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【エッセイ】途中下車、それはきっと夢の途中、いつか幸せに続く道。

 なんの自慢にもならないけれど、僕は働くのが嫌いです。

 学生の頃の夢は美人なお姉さんのヒモかペットになること。
 ギャンブルしないし、ずっと家の中でご主人様の帰りを待っているし、家事はちゃんとするし、優良物件だと思うんだけど、当然のことながら無理でした。
 たぶん犬や猫より可愛くなかったんだと思う。認めたくないけど。

 働くのが好きな人のほうが少ないのかもしれないけれど、負けません。僕は誰にも負けないくらい働くのが嫌いです。自信があります!


 憲法で国民の三大義務の一つに勤労の義務が定められているし、昔から「働かざる者、食うべからず」と言われてるくらい労働が社会生活において重要なことは承知しています。

 それに実際問題として、たいした資産を持ってない僕としては働かないと生活できないので、仕方なく働いています。


 純粋に働くのが嫌なのか、今の仕事というか働き方が嫌なのかはわかりません。

 好きなことを仕事にしたことがない以上、はっきりしたことは言えないですからね。

 それでも今の生活というか働き方を嫌と思っている以上、なんとかしたいと思っているし、好きなことを仕事にしたいと思って小説家を目指しています。

 よく「好きなことは仕事にしないほうがいい」と言う人がいるけど、それは人それぞれでスタンスや覚悟が違うし、生活のためだけの仕事に対する価値観も違うので、僕はそう思いません。
 やりたきゃやってみればいい。そこで嫌になったらその程度だし、そこでまた考えればいい。


 働くのが嫌な僕にとって、毎朝の日常となっていることがあります。
 それは、通勤電車に揺られながら、その電車の終着駅を想像すること。

 僕がまだ行ったことのない駅、僕の持っている定期券じゃたどり着けない駅、僕の知らないたくさんの人たちが毎日笑ったり泣いたり怒ったりして生活している街の駅。

 このまま職場がある駅で電車を降りずに、乗り続けたらどうなるんだろう。電車はどこまで僕を連れていってくれるのか。いったい僕はどこに行けるんだろう。
 そんなことを毎朝考えています。眠くてぼんやりとした頭の中で、まるで夢みたいなパステルカラーの想像を膨らませます。
 パステルカラーの夢の中では僕は知らない街で、知らない誰かと笑っています。きっとその街で僕は夢を叶えて好きなことを仕事にしているか、美人なお姉さんのペットになっているのでしょう。

 それでも職場の最寄駅が近付けばその想像を頭の隅っこに押しやって、あくびとため息の中間みたいな息をはぁっと吐いてから立ち上がります。
 そして自分の意識を殺し、ただ人の波に乗って流されるようにして電車を降りてオフィス街へと歩き、職場にたどり着く毎日です。


 終着駅の前に電車を途中で降りるのは妥協することにどこか似ているのかもしれない。
 僕は毎日、妥協を繰り返しながら生きている。生活のために、家族のために、幸せのために。

 いつかは終着駅にたどり着くことを夢見ながら、明日からも僕は途中で電車を降りよう。その先に僕なりの幸せがあることを信じて。


それでは、また。

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