斜線堂有紀の恋愛短編『ミニカーを捨てよ、春を呪え』
斜線堂有紀さんから新作短編をいただきました。やっと彼氏ができた冬美……しかし彼氏はドルオタだった。地下アイドル・赤羽瑠璃に彼は心を奪われている。冬美に共感する人、渓介に共感する人、読む人によって全然ちがう感想が出てきそうな作品です。絶賛発売中の『愛じゃないならこれは何』収録の一編『ミニカーだって一生推してろ』に登場する人々のお話です。
斜線堂有紀
第23回電撃小説大賞《メディアワークス文庫賞》を『キネマ探偵カレイドミステリー』にて受賞、同作でデビュー。『コール・ミー・バイ・ノーネーム』『恋に至る病』『楽園とは探偵の不在なり』『廃遊園地の殺人』『回樹』など、ミステリ作品を中心に著作多数。恋愛小説集『愛じゃないならこれは何』『君の地球が平らになりますように』絶賛発売中。
ミニカーを捨てよ、春を呪え
「アイドルだって女じゃん」
と冬美が言うと、場が凍り付いた。そして、一拍遅れてからドッと付け足したような爆笑が起こる。この中で一番声が大きくて品性の無い古田が渓介を引き寄せ、拳でこめかみをぐりぐりと押した。
「おいおいラブラブじゃ~ん。こんだけ愛してもらえるなんて幸せもんだなぁ」
やけに大声で言われたそれを聞いて「あ、フォローされたなあ」と、冬美も他人事のように思った。じゃあ、これってフォローされるくらい無様で空気が読めなくて、イタい発言だったんだなあ、とも遅れて後悔が滲んでくる。
正直、少しくらいの共感は得られるだろうと思っていた。今回の飲み会には女の子達も参加している。『彼氏がアイドルにハマりすぎてて嫌』というところまでは、彼女達も頷いていてくれたはずなのに。「女じゃん」発言を聞いた瞬間、薄ら笑いを浮かべてきた。冬美の必死さを見て「一緒にされたくないんですけど(笑)」という気持ちになったのだろう。あー、なるほど、じゃあそれ本気の共感じゃなかったのかよ。
本気でミスった。これで、可愛くもないくせにアイドルに張り合う女っていう不名誉な肩書きだけが残ってしまった。最悪だ。そういう『弁えてない女』になるのが嫌で、ずっと慎重にしてたのに。冬美はマジョリティーじゃなかった。見誤った。みんなアイドルのことは女にカウントしないんだ。恥ずかしい。消えたい。
ちらりと視線を向けると、当の渓介は暢気に酒を飲んでいた。分かってはいたけれど、こういう時の渓介は本当に頼れない。最悪なのは、渓介が決して分かっていないわけじゃないところだ。
空気を壊すのが嫌だから、彼女が傷ついていても絶対に庇わない。
もし渓介が冬美の理想の恋人だったら、きっと庇ってくれた。もっと何かいいように場を治めてくれて、アイドルなんかより彼女が大事だよ当たり前じゃんって、みんなの前で示してほしかった。
それは愛ではなく、当然の権利を与えられないことに対する怒りである。彼氏として必要十分なものを、ちゃんと与えてほしい。
帰り道でも、冬美は味わった空気を反芻し続けていた。一番失敗したくなかったところで、自分はやらかしてしまった。最悪で、みじめだ。悲しくて苦しい。その気持ちが、隣を歩いている渓介に向く。
「何? まだ怒ってるの?」
最悪のタイミングで渓介が言い、怒りの炎が燃え上がった。
「私さ、研究室の飲み会なんて行きたくないって言ったじゃん。完ッ全に下に見られてたし、馬鹿にされに行ったようなもんだよ、あんなの」
「えー……それは被害者意識強いよ。あいつらそこまで嫌な奴らじゃないって。ちょっと身内感強いけど」
「その身内感でジャッジされたのが本当嫌なの。なんでだよ。あいつらだって陰キャのオタクのくせに、大したことない女扱いされなきゃなんないの」
「そんなつもりはないと思うけど……」
渓介は困ったように眉を寄せる。彼のそういうところが、冬美は殊更に嫌だ。彼女のことも庇わないが、自分の友人が悪く言われても同様に庇わない。事なかれ主義の日和見男。王子様には程遠い。情けなくてどうしようもない男。
それでも、冬美の恋人はこの男なのだ。
「……もう行かないからね。絶対」
「そんなこと言うなよ。これからもこういう機会何度もあるだろうしさ」
「無くていい。ていうか、私が行ったって盛り上がらないじゃん。いるだけ無駄だよ」
「みんな冬美のこと良い彼女じゃんって言ってたよ。俺には勿体無いって」
「そんなことない」
冬美は短く言う。自分がどのレベルかははっきり分かっている。自分達の天秤は完璧に釣り合っていて、もう動かない。だから、冬美が渓介に文句を言う権利など、無い。
名城渓介とは大学で出会った。何の面白みもない出会い方だった。大学を卒業する前に、同じキャンパスの学生を一堂に集めて親交を深める会が催されたのだ。知り合いの知り合いが声を掛け合う。もう既に『出来上がっている』グループが寄り集まる。
二十二歳の牧野冬美は、必死だった。
この中で、誰かを見つけようと必死だった。
大学卒業を前にして、冬美は自分なりの真理に辿り着いていた。即ち、自分は大学までにパートナーを見つけなければいけない人間だ、という真理に。
これから就職して、働き始めて、生活をしながら恋人を見つけられる自信が無い。かといって、誰かから見つけてもらえるような人間でもない。だから、人と出会うハードルが低い大学時代の内に対処をしなければ。
「彼氏いないの? じゃあこいつとかどう?」
そんな時、所属していた童話研究会の先輩ごしに紹介されたのが名城渓介だった。
「宇宙情報処理をやってる名城渓介です。永居研究室だけど……院生じゃない人にこれ言っても伝わらないか」
本当にどこにでもいそうな理系院生だった。適当に選んだ厚めの眼鏡。柔和そうな垂れ目。少し口元が小さいのが垢抜けなくて、だからこそ誠実そうに見える。
「どうよ名城。この子、物理学科の牧野冬美っていうんだけど、めちゃくちゃ良い子だぞ」
先輩が語る自分の売りが『良い子』であることに、冬美の心が少しだけささくれ立つ。今までの人生で、冬美は殆ど『可愛い』とか『美人』だと言われたことがない。見た目がセールスポイントになるような人間じゃないことは、自分でも重々分かっていた。それでも、苦しさはやわらがない。
