【28.水曜映画れびゅ~】"The Father"~アンソニー・ホプキンスによるアンソニー・ホプキンスのための映画~
"The Father"は、先月から日本で公開されているイギリス映画です。
今年のアカデミー賞で作品賞を含む6部門にノミネートされ、主演男優賞と脚色賞を受賞しました。
あらすじ
きっと泣いてしまう。
認知症を患ったアンソニーを中心に展開する本作。
弱りゆく自分を認めない頑固で横暴な老人アンソニーは、娘のアンに好き勝手振る舞います。
物語前半ではそんなアンソニーに対してヘイトが溜まってしまいまが、物語が進むにつれて彼の違った側面が顔を出していきます。
それはシンプルな”弱さ”。
孤独と孤立、自分自身を理解してもらえない辛さ。
自分で自分がわからなくなる不安と悲しみ。
そんないろんな意味での”弱さ”が物語の後半に一気に溢れてきます。
それを目にした瞬間、それまで溜まっていたアンソニーに対する不快感は消え、ただただ胸がギュッと苦しくなり、涙が流れました。
圧巻の主演男優賞受賞
本作で主演のアンソニーを演じたのは、名優アンソニー・ホプキンス。
ホプキンスといえば、言わずと知れた『羊たちの沈黙』(1991)でのハンニバル・レクター博士。わずか20数分の出演ながら、その強烈な印象でアカデミー主演男優賞を受賞しました。
壇上で会場全体がスタンディングオベーションする中でオスカー像を掲げる姿は、オスカーの名シーンとして語り継がれています。
それから30年後、『羊たちの沈黙』での猟奇的なイメージとはまたガラッと変わった本作『ファーザー』の演技において、史上最高齢83歳でのアカデミー主演男優賞受賞となりました。
肝心のホプキンスは故郷ウェールズで休暇中で、授賞式には欠席。
本人は自分が受賞するとも思っておらず、発表時は寝ていたらしいです(笑)
そして主演男優賞の発表後に家族に起こされて受賞を知り、その後自身のInstagramを更新し、有力候補であった故チャドウィック・ポーズマンに哀悼の意を捧げるとともに30年ぶりの快挙に喜びを表しました。
その笑顔にはハンニバル・レクターの面影はなく、本当に素敵なおじいちゃんとして映りますね。
余談ですが、ピアノや絵を嗜むらしいく、英国アカデミー賞で主演男優賞を獲得した際も授賞式に参加せず、絵を描いていたらしいです。
かわいいですね~(笑)
アンソニー・ホプキンスによるアンソニー・ホプキンスのための映画
そんなアンソニー・ホプキンスですが、本作の自身の演技について次のように語っています。
あれほどの凄まじい演技でありながら、なぜ彼は「実に簡単だった」と言えるのか?
単純に彼自身が年寄りだから?
ホプキンス自身もこのように語っており、83歳という年齢が一因であるとはいえます。
しかしそれだけでは、もちろんありません。
この作品の脚本が書かれた経緯やホプキンス自身の背景を紐解いていくと、もっと深い理由がわかってきます。
アンソニー・ホプキンスのために書かれた脚本
『ファーザー』の原作はフランスの劇作家であり、本作で監督も務めたフローリアン・ゼレールが手掛けた"Le Père"(2012)。
これを監督自身が映画用に脚色し、英国アカデミー賞脚色賞及び米アカデミー賞脚色賞を獲得しました。
この脚本はアンソニー・ホプキンスが主演を務めることを前提にあてがきされており、それゆえ名前もアンソニー。実は生年月日の「1937年12月31日」というのもホプキンス本人と同じです。
そのような経緯でホプキンスのために用意された脚本が、ホプキンスが役を演じることを苦にしなかった大きな要因といえるでしょう。
実際に、ホプキンスは脚本について以下のように語っています。
父の存在
そんな脚本とともにアンソニー・ホプキンスの名演に磨きをかけたのが、彼自身の父親の存在。
実際にホプキンスは、本作の演技について「自分の父親を真似て演じた」と語っています。
上記のニューヨークタイムズの記事では、そのことに関連して以下のようなことが紹介されています。
アンソニー・ホプキンスは、極度なまでに役に没入する「メソッド演技法」を嫌うことで有名な俳優。
しかし今回ばかりは、本人は意図しないながらも自身の父親を自分の中に見出し、演技していたのかもしれません。
そんな脚本と彼自身の父の存在が、よりアンソニーという人物像に深みを持たせたといえます。
そのような背景があったからこそ、彼は大きな苦労もなく、あそこまでの演技を魅せることができたのかもしれません。
つまりそれは、アンソニー・ホプキンスのために作られ、アンソニー・ホプキンスにしか演じれないものであったと言うことができるでしょう。
ホプキンスはアカデミー賞前日にInstgramを更新し、父親のお墓参りをしたことを報告していました。
合わせて観たい作品
最後に本作を観て「似てるな」と思った作品があったので、ひとつ紹介させていただこうと思います。
それは『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』(2011) 。
こちらも名優として名高いメリル・ストリープがマーガレット・サッチャーを演じ、3度目のアカデミー賞を受賞した作品として知られます。
ストリープは、首相時代とともに政界引退後に認知症を患ったサッチャーも演じました。その後者の時代におけるサッチャーの描き方が、非常に『ファーザー』と通ずるものがあります。
おそらくゼレール監督はこの作品をかなり参考にしたのではないと思います。
その証拠に『ファーザー』で娘のアン役を務めたオリビア・コールマンが、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』 でサッチャーの娘役を演じているという共通点もあります。
前回記事と、次回記事
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次回の記事では、"Black Swan"(2010)と"Whiplash"(2014)という二つの映画を紹介しつつ、その共通点について語っています。