見出し画像

小説「素ナイパー」最終話

 ベロベロになった二人をタクシーに詰め込むと直哉は一人歩き出した。十月になるのに空気はまだ湿気を含んでいた。
 順調そうに人生を歩んでいる洋介と一平を見ると、正直羨ましさと寂しさを感じた。足踏みしていた恋心は藻屑に消えた。仕事もまともにこなせない。いったいこれから自分はどこに向かえばいいのかわからなかった。週末の夜の住宅街は静かで直哉の中の孤独は一層濃くなった。

 街灯が照らす路地の先にはぼんやりと次の道が照らし出されていた。緩慢に未来を照らすその灯りを直哉は苛立たしく感じた。もっとはっきりとした未来を提示して欲しかった。この先が鮮明に見えていれば今の空白も怖くはないのにと。

 やがて直哉は走り出した。緩慢に見える未来を少しでも確かに感じたかった。しかし数百メートル全力で走っても、未来の不確かさは変わる事はなかった。そして気がつくと、家の前に立っていた。

 深夜零時を過ぎていると言うのに家の灯りはまだ点いていた。あの日以来、家族の誰もが自分に気を使っているのはわかっていた。あの出来事について誰も自分を責める事はなかった。
 それはありがたくも辛かった。できれば立ち直れない程叱責し疎外して欲しかった。そうしてくれればもっと割り切れたかもしれないのにと。

 「ただいま」

 努めて明るく家に入るとリビングには父、母、祖父、姉が勢ぞろいしていた。そしてテーブルには蝋燭を刺したホールケーキが置かれていた。

 「誕生日おめでとう」

 クラッカーが打ち鳴らされた時、直哉はその日が自分の27回目の誕生日である事に気付いた。

 「あんた、忘れてたでしょう?」

 姉の里香が自慢げに言った。

 「はい。みんなから誕生日プレゼントよ」

 母のサーシャから受け取った包みを開けると、ROLEXの腕時計が時を刻んでいた。それは父の淳也が着けていたものだった。

 「時間は殺し屋にとって大事なものだ。それから生きていくうえでもな」

 父はそう言うと次の仕事に出かけて行った。

 すると直哉の瞳から涙が溢れた。心に染み付いていた悲しみと後悔の氷塊が一気に溶け、溢れだした。同時にやっと大人としての、殺し屋としての決意が固まっていった。
 迷う必要なんてない。自分がすべきことは全てを許し優しさを与えてくれた家族のために一流の殺し屋になる以外にないと。

 いつまでも涙を流す直哉に姉の里香が呆れて言った。

 「素で?泣きすぎなんだけど。マジでキモい」

僕は37歳のサラリーマンです。こらからnoteで小説を投稿していこうと考えています。 小説のテーマは音楽やスポーツや恋愛など様々ですが、自分が育った東京の城南地区(主に東横線や田園都市線沿い) を舞台に、2000年代に青春を過ごした同世代の人達に向けたものを書いていくつもりです。