「良い子なのに俺に紹介していいんですか。俺甲斐性無いですよ」
「でもお前も良い奴じゃん。良い子と良い奴は長く続くから」
先輩に肩を叩かれ、名城渓介が困ったように笑っている。けれど、そこまで嫌がっているわけでもない。冬美は人の顔色を読むのがそこそこ上手かった。そこまで積極的じゃないけれど、満更でもない。
「彼女いないんですか?」
「あー……うん。いない。ていうか、理系の院って出会い無くてさ。モテるわけでもないし」
「じゃあ、お友達からどうですか。ご飯食べに行くのとかでも」
「え、いやいやそれは、俺で良ければ」
積極性の使い方はここだと思った。渓介に心惹かれるものがあったわけじゃない。けれど、条件が良い。この大学の院に行くくらいなら、多分それなりのところに就職出来る。見た目だって良くはないけど悪くはない。
冬美が捕まえられる男の中で最も条件の良い男は渓介だ。これ以上は、きっと無い。
渓介と冬美は何度か食事をして、七回目のデートでようやく付き合うことになった。その言葉も「そろそろちゃんとしようか」なんて色気の無いものだったけれど、冬美はそれで構わなかった。
だって、ロマンチックな告白とか、少女漫画みたいなシチュエーションとかは現実にはそうそう無いものだから。「そろそろちゃんとしようか」と言っている渓介の右斜め後ろで、幸せそうなカップルがケーキを前に写真を撮っている。花火の刺さった浮かれたケーキは、多分何かしらの記念で用意された特別なもの。されど、お店に一本電話を入れれば、簡単に用意出来ただろうもの。
渓介にだって、そのくらい出来た。
でも、渓介はそんなことしない。第一、あんな派手なケーキを前に、冬美は上手くはしゃげない。多分照れ隠しに仏頂面をして、しどろもどろのまま空気を悪くする。ガラスの靴は、相応しいお姫様にしか与えられない。慣れないステップでそれを割ってしまった日には、また苦笑いが待っている。
『サンドオリオンは私の祈りですよ。サンドオリオンが誰かを守ってくれる鎧になってほしいし、誰かを飛ばせる羽でありたい』
インタビューに書かれたその言葉を読んで、何故かわからないけれど動悸がした。インタビューに答えている灰羽妃楽姫は、冬美の憧れの相手だった。若くしてサンドオリオンというオリジナルブランドを立ち上げたカリスマデザイナ―で、いかにも『強い女』という感じの自立した美しさを持っている。
サンドオリオンは女性の為のメルヘンを謳っていて、少女趣味を良い具合に大人向けにアップデートしたブランドだ。嫌らしくない程度のフリル、ポイントだけに甘さを残したワンピース。初めて見た時、衝撃を受けた。自分が着たかった服はこれだ、と思った時、冬美の視界がパッと燦めいた。
けれど、冬美を絶望させたのもまた、サンドオリオンだった。
必死にお金を貯めて買った、シンプルで綺麗めのワンピースは冬美には全く似合わなかった。サンドオリオンの白は、浅黒い自分の肌には似合わない。襟のフリルが輪郭の丸さを引き立ててみっともないし、二の腕の太さも目立つ。
何が全ての人の為の服だ、と思った。これは特別な人間が着る服で、冬美の為の服じゃない。
見渡してみれば、サンドオリオンの服や小物を持っているのは、いかにもキラキラしているインフルエンサーや、顔立ちの美しい女子アナばかりだった。ガラスの靴を履いてもおかしくない側の女達だ。冬美とはまるで違う。
その時、冬美は悟った。人間には相応の身の程があり、そこからはみ出るところから不幸が始まる。思い返してみれば、冬美が今まで犯した失敗は、全てが分不相応なガラスの靴を履こうとしたことに由来していた。──小学校の頃の劇で鼻白まれたのは? 前に出ようとする度に疎まれたのは? 誰も冬美のことを特別扱いしてくれなかったのは? 告白をしてくれた人がいないのは?
答えは簡単だった。牧野冬美が、この世の端役でしかないからだ。
人生ずっと冬 サンドオリオンの新作可愛いけど私みたいな骨ストだと似合わないよね。骨格から負け組なんですわ
人生ずっと冬 骨ストにはモデルが多いとか言ってるやつダルいわ。それは一部の顔整いのせいだろ。だったら私もモデルになれてるんだが。
五十人程度しか見ている人のいないアカウントで、密かにそんな投稿をする。一、二人しか反応が無いけれど、それでも心が慰められた。こういう時、冬美の孤独は紛れる。
容姿へのコンプレックスが過剰な自覚はある。ルッキズムへの抵抗を謳う社会に逆行している自覚もある。けれど、拭えない。
「あんたそんなに可愛くないんだから、勉強だけはちゃんとしときなさいよ」
これは母親から何度も言われた言葉だ。冷たいとも酷いとも思わない。事実を予め伝えてくれて感謝しているくらいだ。自分が恵まれていないことは、はっきりと理解しなければ。
だが、与えられなかった事に対する憎しみは絶対に忘れない。忘れたくない。だから、冬美はこうして吐き出す。
冬美が悲鳴のように綴る言葉に誰かが反応してくれる。その度に、冬美の夜に一筋の光が差す。
選ばれたら変わると思っていた。自分のことを恋人として扱ってくれる、ちゃんとした誰かを見つけられたら何かが変わるはずだった。
けれど、名城渓介と付き合うようになっても、冬美の焦燥感はまるで止まない。
渓介との交際は可も無く不可も無かった。
正直なところ、渓介からの愛情を強く感じたことはない。意外にも冬美と渓介は気が合って、何時間でも他愛ない話が出来る関係になった。けれど、それだけだった。社会性が認められるだけの適当なカップル、としてごっこ遊びをしているようですらあった。
初めてセックスをした時、冬美は密かに焦った。悪くはなかったけれど、良くもなかった。まるで詳しくない料理をレシピ通りに作った時のようだった。感動も何も無い。これから回数を重ねていったら、目新しさや違和感すら無くなるだろう。それを思うとゾッとした。──それなのに、これを何回も続けるの?
