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本の装丁にやたら箔を押したがる編集者が「箔押し印刷」への愛を語る話

あえて言いましょう。

箔押しは、正義!!

まあ、まずは見てくださいよ、この新刊
クリームソーダや猫の目が緑に光って、めちゃくちゃかわいくないですか?

猫の目も光りますぞ

この本は、発売になったばかりの文庫『夕闇通り商店街 純喫茶またたび』(栗栖ひよ子さん)。
箔押しが使われることで、装丁のデザイン性の高さとおしゃれさが際立っています。この「夕闇通り商店街」シリーズは、文庫にもかかわらずカバーに箔押しを使っていて、既刊を並べると怪しく美しくきらめいて、めちゃくちゃ素敵なのです。

シリーズ3冊ともに、色違いの箔押しだよ!

ていうか、そもそも「箔押し」ってなんなの?という疑問にお答えすると。

「箔押し」とは、金・銀などの箔を、用紙に貼りつける印刷加工のことです。カバーのタイトルがキラキラしている本がありますよね、たぶんそれは箔押しです。印刷技術なので本以外にもいろいろ使われており、お酒のラベルなんかでも箔押し印刷をよく見かけます。

箔押しは箔を押すための「金型」を作り、その金型で加工印刷を加える必要があります。つまり通常の印刷よりもお金がかかるんですな。
余談ですが、金型は箔を押す面積によって値段が変わりまして、箔を押す面積が広いと、そのぶん値段が高くなるわけですね。
なので表紙の四隅にキラリと箔を押している本があれば、それは面積を広くとっているわけなので、編集者視点では「おっ贅沢な使い方」と思ったりします。

表紙だけだとこの赤枠面積で金型を作りますが……
背も箔を押すと面積が広がるんですな~!

まあそんなわけで、プラスアルファ工程がたくさん加わり、トータルの印刷費がとても高くなってしまうため、箔押しの本を作りたいと思っても、予算の関係でそう簡単にできないんですね。
特に最近は紙の値段が上がったりして、造本の費用全体が上がってきており、箔押しに限らず、いろんな特殊加工をすることが難しくなっています。

そんなレアな箔押し加工ですが、僕は「やたらとキラキラさせたがる編集者」として知られており、わりと積極的に箔を押します。
あまりに箔を押したがるもので、社内では「また森か……」というジトッとした目で見られていますし、他社の編集者からは「箔王」と呼ばれているとか呼ばれていないとか。

だって! 箔押しって!! キレイだしカッコいいじゃん??

僕の手掛けた箔押し本だと、『夕闇通り商店街』や上記の『わたしの美しい庭』だけでなく、「活版印刷三日月堂」シリーズの図書館版もカラー箔を押しています。

一般には出回りにくい図書館用セットです。巻ごとに箔の種類が違います。おっしゃれ~
単行本の『わた庭』は、本屋大賞受賞記念で五色箔押しとかやりました

そう、本の箔押しだと金色が多い印象ですが、実はいろんな色の箔があるんですよ。
金色でも複数の種類があるし、サンセットオレンジとかキウイグリーンといった繊細な色違いもあったりします。サンセットってエモい言葉。

ちなみに箔押しの憧れは、なんといってもホロ箔ですね。
担当作ではありませんが、辻村深月さんの『かがみの孤城』のタイトル部分で使われているのがホログラム箔で、虹色に輝きます。
ギターのインレイみたいでめっちゃ美しい……。でも箔押しの中でも値段が高くて押せない! く~

虹色の箔が美しい。うらやましい。いつか押したい

※※


このように値段が高くてなかなかできない「箔押し」を精力的に使う森ですが、さすがにキレイだからという理由だけで押しているわけではありません。
「物としての本」という価値を最大化したくて、箔押しやその他の特別加工を積極的に検討しています。

デジタル化や消費行動の変化で、コンテンツの受け取り方が変わってきています。
サブスクサービスであったり、全話無料配信であったり。
「コンテンツは無料で楽しめてあたりまえ」という時代になっています。本においてはそもそも図書館という存在もありますね。
その中で紙の本を買いたいと感じてもらうためには、「所有」することに価値がないといけないと思うのです。

