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【書く】創作とは、読む人の魂を震わせること?

「読む人の魂を震わせる。
本当のクリエイターには
そんな力があるはずだ。
読む人の魂に何も届けない 
作品なんて創作とは呼べない!」

「読む人の常識を壊すような
作品を作らないで、どうする?」

まだ、漫画編集時代は、
私はそんなキザな言葉を言って
漫画家さんを鼓舞してました。
痛いやつですね(汗)。

それで、先日、ふと思ったんです。
私は今、noteを書いて、
誰かの魂を震わせているだろうか?
誰かの魂に届いているだろうか?

そんな大仰なことは
到底できていないぞお…。
さんざん、漫画家には
言っておきながら…。

でも、ひとつ
言い訳をさせて頂くなら、
今の私には、
人さまの魂のことには興味がない。
というか、
そこに至るゆとりがない。 
まるでない(汗)。

今、私が関心があるのは、
私自身の魂のことだから、です。

私の魂は、
自分で言うのもなんですが、
満身創痍です。

だから、noteを書いている最中、
心がさだまるよう、
傷も治るよう、
魂を和らぐよう、
導いていくのが精一杯いっぱい。

読んでくれる方の
魂を揺さぶりたいとか、
そんなお節介なことは
まったく望んでないですね。

むしろ、人さまの魂のことなど
考えながら、
記事を書いているとしたら
その方が傲慢ではないかしら?

今日1日を生きて、
いくつか傷ついたり、
いくつかの疑問や後悔を抱き、
そうやって 
今日の宿題とでもいうべき
ものを解くために、
心のあちこちにある引き出しを
開けてはしまい、
開けてはしまいを繰り返す。

自然と私の魂は、
穏やかになってゆく。
心がじわじわ温かくなってゆく。

魂を揺らすのではなく 
魂を和らげている。

それは「創作」ではないと
言われるなら、
まあ、仕方がないですが。

創作にこだわるよりも、
今日の宿題を解き、
心を穏やかにしてやりたい。

魂を震わせるタイプもあれば、
魂を安らがせるタイプもある、
と今では思うようになりました。
魂を震わせたいと望む人は、
きっとまだ人生の残り時間が
たくさんあるのでしょう。

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