幸いなのか不幸なのか、渓介はそれほどそういうことに興味が無いようで、する頻度はそう多くなかった。そうなると今度は、余計に自分達が『恋人』である理由が分からなくなってしまって、怖かった。
でも、別れる選択肢は無い。渓介といるのは楽だった。友達のように過ごせるデートは気楽だったし、色々な意味で同じレベルの渓介となら、外を歩いていても気負わなくて済む。先輩の『お似合い』という言葉が頭を過る。その通り、自分達はお似合いだ。
自分達はきっと、このまま問題無く交際を続けて、適当なところで『ちゃんと』結婚をするだろう。渓介は決断力が無いけれど、一人の人生をいたずらに消費させる度胸も無い。付き合った責任として、結婚までこなしてくれる。
そのことが分かっているからこそ、冬美は渓介と付き合っていた。冬美の嗅覚は間違っていなかった。冬美にとっての人生最大の幸運は、渓介を掴まえられたことだろう。名城渓介こそ、人生の伴侶に相応しい。
渓介がアイドルオタクだと知るまでは、そう思っていた。
めるすけ 東グレのライブ結局全通になりそうですわ~。会場で会える方よろしく。
そのアカウントを見つけた時のことを、冬美はよく覚えている。
その時期、冬美も渓介も仕事が忙しく、休日が合わないことが増えていった。連絡は取っているのものの、会えるのは月一回くらいで、まるで遠距離恋愛である。別にそこまで会いたいわけじゃなかったけれど、この予定の合わなさが気になった。
──まさか、浮気? 疑った瞬間、手の先がすうっと冷たくなった。悩んだ末に、冬美は渓介と引き合わせてくれた先輩に相談をした。
果たして、先輩は言った。
「浮気? 名城に限ってないない。ていうか、聞いてないの? 忙しくなるって」
「仕事が忙しいとは聞きましたけど……それとか関係無しに、なんか予定が合わなくて」
「いやいやいや仕事じゃないって。ほら、この時期っていつもそうなんだよ。ライブが詰まってるとかで」
「え? は? ライブ? 何のですか?」
「地下アイドルだよ。あいつ、ドルオタだから」
先輩はなんでもないことのようにそう言って、冬美にスマホの画面を突きつけてきた。
そこには『めるすけ』という名前のSNSアカウントが表示されている。「一介のアイドルオタク。東京グレーテルのばねるりを応援しています。」という文字と、ブレた猫のアイコン。ブレていても分かった。これは渓介の猫だった。
「え? え……待ってください、何これ」
「えー、知らんかったの? あいつもこういうとこあんのよ。こっそり見てみ? 推しにめちゃくちゃ真剣でウケるから」
ウケるって、何がウケるんですか。言いかけたその言葉をぐっと堪えて、めるすけの投稿を遡る。サイリウムを握る手に見覚えがあった。CDの積まれている部屋は、よく知っているものだ。どう見たって、めるすけは名城渓介だった。
『ばねるりが生きがい』『ばねるりの為なら仕事頑張れるわ』『就職して良かったこと、東グレに思い切り突っ込めること』
それなのに、投稿されている内容はまるでピンとこない。こんな渓介は知らなかった。付き合って、もう一年になる。それなのに、冬美は『めるすけ』のことを全く知らなかった。
「もしかして名城にほっとかれてるか~? 俺が言ってやろうか?」
「いえ……そんな、普段は優しいですし。最近、ちょっと予定が合わなくて、お互いの時間を大事にしたいタイプだからあれなんすけど。気になって。浮気とか、だけはまあ許せないってだけなので」
「よかったな~絶対そんなことないって。あいつ一途で真面目なタイプだし、冬ちゃんのこと大事にしてくれると思うよ~」
「それは……すごく感じてます。すごく。渓介と付き合えてよかったというか……大事にされてるのは、わかるので……」
硬い笑顔を貼り付けながら、冬美はなんとかそう答えた。完ッ全に嘘だ。大事にされてるなんて思ってない。二人の間にあるのは、冬美が求めていたような愛じゃない。あんなものは、それらしい真似事だ。けれど、それを訴えることはしなかった。そうでないと、惨めだ。浮気を疑っていると話す時でさえ、侮られないかと心配だった。冬美は可哀想な女になりたくない。
「ドルオタって浮気しないらしいよ。まあ、理想高いからね」
駄目押しのように先輩が言って、冬美はいよいよ息が出来なくなった。湧き上がってきた感情を、必死で留める。──先輩、これって浮気じゃないんですか。
赤羽瑠璃、というのが渓介の推しの名前だった。覚えたくもない名前だったのに、一回聞いただけで覚えてしまった。東京グレーテルの孤高のブラック、ばねるり。華々しいカラーが多めなグループの中で、空気を読まずに君臨する黒いドレスの女。
……そのコンセプトというか佇まいは、憧れの灰羽妃楽姫に少し似ていて、嫌だった。自分が絶対持ち得ない羽を持っている人々。
家に帰るなり、冬美は赤羽瑠璃について調べられるだけ調べた。上がっている写真、投稿されている記事、呟いている言葉。何でも拾って、その女を把握する。阿賀沼沢子に憧れていて、昭和のアイドルのカリスマ性を再現したがっている。好きな作家は遥川悠真だけど、ミステリもSFも何でも読む。
阿賀沼沢子も遙川悠真も、渓介から聞いた名前だった。
──うわ、ってことはあいつの好きって言ってたものとかって全部赤羽瑠璃の影響だったってこと? と気づいた時は、嫌悪感すら覚えた。今まで普通に食べてたものが虫だったと聞いた時のような、掌返しの不快感が体中を侵す。
赤羽瑠璃は、可愛かった。地下アイドルだというから舐めていたのに、まるでお人形さんのようだった。肌が白く、顔が小さく、顎がちゅんとしている。これだけシャープな輪郭を持っていたら、サンドオリオンのワンピースだってよく似合うだろう。吊り目気味で意志の強い瞳は、冬美の三倍はありそうだった。誇張じゃなく、本当にそう見えた。
当然だけれど、冬美とはまるで似ていなくて、急に恥ずかしくなった。
今まで、渓介は女の見た目に頓着しないタイプなんだろうと思っていた。冬美と付き合っているんだから、外見にはこだわらないタイプなんだろうと。
でも違った。なんでよりにもよって、ビジュアル要員みたいな女を──赤羽瑠璃を推しているんだろう。もっと愛嬌が良いだけのタイプとか、そういう選択肢だってあったはずなのに。童顔とか人懐っこそうなのとか、そういういかにも『地下アイドル』みたいな女だったら。
赤羽瑠璃が理想であるのなら、どういう気持ちで冬美と付き合っているのか。劣等感で胸が張り裂けそうだった。苦しくて、息が出来なくなる。めるすけの言葉はどれも熱狂的で、赤羽瑠璃への愛に満ちていた。冬美には決して与えられないものだ。
それを、赤羽瑠璃は当たり前のように受け取っているのだ。
渓介に会えたのは、それから二週間が経ってからのことだった。こういう時ですら、冬美は無理を言って会いに来させることすら出来ない。それが出来るほど、冬美は愛されていない。
「最近会えなかったのって、アイドルのライブ行ってたからなの?」
それを聞いた時、渓介はあからさまに動揺した。
「誰から聞いたの」
「野島先輩から。ていうか、公開アカウントで堂々と呟いてるのに秘密がバレましたみたいな顔しないでよ」
渓介が動揺していることが、一番悲しかった。やっぱりこれは薄ら暗い趣味なのだ。渓介が冬美に知られたくなかったもの。後ろめたいと思っているもの。
「休日出勤って言ってたのはごめん。本気で反省してる。大事な趣味だったから、絶対に行きたくて」
「私が大事な趣味を邪魔すると思ってたんだ。まあ、浮気みたいなもんだもんね」
「いや、その理屈は変だろ。相手はアイドルだぞ」
「でも言わなかったでしょ。後ろめたくなかったら隠さないじゃん。休日に金かけて女に会いに行くとか、キャバと何が違うの」
「俺のはそんなんじゃない!」
「CDいっぱい買って握手してもらうんだもんね? それじゃあ私と会おうとしない理由が分かるわ。無料で会えるブスなんてドルオタからしたら価値無いもんね?」
「なんでそんなこと言うんだよ」
「そういうことだからだよ! 浮気と同じじゃん、きっっっしょいな! だって、私は──」
言いかけて、どうにかやめた。私は──渓介にとって一番の女じゃないんでしょ? 私よりも赤羽瑠璃が好きなんでしょ? 口に出すだに恐ろしい言葉だ。赤羽瑠璃に敵うはずがないのに。
案の定、渓介が溜息交じりに言った。
「俺は……こんなことで冬美と喧嘩したくない。隠してたことで、冬美を不安にさせたかもしれないけど……相手はただのアイドルだぞ? 冬美と比べられるわけないじゃん……」
じゃあ、赤羽瑠璃のこと推すのやめてくれる? 東京グレーテルのライブにも行かないでくれる? 金輪際、どんなアイドルも愛さないでいてくれる? そう言いたかった。言いたい。誓わせたい。赤羽瑠璃のことを忘れさせたい。
でも、分かっている。赤羽瑠璃と天秤にかけさせたら、冬美は負ける。それがとても苦渋の決断であるという顔をして、渓介は冬美を捨てる。
絶対負ける賭けなんて出来ない。怒りに滾っていた脳内が、急激に冷えていく。ここで声を荒らげても、冬美の欲しい言葉は絶対に手に入らない。
冬美が人生を上手くこなす為には、諦めなければ。自分の手に掴める範囲を理解して、弁えなければ。
ここで渓介を失って、冬美には何が残る?
