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かくれんぼ

その子に初めて出会った時、
僕は誰かに褒めてほしくて、
僕が特別な人間になりたくって
本当のこと以上にしゃべっていた。

「僕もできるよ!」
「そうそう! 知ってるよ!
 やっぱりそうだよな! そう思ったよ。」
「そんなの簡単だよ! 余裕だよ!」

できないことがあると、
体調が悪いふりをして逃げることもあった。

「急にめまいがして・・・。
 おなかが痛くて・・・」

嘘をついている実感なんてなかったから、
クラスの子に「嘘つき!」と言われた時、
頭が真っ白になったのを覚えている。

僕はろくに言い返せないで、
具合が悪いことにして学校を早退した。

家に帰ることもできず、
お城山公園に行ってベンチに座った。

僕の住んでいる町は
城下町という場所で大きなお城が立つ公園がある。
そこには神社もあって小さいころはよく
じいちゃんが連れていってくれて、
お参りの後はお城の売店で売っている
ソフトクリームを買ってくれていた。

今でもたまに家族で遊びに行くこともあるし、
お祭りには友達と一緒に屋台めぐりをする。
ようは、”僕の好きな場所” だった。

大型連休明けの平日。
人はまばらだった。
僕はぼんやりとベンチに座って
足元の砂利を靴でなんどもつぶしていた。

"嘘つき" と言われたこと、
恥ずかしくてしょうがなかった。

本当は自分でもわかっていたけれど、
"嘘つき" と いざ言われると
自分が悪い人になったように感じた。

そんなに自分は悪いことを
してしまったのだろうか。

そんなことはないだろう。
ちょっとおおげさに言っただけで、
僕はただ
"みんなに優しくしてもらいたかった"
だけだから。

「きみも学校サボり?」

僕はビクっとして声の方を見ると、
同じくらいの身長をした男の子が立っていた。

サボりというと
すごく悪いことをしているみたいだった。
でも実際に途中で帰ってきてしまったので、
そのとおりだけれど。

「きみ、4年2組の子だよね?
 僕と一緒に遊ぼうよ。
 あっちの神社でかくれんぼしよ?
 さっ行こう~。 ようい、ドン!」

僕が一言も話さないうちに、
その子は走り始めてしまった。
僕はちょっと迷ったけれど
後を追いかけてみることにした。

「最初は僕隠れるね~!
 ・
 ・
 ・
 もういいよ~」

僕が神社についた時には
すでにあの子の姿はなくて、
"もういいよ~" という言葉だけが響いていた。

神社には誰もいなくて
シンと静まりかえっていた。

僕は隠れられそうな場所をのぞきながら
神社の本殿に進んだ。

小さい時には金魚が泳いでいて
きれいな水が流れていた噴水の水場は
空っぽになっている。

大きな地震で壊れた狛犬も
すっかり直っていた。

この神社の狛犬の顔が凛々しくてかっこよくて
僕は大好きだったから、地震で倒れて。
鼻や体のあちこち
欠けているのが悲しかった。
狛犬も痛そうで、石工のじいちゃんに頼んで
すぐに直してもらったんだ。

僕は少し狛犬に触れてまたあの子を探した。

小さな神社の変化に驚きながらあの子を探し続けた。

どれくらい探しただろうか、
神社をぐるっと一周しても見つからない。

夏みたいに暑い日だったから
じんわり汗をかいてきた。

ランドセルを本殿の階段において
僕も どさっ と座った。

あの子はどこに隠れているんだろう。
もう帰ってしまったのかな。
そろそろもう授業も終わった頃だろうか 。 
    

家に帰ろうかな。
そんなことをグルグル考えながら
ランドセルを枕に寝っ転がったら
目の前にあの子の顔が現れた。

「わあ!びっくりするじゃないか!!」

僕はバクバク動く心臓に手をあてて汗をふいた。

「だってなかなか探しにきてくれないんだもん。
  もしかして、あきらめてた?」

その子はにっこり笑って言った。
僕はこんなつまらないことですら負けたくなくて、
つい、また言ってしまった。

「そんなことないよ。
 だいたいきみが隠れている場所は
 わかっていたんだけど、
 あんまり早く見つけちゃうとつまらないでしょ?」

僕がそういうと、
その子は少し頬を膨らませて
本気で悔しがりながら言った。

「え~、僕かくれんぼすごく上手なんだよ~!!
 かくれんぼしていて
 誰も僕を見つけられたことはないんだ。
 じゃあ君は隠れている時の
 僕を見つけられたってことだね。
 そうか。 じゃあ、行こうか。
 僕の隠れていた場所を見つけても
 平気だったんでしょ?」

