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楽しく意味のあるインタビューはなぜ難しいのか?

インタビューは難しい。

原因はわかっている。
私がカッコつけてしまうからだ。
相手によく思われたい。
相手に嫌われたくない。
そうした私の浮ついた心が
インタビューの邪魔をするのだ。

インタビューする相手のことを
前日までに、多少は調べる。
それはそれでマナーですね。
で、調べる。資料を読む。
頭に入れてインタビューに臨む。

さて、インタビュイーと会う。
やはり相手に会うと緊張する。
質問も昨日までに考えてある。
そうした質問をぶつけていく。
うまくハマるかどうか
ドキドキしながら会話する。

相手が話し出してくれると
ちょっと落ち着きます。

会話には、
昨日のシュミレーションでは
浮かばなかった話も出てくる。

そこで、アドリブでの話になる。
この時「私はあなたのことを
ある程度、リサーチしてますよ、
マナーもありますよ」アピールを
してしまうんです。
カッコつけてしまうんです。

で、少し先回りしたり、
相づちを打つんです。
「馬鹿じゃありませんよ」アピールを
してしまう。
これが我ながら小賢しい。

良く思われたいアピールは
インタビューでは、
裏目にしか出ないのになあ、
とは、その時は思わない。
余裕がない。

相手から斬新な一面を引き出すには
馬鹿になることも、
必要なんですよね。
馬鹿になることで、
無心な質問ができるようになる。

私の心の隙を見て、
相手もリラックスできる。
何かで装っていた心も開かれ、
御本人も、話す予定になかった
逸話や記憶を、口にしてくれる
ようになるんですよね。

目の前のインタビュイーが
事前に作成した質問リストを元に
カタにはまった話をしてきても、
心を開けるかどうか。

インタビューするなら、
やはり馬鹿になることが必要に。
この「馬鹿になる」ということも
含めて、楽しい会話ができ、
かつ、元々決めていた目的にも
話が届いたなら、
それこそ、賢明なインタビュー。
馬鹿になることで
賢明さを手にいれる、なんて
ちょっと皮肉なようですが…。

インタビューは
遊び心が必要らしい。

もちろん、インタビュイーにとり、
対話した甲斐があったなと
思ってくれることが一番ですが、
それにはどうしたらいいか?
それはインタビューが
始まってでないと分からない。
場を楽しむ遊び心が欲しいんですね。

楽しくて役にたつインタビューに
必要なのは、遊び心かあ…。

うん、あれ。なんだか、
これは、noteを書く上でも
同じことが言えそうだ。
精いっぱい、カッコつけて
自分の知識と経験を騒動員しながら、
どこか遊び心がある・ないとでは
読む人には、その記事の印象は
ぜんぜん違いますよね。

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