深く息を吐く。吸う。言いたかった全ての言葉を呑み込む。えずきそうになるし、目には涙が浮かんでいる。けれど、等身大の絶望が、渓介には一番効くはずだ。
「……ごめん,私も、冷静じゃなかった。私……渓介を責めたいわけじゃなくて……私……」
また嘘を吐いた。責めたかった後悔させたかった。二度と赤羽瑠璃に会わせたくなかった。でも、冬美には選択肢が無い。
冬美、という名前が嫌いだった。十二月生まれだから、という途方も無い浅さが、自分によく似合っていて、苦しい。
我が世の春という言葉を初めて知ったのはいつだろう。それを聞いた時も、卑屈な冬美は自嘲した。自分に春は来ないのだ。あるのは冷たく寒い冬だけ。
瑠璃、という名前すら羨ましかった。あの顔立ちじゃなかったら、綺麗すぎて似合わなそうな名前。冬美の名前が『瑠璃』だったら、きっとスティグマになっていた。
渓介が『ばねるり』と呼ぶことすら耐え難かった。そっけなく簡素な『冬美』の響き。渓介は、女のことをそんなに気安く呼べる男だったのか。
当然ながら、渓介は赤羽瑠璃に全く似合わない。隣を歩いていても、全然お似合いではない。赤羽瑠璃は渓介のことなんか相手にもしないだろう。分かっている。
それでも、渓介の愛情を一身に受ける瑠璃が憎くてたまらない。
人生ずっと冬 彼氏がアイドル推してるの本当に気持ち悪い。アイドルだって女じゃん。ドルオタは彼女作んないでほしい。
人生ずっと冬 浮気じゃないならこれは何? 彼女より大切な女がいるんだから、浮気みたいなもんでしょ。公然とやって責められない分、それよりずっと性質悪い。
人生ずっと冬 あの女引退してくれないかな。本当に虫唾が走る。
この投稿をした後、冬美は人生で初めてバズった。何万人もの人間が冬美の投稿を回し、同じように怨嗟の声を上げていた。
Chill わかる。めっちゃわかる。彼氏が目ギラギラさせながらアイドルダンス見てるの本当に冷める。自分が投稿したんかと思った
まろ姐@スローライフ 私これで離婚したようなもんだから。家事も子育てもまともにしないのに、子供みたいな年齢のアイドルに金注ぎ込んでるの見てぞっとした。
みみ。 わかりすぎて苦しい。結局そっちの方が優先だし。うちより可愛い女の子に握手しに行くの考えただけで死にたくなる。
今まで全然得られなかった言葉に、冬美の心は躍った。やっぱり嫌な人は沢山いるし、それが原因で離婚になった人もいるのだ! その言葉一つ一つを標本にして取っておきたいくらいだった。だって、冬美はおかしくないから。
反面「アイドルに嫉妬するなんて、どうせコンプ丸出しのブスだろ」「女って過剰反応しすぎるよな。相手は女として接してるわけじゃないのに」「一生懸命頑張ってるアイドルに酷いと思わないの?」というコメントも付いていた。何にも知らない奴らの言葉だ。握手で金を取る人間が、女を売りにしてないわけないだろうが。
渓介の前にこれを出して、間違ってるのはそっちの方だと言ってやりたかった。赤羽瑠璃がこの投稿を見て、少しでもやりづらくなってくれたらいいのに。
結局、冬美の側が大きく譲る形になった。冬美は渓介の趣味に口を出さない。東京グレーテルのライブにも行っていい。ただし、ライブに行く時は嘘を吐かずにちゃんと申告すること。冬美のことを蔑ろにしないこと。冬美の前で赤羽瑠璃の話をしないこと。
「これからはちゃんと冬美の為に配慮するからさ。お互いに譲り合っていこうよ」
「……わかった」
それってつまり、私には譲れってことだよね? 結局私は、渓介があの女を推すのを我慢して見てなくちゃならないんだよね。怨嗟にも似た声が降り積もっていく。でも、これが大人の落としどころだ。これからも渓介と付き合っていきたいなら、ここで必要なのは絶対に和解。理解のある恋人。
「……ねえ、変なこと聞くんだけど」
「どうしたの」
「赤羽瑠璃に告白されたら、やっぱそっち行くの?」
「そんなありえない話されても。詐欺とか疑うよ」
そう言って、渓介が笑う。大丈夫。自分達はこういう冗談も言える。冗談であっても、渓介は「冬美を選ぶ」なんて言わないけれど。
「……その、冬美に我慢させなきゃいけないこととか、そういうのは申し訳ないと思ってて。その分他のところでは良いパートナーとしてやっていけたらいいなって思ってるから」
渓介が真面目な顔をして言う。およそ良い彼氏ではなく、単に無難な彼氏であるだけなのに、どうしてこうも嫉妬してしまうのだろう。ルックスも、アイドルとしての立場も、何でも持っている赤羽瑠璃が、たった一人自分のものである男すら手に入れていることが憎らしいのか。
だとしたら、冬美の中にあるのは愛ではなく、復讐心なのではないか?