僕が主に手掛ける文芸ジャンルはまだ電子書籍より紙の本の売り上げが圧倒的に高く、コンテンツの売り上げを最大化させるためには紙の本をいかに売り伸ばすかが需要です。
小説の内容が面白いのは当たり前で、お店に並ぶすべての本が面白いと思っています。選ばれし作家さんたちが選ばれし編集者と共にベストの作品を作ろうと頑張ってるんですよ。そりゃね、全部面白いですよ。

中身の面白さはもはや前提として、そこに「物」としての価値を加えることで「この本を所有したい」と思ってもらいたい。
そう願って、紙の本の魅力が最大化するように造本にこだわっています。

あとは本へのハードルを下げたいという気持ちもあります。
なんというか、もっと本への興味の入り口って手軽でよくて、「すごいかわいい」「キラキラしててきれい」とか、そういう読書の入り口があってもいいんじゃないかなと。ミーハー的に本を好きになっていいし、そうやって読書のすそ野を広げたいのです。

冒頭で紹介した「夕闇通り商店街」もその一つで、もともと「雑貨みたいにかわいい本を作りたいですね」という話を著者の栗栖さんとしていたことから、箔押し加工という選択肢をデザイナーさんと検討しました。
文庫で特殊加工印刷をすることはめったにないのですが、文庫という小ぶりなサイズ感がむしろ雑貨的な魅力だと感じていたし、それが生きる作品なので、箔を押すことでかわいさの力を増すことができると考えたからです。

なので、作品の世界観と物としての魅力が最大化できるのであれば、箔押し以外にもいろいろやります。
たとえば『わたしの美しい庭』の文庫版では、ホロPP加工をしました。

カバー全体がきらきら光るよ


本の表面を保護するつるつるしたフィルムコーティング加工をPP加工と呼びます。ホロPPはその一種で、キラキラしたレアカードのような輝きを纏います。
透明な空気を纏う素晴らしい作品なので、加工によって内容の魅力と物としての質感が増して、とても気に入っています。

余談ですが、たまに見かける金色の帯がありますよね。
これは輝いていますが箔押しではありません。アルミ蒸着という加工印刷で、箔押しではなくてPP加工の仲間なんですね。

そう、印刷にはいろんな技術と可能性があるのです。
印刷は超おもしろくて、奥深いですぞ!

こういうのは蒸着

「本」と呼ばれる範囲が広くてひとくくりにできないのですが、コンテンツのあり方・受け取り方・所有の仕方はどんどん多様化していくのでしょう。
ただその中で「物」としての価値が本の魅力の一つであり続けるのなら、これからもその可能性を追求し続けていきたいと願っています。
そのために箔押しやホロPPや、やれることをいろいろ試してみたいですし、こうした特別さが少しでも購入の後押しになってくれると嬉しいなあと思います。

ちなみに念のため補足ですが、僕はいろんな加工印刷を好き放題にやっているわけではなく、初版部数などの要因を踏まえて、かなり綿密な原価計算と価格調整の上、社内各所の承認を得てやっています。いやね、めっちゃ考えてやってるんですよ、ほんと。
それでも毎回できるわけではありませんし、単に特別加工をすればいいという話でもありません。
所有の価値をあげることが本質的な目的ではなく、大切なのは中身の魅力を最大化させることです。本のタイプや内容によっては、むしろ通常の印刷で世界観を伝えたほうが魅力が届くケースもあります。
それぞれの本にとってのベストな形態を目指しているので、ケースバイケースで検討していることをお伝えしておきます(箔を押していない本は、むしろそれがベストだと判断しています)

また、造本については出版社ごとの方針もあります。
僕が所属する会社では、ビジネスとして成立して目的や意図が納得いくものであれば、特殊加工に承認が下りますが(かならずしも全て通るわけではありませんし、現時点での話です)、それはあくまで弊社のケースです。
出版社さんや編集者ごとで造本へのスタンスや企みは異なりますので、一人の編集者の例としてご理解ください。

そういうわけで、最後はちょっと固くなりましたが、今回の記事で僕が伝えたいことは、

箔押しは、正義!!
だってキレイだしカッコいいじゃん??

ということでした。

本屋さんで箔押しや特殊加工の本を見かけたら、「森が言ってたのはこれか~」とぜひ見てみてくださいね。
そして箔押しがかわいい『純喫茶またたび』をよろしくな!

マジで本屋さんで見てみて!超かわいいから!



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森潤也|文芸編集者
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