見出し画像

小説「素ナイパー」第28話

 その時、直哉を襲ったのは喜びよりも恐怖だった。父親がいると言う事は家族の滅亡を意味していた。ここはCIAの本拠地なのだ。いくら最高の殺し屋である父でも脱出できるはずがない。
 直哉は自分の過ちが家族を沖田家を滅ぼそうとしている事に絶望した。

 「なんで・・・」

 情けない一言を吐いた瞬間、父の拳が再度直哉を襲った。そして床に転がった直哉に馬乗りになると止まることなく無言で殴り始めた。
 直哉は抵抗する事なく甘んじてその拳を受けた。今の自分には弁解する余地はないと悟っていたし、その拳に恐怖と痛みは感じなかった。そこには今までどこか遠い存在だった父の温かさがあった。
 息が上がる程、淳也は直哉を殴り続けた。するとスピーカーから姉の里香の声が響いた。

 「お父さん。そろそろやめないと・・・」

 すると淳也は拳をピタリと止め立ちあがった。
 「父さん。すいません・・・僕は・・・。」

 どんな謝罪の言葉を並べても許されない事はわかっていた。しかし、それでも何か言わなくてはならないと思った。すると父はその大きな背中を向けて言った。


 「行くぞ」
 

 その瞬間に直哉は嗚咽をもらし、泣いた。短いその一言は死を覚悟した瞬間から一番望んだものだった。
 許されたとは思わなかった。しかしそこに父の優しさと家族の想いが集約されているのを感じた。直哉は血と涙の洪水の中で立ち上がると淳也の背中を追った。

 通路に出ると男の死体が転がっていた。マジックミラーの後ろの部屋にはもう一人の死体もあり姉の里香がすべての資料を硫酸で溶かしていた。里香は直哉に振り向きもしなかった。そして仕事を終えると淳也と同じように、

 「行くよ」

 とだけ言い走り出した。その表情にはいつもの不機嫌さはなかった。
 

 直哉は走った。父と姉の後をがむしゃらに。建物は思っていたよりも小さく、数分も立たぬうちに出口が見えてきた。その時にふと思った。

 (知子はどうしたのだろうか?)

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。