それからまた一年が過ぎた。渓介は──めるすけは、ライブが行われる度に甲斐甲斐しく通っていった。赤羽瑠璃にしか使えないような黒色のサイリウムを持ち、彼女の色のグッズを身につけながら。
冬美の家からライブ会場に向かうこともあった。最悪なことに、ライブ会場からは冬美の家の方が近いのだ。早起きをして出かける渓介を見送る度、苦しかった。
この一年で、冬美は気にしない振りが随分上手くなった。渓介は宣言通り赤羽瑠璃の話をしなかった。恋人らしいことが上手い二人だから、上手くいっているように見せるのも得意だった。
それに、ドルオタ活動のことがバレてから、明らかに渓介の態度が変わった。以前とは考えられないくらい、冬美本位で動くようになったのだ。
勿論、何もかもが理想の恋人というわけじゃない。けれど、明らかに冬美のことを大切に扱うようになった。東京グレーテル関連の用事が無い時は積極的に冬美に会いにくるようになったし、冬美が引っかかったことはしっかりと話し合うようになった。
冬美が性質の悪い風邪を引いた時は、有給を使ってまで三日間つきっきりだった。病人に幕の内弁当を与えようとするところは合わなかったけれど、それ自体は泣くほど嬉しかった。
「どうしたの、つらい?」
渓介がおろおろと狼狽える。狼狽えるだけで何もしない。でも、それは出来ないだけだ。わざとじゃない。そのことが、冬美にも分かるようになった。なってきてしまった。
看病をされただけで泣くようなことはしたくなかった。こんなものが幸せでたまるかよ、と思ってしまうからだった。こんなの、多分なんでもない。他のカップルだってごく普通に行っている他愛の無いことだ。冬美の恋人は特別じゃない。どこにでもいるような男で、ドルオタだ。
「赤羽瑠璃と私が同時に熱出したら、どっちを看病する?」
「ばねるりは体調管理をしっかりする子だから、熱とか出さないよ」
欲しい言葉はそれじゃない。本当に、渓介は何も分かっていない。建前でいいから冬美だって言って、それで安心させてほしい。
熱に浮かされていると、アイドルに張り合っている自分が馬鹿みたいに思えてくる。それが怖い。赤羽瑠璃は自分と同じ土俵じゃない、と正気に戻りそうになる。でも、嫌なものは嫌なのだ。
「冬美が早く治るといいね」
子供みたいに渓介が言って、冬美は泣きそうになる。
上手くいっていたと思う。渓介の配慮は、本当に『配慮』だった。自分達の間にある不和の原因が、ゆっくり覆い隠されて見えなくなる。
その代わりに冬美が気を付けなければならないのは、ネットやテレビになった。
『おはようございます。東京グレーテルの赤羽瑠璃です』
朝の情報番組にはまるで似合わない、真っ黒なフリルのドレス。黒猫のような目で赤羽瑠璃が微笑んでいるのを見て、冬美は小さく息を吞んだ。
早く終わってほしい、という冬美の思いとは裏腹に、東京グレーテルは──赤羽瑠璃は、徐々に知名度を上げていった。勿論、地上波にどんどん出るような国民的アイドルになったわけじゃない。これだって、朝五時台だけの、ゲストのお天気リポーターだ。けれど、初めてその存在を知った時より、赤羽瑠璃は明らかに人気が出ていた。地下アイドルから、光の出る場所へ。
その結果、見たくもないのに赤羽瑠璃の姿を見ることが増えた。SNSで赤羽瑠璃の写真がバズることも多くなり、それが冬美を苛立たせた。どの写真のどの映像の赤羽瑠璃も、嫌みなほど黒が似合った。
表立って渓介は瑠璃のメディア進出を喜ばなかった。冬美が気にするからだ。けれど、『めるすけ』は素直に彼女を応援し、瑠璃がメジャーになることを喜んでいた。まるで、この世で一番嬉しいことであるかのように。
早く赤羽瑠璃がメジャーな、国民的アイドルになってほしいと思った。絶対に、渓介では手の届かないように。ライブも握手会もそうそう行けないようになれば、渓介の熱も冷めてくれるかもしれない。……いや、渓介はそんなことで冷めたりしない。自分が応援している推しが輝いていたら、きっと喜ぶ。
赤羽瑠璃がアイドルとしてひたむきに頑張っている限り、冬美は救われたりしないのだ。きっと。
SNSを開くと、過去にバズった投稿が再度バズり直していた。どうやら、ドルオタの彼氏のグッズを勝手に捨てたという投稿がまずバズり、それのカウンターとしてバズったらしかった。人の物を勝手に捨てたことはいけないと思うけれど、正直、気持ちが分かる。許されるなら、冬美だって捨てたい。
バズる度に、推しのいる彼氏が許せない女達の声が集う。世間から後指を指されるくらい不寛容な私達。バズると同時に、私に投げられる石も増えていた。
まこめ 彼氏がアイドル推してたら嫌っていう人、ちょっと歪んでませんか? 彼氏は所有物じゃないし……。この人は芸術とかそういうものを全く理解出来ないのかな? なんでもかんでも女とか男とかでしか見られないの怖いですよ
それを見た瞬間、カッと頬が熱くなるのが分かった。先日投稿した冬美のつぶやきに、知らない誰かがご高説を垂れている。何にも知らないくせに。何にも知らないくせに! プロフィールを覗くと、プレ花嫁の文字が目に入った。こいつはきっと、私とは違う。恋人に愛されて十分な自己肯定感があるから言える綺麗事だ。私はそんな言葉を絶対に許さない。
冬美の思いとは裏腹に、その投稿は段々と伸びてきていた。千人以上が『まこめ』の投稿を回している。否定する人も多いけれど、それよりも断然支持が多い。「そうですよね。勇気づけられます」「恋人との信頼関係が大事」「普通なら恋人の趣味を尊重したいと思うはず」目を覆いたくなる言葉達。
「お前らの寛容さを示す為の踏み台にすんなよ……!」
広がりを示す数字がどんどん大きくなるのに耐えられなくて、冬美はスマホを投げ捨てた。なんだよ、お前らもアイドルの味方なのかよ。顔が良い方を庇うのかよ。
