきゃわかり合えない日もある。
1日1日が愛しい、そんな人生になるように。

最後まで読んで頂きありがとうございます😊✨ 楽しんでもらえて嬉しいです^ ^ 沢山良い記事書けるように頑張ります!