その子がそういうと、急に風がざあっと吹いてきた。
あんなに暑かったのに、風が冷たく感じる。
木漏れ日がさしていたのに真っ暗になり、
人が誰も歩いていない境内を
強い風が本殿の中に吸い込まれていく。

僕は怖くて、足がまったく動かなくなって、
唇ががたがたと震えてきた。
吸い込まれていく風に乗って、
僕が震えるのを喜んでいるみたいに、
嘘つき~ 嘘つき~ と 話す声が
たくさん聞こえてきた。

「どうしたの?
 だって僕が隠れていたところ見つけたんでしょ?
 だったら怖くないでしょう?」

その子は最初であった時と
変わらない笑顔でニコニコとしている。

でも、明らかにあの子じゃなかった。
怖くてすぐに目を背けてしまったけど。
僕は、震える口をなんとか動かしながら叫んだ。

「ごめん!ごめんよ!
 本当は見つけてなんかいなかった!
 どこにもいなくて、
 僕のことを置いて帰っちゃったのかと思って
 悲しかったんだ!」

僕が泣きながらそう言うと、急に風がやみ、
嘘つきの声も聞こえなくなった。

「初めからそういえばいいのに。
 きみはぼくに置いていかれたかもしれないって
 悲しかったんでしょ?
 きみが悲しいって思うのと同じで、
 他のお友達だっていろんな気持ちがあるんだよ。

 褒めてもらいたい、仲良くしたい、
 もっとみんなの中心でいたい。

 そう思わない子もいるけれど、
 きみがそう思うということは他の子だって
 同じだよね。」

普段なら
"そんなことわかっているよ!"
と反発するところだけれど、
何も言えなかった。

「きみが嘘つきにならない方法を教えてあげる?」

その子が言った。
僕は黙ってコクンとうなづいた。

「きみ自身がきみをほめてあげるんだ。
 きみのいいところ。
 あるんだよ。

 お友達にはお友達の、きみにはきみの。
 誰にでもある。

 わからなかったら
 きみのお父さんお母さんに聞いてみてもいい。

 僕は、きみは優しい子だってこと
 昔からよく知っている。

僕は、少し驚いて、その子の顔を見てみた。
すると、その子はまたにっこり笑った。

 きみは嘘をつく必要なんてないんだ。
 あとは、何か一つでも
 きみが得意なこと好きなこと見つけていけばいい。

 何でもできる子なんてそうそういないし。
 そんな子がいたとしても、
 本人は何かしら、悩んでいるかもしれない。

 その時最初に思ったこと
 きみの気持ちをもっと大切にしてごらん。」


その子はそう言うとにっこり笑った。


「でも・・僕は嘘つきって言われたんだ。
 今頃みんな僕のこと嘘つきだって
 悪口を言っているかもしれない。

 どうしよう・・。」


「言ってしまったことはしかたないさ。
 言葉は消せないから。

 うーん。そうだな。

 きみのおじいちゃんにも
 きみにも借りがあるからなぁ。

 
 ・・・ちょっとお願いしてみるよ。

 でも、今回が特別だ。

 言った言葉は取り返せない。
 その言葉で相手が不快に思ったのなら
 その不快な気持ちは残る。

 きみもそうだろ?
 嘘つきって言葉ずっと残っているだろう?
 それだけは忘れないでくれ。」

その子はそういうと、
またにっこり笑って「じゃあね」と手を振って
すっと一瞬で消えた。

僕は "ハッ" としてあたりを見渡したけれど、
どこにもその子の姿はなく参道に
木漏れ日の光がゆりゆらと揺れているだけだった。


「今度は、普通にかくれんぼして遊ぼうね~!!
 僕負けないからね~!!」


僕は、大きな声で叫んだ。
まわりの大きな木々がざっとゆれて、
うんうんと返事してくれたような気がした。


次の日、おそるおそる学校に行くと、
みんな普通どおりだった。

嘘つきと言われてしまった子に、
昨日はごめんねと謝ったけれど
なんのことかわからないようだった。

僕はその日から強がるのをやめた。
友達がすごいなあと思ったら、
そのまま ”すごいね” と言うようにした。

僕も "やってみたいな" と言うと
喜んで教えてくれたし、
僕がテストでいい点数を取った時は、
みんなが"すごいじゃん!"と言って
褒めてくれるようになった。

僕はホッとした。
嘘なんてつかなくても良かったんだ。
そのあとあの神社には、
一人でも 友達を連れても 行ったけれど、
あの子 には 会えなかった 。

あの子が言っていた
"僕 や 僕のおじいちゃん に 借りがある " って
どんなことなんだろう。

いつか、もしまた会えたなら
お礼と一緒に聞いてみたいと思う。

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