耳鳴りがやまない。息が浅くなる。今日はこれから、渓介に会うのに。
そこでふと、ある可能性に思い至って、めるすけのアカウントに飛んだ。今日も赤羽瑠璃への愛に満ちていて、見るだけで気持ち悪くなる。彼が『いいね』をした投稿一覧を見る。
果たして、そこにはさっき見たばかりの『まこめ』の投稿があった。
渓介は『人生ずっと冬』が冬美である可能性なんて考えていない。だって、めるすけは渓介の中の一番やわい、本音の部分。冬美の一切関われない場所。そこに冬美の居場所はない。考えもしないし想像もしない。
これを見て、冬美がどれだけ傷ついたかなんて。
それから冬美は渓介と久しぶりに酷い喧嘩をした。赤羽瑠璃の存在を知った時以来だ。酷い話かもしれないけれど、渓介が死んでほしいとすら思った。今、ここで。
「結局、渓介は何にも分かってない。だって、私より赤羽瑠璃に会う頻度の方が多いもんね? それって私が付き合ってる意味ある?」
言葉にすると、自分が惨めで仕方なかった。ライブの回数を指折り数え、自分と渓介が会った回数と比べてしまう。不毛な争い。けれど、どう数えたって、赤羽瑠璃の方が渓介と会う頻度が多かった。
「だって、ライブだよ? 個人的に食事とか行ってるわけじゃないし、相手は俺のことほぼほぼ認知すらしてない。良くて熱心なファンくらいなんだぞ。冬美とは全然違う」
「でも頻度が、使ってる時間が違う。私より、赤羽瑠璃の方が──趣味の方が大事なんだもんね?」
どれだけ冬美が嘆いても、渓介はばねるりを推すのをやめない。本音では、それを冬美がニコニコ許すことを望んでいる。本当は、冬美だってそうしたい。赤羽瑠璃に対する嫉妬の念を全部どこかに追いやって、渓介の趣味を応援したい。
もういい、別れる。その言葉が出てきそうになってしまう。もしかすると、冬美は本当にそうすべきなのかもしれなかった。だって、これではお互いに救われない。でも、どうしてもその札が切れない。だって、冬美は赤羽瑠璃に勝てないから。渓介の趣味を邪魔したら、切られるのは自分だから。
こんなことで泣きたくないのに、また涙が溢れてくる。推しに嫉妬して喚き出すメンヘラ。そんなのになりたくないのに。
「……冬美、別れたい?」
ややあって、渓介が静かに尋ねる。咄嗟に、首を横に振った。
「別れたくはない。だって、それ以外に嫌なことなんて一つもないから。渓介とこれからも一緒にいたいと思ってる。こんなんで喧嘩したくない」
「じゃあさ、」
渓介がそこで言葉を切った。
「いっそのこと一緒に暮らす?」
「え?」
「一緒に過ごす時間が問題なら、いっそのこと住んじゃうのはどうかなって。今まできっかけなかったけど、俺は冬美と暮らしたいって思ってたし」
「何それ、ていうか社会人になってからの同棲ってそれなりに重いよ? わかってるの」
「え、でも……正直俺は、冬美と結婚すると思ってたから」
「ほんとに、何言ってんの」
「え、正直そうじゃない?」
突然のことに、上手く反応出来なかった。息が詰まる。
だって、人生の優先度は明らかに赤羽瑠璃の方が高いくせに。赤羽瑠璃と牧野冬美だったら、絶対赤羽瑠璃の方を選ぶのに。それなのに、渓介は冬美との結婚を考えてしまっている。そんな人生でいいの? 一番大事な人と結婚しなくていいの?
渓介の中では、考えもしないことなのだろう。だって、赤羽瑠璃はアイドルだから。今も着々とファンを増やし、みんなの赤羽瑠璃でいようとする彼女だから。
「わかった、一緒に暮らそう。よく考えたら、絶対そっちの方がいいよね。広いところに住めるだろうし」
出てきたのはまるで可愛げのない言葉だった。でも、渓介は嬉しそうに頷く。冬美の可愛げの無さを、ゆっくりと解いていってしまう。
恋人が出来ることを春が来ると呼ぶ。なら、渓介の口から結婚の話が出たことは、冬美にとっての春なのだろうか?
一緒に暮らすとなったらなったで、厄介なことも多かった。冬美と渓介は、共に生活するには結構価値観が違ったのだ。そもそも食べ物の趣味がまるで合わない。好き嫌いが綺麗に分かれているので、献立を考えるのが一苦労だ。
休日の生活リズムも違う。ライブが無い時の渓介は、意識不明になっているんじゃないかと思うくらいよく眠っていた。ドルオタ活動の時のアクティブさが信じられない。
あと、面倒臭がりで何もしたがらない。電球一つ換えるのにも揉めるし、挙げ句の果てには「身長そんなに変わんないんだからそっちが換えてくれてもいいじゃん」とまで言われた。身長が変わらないなら、尚更渓介に換えて欲しかった。同じだけの苦労を肩代わりしてほしかった。
「なんで渓介って煮物に砂糖入れちゃうの? 苦手って言ってるじゃん」
「え、煮物に砂糖は言われてないんだけど。あれって煮豚の時の話だよね」
「煮物も煮豚も同じでしょ。甘い味付け嫌いなんだってば」
「なんで冬美ってこっちがやる気見せたら揚げ足取ってくるの?」
「煮る系統の料理なんだから、甘い煮物も甘い煮豚も両方苦手だって察してよ」
噛み合わない。
「なんで作った後にお腹いっぱいとか言うの? だから夕飯前に食べないでって言ったじゃん。渓介っていっつもそうだよね」
「後で食べるってば。夜中になったらお腹空いてくるし」
「それで食事の時間がバラバラになるのが嫌なんだってば。ていうか揚げ物なのに後で食べられるのがそもそも嫌」
嫌なところばかり見えてくる。
「休日くらいどこか行こうよ。出かけた数少ないじゃん」
「それ、会う回数で揉めてた時と同じレベルだよ。俺は冬美とこうして生活を共にしてて、一緒にいることで仲を育んでるわけで」
「こうして一緒にいるだけじゃ意味ないって! もー……なんなんマジで……」
「俺は冬美の考えが全然わかんないよ」
これって、本当は相性悪いの?
──私の春って、どこにあるの?
まともに付き合ったのが渓介だけだから、冬美には普通の恋人同士がどれだけ相性を乗り越えているのか分からない。これだけ我慢をしてまで一緒にいることが、幸せなのかも分からない。でも、今のところ冬美は渓介と離れたくない。果たして、離れたくないだけで、一緒にいていいものか。
薦められた本がまるで楽しめなくて、冬美は手軽な自傷に走る。スマホを取り出して、検索窓に『赤羽瑠璃』と打ち込む。
赤羽瑠璃のWikipediaを見ると、彼女の個人情報を簡単に知ることが出来る。普通ならこうはいかないけれど、なにしろ彼女はアイドルなのだ。有名になればなるほど、赤羽瑠璃の個人情報が晒され、保存されていく。ここに集積されていく。
赤羽瑠璃の好きな食べ物は、渓介とよく似ている。きっと、二人なら献立で悩むことはない。赤羽瑠璃の為ならなんだってするだろう渓介は、電球だって率先して換えてくれる。並んで歩いた時、赤羽瑠璃の方がきっと映える。もし赤羽瑠璃がアイドルじゃなかったら、二人が自然と出会っていたら、きっと名城渓介と赤羽瑠璃が付き合っていたかもしれない。……赤羽瑠璃のような女が、わざわざ名城渓介を選ぶかは別として。
とはいえ、自分よりも赤羽瑠璃の方が、渓介によく似合っている。
そう思うと、胸が痛くなる。何もかもが敵わない。当の赤羽瑠璃は、自分がこれだけ彼女を嫌っていることも──そもそも自分のことさえ、全く知らずにいる。『めるすけ』に恋人がいるかどうかすら、想像しない。冬美が受け取るはずだった愛の一部を搾取していることを、悟りすらしない。
そのことが悔しくて、悲しくて、冬美は今度こそ渓介と別れようと誓う。渓介が赤羽瑠璃に熱を上げているのを知ってから、何十回と立てた誓いだ。その度に、どうしても出来なくて悔しかった。
渓介から離れられないまま、月日が経っていく。
今の家が手狭だから、もっと広いところに引っ越そうという話になる。将来を見据えての話が出てきてしまう。食べ物の趣味が合わないのに。遥川悠真の本なんか全然好きになれないのに。休日の度に喧嘩して、映画だって一緒に観られないのに。
それでも、冬美と渓介は一緒にいる。生活をしている。
「誕生日欲しいものある?」
付き合い始めて数年が経ち、渓介が不意にそう尋ねてきた。
渓介は今まで冬美にそんなことを尋ねたことがなかった。いつもアイマッサージャーだとか、アレクサだとか、空気清浄機だとか、冬美が一度も欲しがらなかったものを無理矢理押しつけてくるのが常だったし、それは大抵喧嘩の種になった。それなのに、いきなりどうして? と訝しんでしまう。すると渓介は何故か笑って、「いつも怒るのに何で今度は戸惑うんだよ」と言った。その通りだ。
ずっと渓介にはこういう配慮を望んでいた。プレゼントをあげる前に、ちゃんとリサーチしてくれるような。もっと言えば、冬美が何も言わなくても完璧なプレゼントをしてくれるような展開を。今回の渓介は魔法使いではないけれど、出来た恋人ではあった。
本気で悩んだ。色々求めていたはずなのに、いざ尋ねられたら全然出てこない。渓介に貰いたいもの。冬美が本当に欲しいもの。
そして、見つけてしまった。
大好きなサンドオリオンの新作の中で、一番面倒で、冬美に似つかわしくない、ガラスの靴を。
受注生産で限定販売される、真っ白いテディベアだ。
どうしてそれに焦がれたのかは分からない。だが、雪のように美しい毛並みを見て、冬美はなんだか泣きそうになった。欲しい。これが欲しい。飾り気の無い部屋には似合わないし、冬美が持っていてもアンバランス。きっと赤羽瑠璃なんかが持っていた方が映えるだろう、少女趣味の極地。
それでも、あれが欲しい。手縫いで作られるらしいそれは、結構な値段がした。普段の冬美だったら、これでもっと実用的なものを買う。でも、渓介に買ってもらえるなら。プレゼントしてもらえるのなら。
翌日、冬美は殆ど飛び降りるような気持ちで渓介に言った。
「……その、出来たらでいいし、全然期待しないっていうか」
「そんなにかしこまらなくても。俺が手に入れられそうなものなら頑張るからさ」
「でも、実用性無いよ? 渓介なら別のものが良いって言うと思う」
「なんでいきなり実用性の話するの。別に俺、実用性とかより冬美が欲しいもの優先するよ? なんでそんなこと言うの」
渓介の表情が曇る。わかっている。こんなこと言いたくなんかない。渓介がどうという話ではなく、冬美の方が恥ずかしいのだ。実用性が無くて可愛いだけのものを、およそ冬美には似合わないだろうものをねだるのが恥ずかしい。ましてや、拒絶されたり笑われたら耐えられない。だから、予防線を張る。ある意味で、この卑屈な予防線こそが牧野冬美の人生そのものなのだった。
「このテディベアなんだけど……」
「へー、綺麗だね。うわ、たっか。でも分かった。頑張るわ」
果たして、渓介はあっさりと言った。数万円のブランドテディベアを、買うと言ってくれた。
信じられなかった。結婚を考えていると言われた時より、渓介の部屋にあるサンドオリオンのテディベアを見た時の方が心臓が跳ねた。ある! サンドオリオンのテディベアが、ある! 薄く開いたドアの隙間からテディベアを見つけた時、勝手に箱を開けてしまおうかとも思うくらいだった。誕生日までは三週間以上あった。そんなに待てない。今すぐほしい。でも、渓介からもらえないと意味が無い。
あのテディベアさえ貰えれば、きっと冬美は救われるだろう、と思った。あれが、きっと冬美の呪いを全て解いてくれる。本物のガラスの靴だ。似合わないテディベアを、何の役にも立たないテディベアをくれるくらい、渓介は冬美のことが好きなのだ。
あれを貰えたら、冬美はもうそうそう怒らない。渓介しかいないって信じられる。相性が合わなくても、理想の相手じゃなくても、渓介が一番だって言える。ある意味で、テディベアは冬美の落としどころなのだった。あれをくれるなら、渓介とのこれからが幸せだって信じてもいい。
過ごした数年が幸せだったと、ちゃんと言う。
誕生日をこれほど楽しみにしたことはなかった。
当日は渓介の好きなものだけを、冬美の側が作ろうと思った。ケーキだって自分で予約しようと思った。引き取るのだけお願いしてもいい? と笑顔でお願いしよう。
誕生日の十日前辺りから、渓介の様子が少しだけおかしくなった。
「ちょっと良いレストラン予約したからさ、誕生日はそこ行こう」
今まではそんなことがなかったから、ちょっと不思議に思った。渓介も今回の誕生日はちゃんとお祝いしてくれるんだな、と期待した。予約してくれたところはホテルの最上階にあるレストランで、夜景がキラキラ光って、それこそサンドオリオンのドレスのようだった。ここ、もしかして灰羽妃楽姫も来たところじゃなかったっけ。テレビのインタビューでそんな話を聞いた覚えがある。
少し気になったのは、連れだってレストランに向かう渓介が、あの大きな箱を持っていなかったことだ。サンドオリオンの白いテディベアは、それ自体もとても大きい。隠せるはずがない。もしかして、先にレストランに預けてくれたんだろうか?
席に着いてすぐにプレゼントをくれるのかと思ったけれど、食事が普通に始まった。コースが着々と進んでいくのを見て、冬美はプレゼントは最後なのかと少しがっかりした。まるで子供みたいですらある。けれど、そのくらい、楽しみだった。
「冬美、誕生日プレゼントなんだけど」
デザートが来る前に、渓介がそう言った。期待に胸が高まる。じわりと涙すら浮いてくる。渓介の手が、懐に入れられた。
「結婚してください」
渓介が差し出してきたのは指輪だった。
テディベアは?
部屋の中で見た白いテディベアが幻覚だったはずがない。プロポーズに「嬉しい」と答えた声は、まるで他人のようだった。幸せにすると言われた。幸せにしてほしい、とも言われた。言葉が耳に入ってこない。冬美のテディベアは、どこに行ってしまったの?
探すまでもなかった。殆どルーティンとなってしまった『赤羽瑠璃』の検索で、探していたものが見つかった。
赤羽瑠璃が、白いテディベアを持っていた。
サンドオリオンの限定品。
冬美が欲しくてたまらなかったもの。
動悸がした。体温が低くなって、息の仕方が分からなくなる。
直感した。
あれは、私のものだ。
私のものだったはずの、ものだ。
けれど、今やそれは赤羽瑠璃の元にある。
シンデレラの靴がよく似合う、美しきお姫様。名城渓介の人生の中で、牧野冬美よりも大切な女の元に。
人間が一皮剥けば単なる肉塊であるように、アイドルだって舞台で隔てられなければただの女である。
赤羽瑠璃と渓介は、肌を重ねたことはない。二人きりで会ったこともない。瑠璃のプライベートのことなんか、渓介は真の意味では何にも知らない。
けれど、二人は心が繋がってしまっている。──こんな抜け道があっていいだろうか? セックスをしていなくても、二人きりで会っていなくても、これは浮気だ。もしこれが普通の浮気だったら、冬美には怒る権利が与えられただろうに。周りの人間に呆れられることなく、私のテディベアがとられた、と泣けたのに。
相手がアイドルだから、きっとこれは笑い話になってしまう。冬美がどれだけ悲しくて苦しくて本気で怒っているかを、他の誰も理解してはくれない。
渓介を返して、と冬美は痛切に思った。たとえ赤羽瑠璃にとっては都合の良い従順なファンの一人でしかなくても、冬美にはたった一人しかいないパートナーだ。結婚を控えている相手だ。王子様なんか求めてこなかった。どうしてそんな相手すら、あんたのような女が奪うの?
ちゅーじろ よっぽど彼氏のこと好きなんだな。そこはちょっと感動するわ
不意に、そんな言葉を思い出した。冬美の投稿についたコメントの一つだ。そんな軽い言葉で私のことを語るな、と思った。これは愛じゃない。愛はもっと、綺麗で純粋で──渓介から赤羽瑠璃に向けられるようなものだ。冬美にはきっと、与えられないだろうもの。
ファンでもない女が、アイドルへの傷害で逮捕されたら、どんな結末が待っているだろう。
なんだって特定される時代だから、冬美の彼氏が東京グレーテルの古参オタクであることもすぐに知れ渡るに違いない。そうしたらきっと、この感情すら玩具にされてしまう。
東京グレーテルのライブは盛況だった。もう地下アイドルなんて呼べないだろう。少し距離が近い、一角のアイドルだ。当日券を買うのにも並ばなくちゃいけなかったし、それでも大分酷いエリアに通された。ステージが遠くてよく見えない。渓介が新設されたファンクラブに入ってまでアリーナを取るのに固執している理由も分かった。ここでは、赤羽瑠璃は冬美に気づきすらしない。
冬美は朝早くに家を出た。どうしても東京グレーテルのライブチケットを手に入れたかったからだ。何時間並んででも、冬美は赤羽瑠璃に会いに行かなければならなかった。
有名になってもなお、東京グレーテルには握手会の文化があった。規模が拡大された物販で、それなりの値段の握手券を買えば参加出来る。たとえ、東京グレーテルの赤羽瑠璃がまるで好きではない冬美でも。まるで春を売るみたいに。どれだけ綺麗に飾り立てても、冬美にとって赤羽瑠璃の存在は『そういうもの』だ。
赤羽瑠璃に会う。そして、あのテディベアが誰のものだったかを思い知らせてやる。
赤羽瑠璃が軽い気持ちで貢がせた白いテディベアは、冬美にとってのガラスの靴だった。特別なものだ。あれだけが欲しかったのに。
東グレのライブはちゃんと持ち物検査があって、冬美が鞄に入れていた大振りのハサミは入口で回収されてしまった。ちゃんとしている。ただ、たとえそれを奪われても、素手で掴みかかってやろうと思っていた。すぐ止められてもいい。赤羽瑠璃に自分の怒りを思い知らせてやりたかった。
渓介もこの会場に来ているだろう。もし冬美が大切な赤羽瑠璃に手を出したと知ったら、渓介はどう思うだろうか。自分がどれだけ冬美を傷つけていたかを知って反省するだろうか。それとも、赤羽瑠璃の安否が心配でそれどころじゃないだろうか。赤羽瑠璃を傷つけた冬美のことを、渓介は決して赦さないかもしれない。それは正直、かなりウケる。
めるすけ 男って誰もが一度はミニカーを愛する時期がある気がするのに、今は何故か一個も残ってないよね
渓介が少し前にしていたその投稿を覚えている。
赤羽瑠璃がミニカーのようなものであってくれたらいい。いつか必ず飽きるものであってほしい。過ぎれば欠片も残らない、春の嵐であってほしい。
でも、そうではない気がしている。赤羽瑠璃は、渓介にとってあまりに特別なのだ。捨てられるミニカーじゃない。いつまでも大切な、一番。そんな人間と、本当に一緒にいられるだろうか。
「あのー、お姉さん誰のファンですかー?」
後ろにいたファンに声をかけられたのは、その時だった。
声をかけてきたのは、冬美とそう変わらない年齢の女性ファンだった。こう言ってはなんだけれど平凡な顔立ちで、こんなタイプもアイドルにハマるのか、と思ってしまう。
それはそうとして、突然話しかけられたことに戸惑った。咄嗟に冬美は「ば……ばねるりです」と答える。
「あー、やっぱり! いいですよねー、ばねるり。私も最初ばねるりから入りました! ストイックだしビジュも良いし、地頭の良さそうなところが好きなんです! 今は網告ひいろ推しなんですけど!」
それからも女性はぺらぺらと何かをまくしたてていたが、冬美が乗ってこないことを察すると、ありがとうございますと言って引き下がった。冬美もなんだか申し訳無くなり、軽く会釈をする。本当はばねるり推しなんかじゃない。むしろ、彼女を憎んでいる側だ。今から冬美は、赤羽瑠璃を害しに行く。
見渡してみると、辺りには黒いペンライトや公式グッズらしき黒いリボンを巻いた人達が大勢いた。自前で作ったのであろう黒い半被を着た人、赤羽瑠璃と書かれたうちわを持っている人。
女の子のファンは赤羽瑠璃にそっくりな格好をして、目を潤ませながら開演を待っている。会場には、びっくりするくらい赤羽瑠璃のファンがいた。
みんなが赤羽瑠璃に愛を捧げ、代わりにささやかなパフォーマンスを期待していた。ふざけるなよ、と思う。それだけ赤羽瑠璃を愛したところで、赤羽瑠璃は見ていない。何か大きな流れとして、お前らを消費するだけだ。そこに愛なんかない。偽りの春だけがそこにある。
──さぞかしいい気持ちだろう、赤羽瑠璃。これだけ沢山の人に愛されて。お前だけが、愛されて。赤羽瑠璃の他は、誰一人特別じゃない。単なる脇役だ。
冬美の愛する、名城渓介でさえも。
ステージからアイドルまではあまりに遠い。握手会で触れる数秒ですら、近づかない。
それが理解出来て、冬美は小さく笑った。虚しさの混じった、乾いた笑いだった。顧みぬものの為に、自分も渓介も脅かされている。苦しみ、惑い、地獄を見ている。
「……すいません、出ます」
気分が悪くなったので、と言うと、周りはあっさりと道を空けてくれた。良いファンばかりだ。もしかすると、ライブを邪魔されたくないかもしれないが。
八千円もしたチケットを捨てて、会場を出る。
赤羽瑠璃の歌なんか聞いてやらない。パフォーマンスだって見ない。
──お前の『アイドル』なんかで浄化されてたまるかよ。
冬美は赤羽瑠璃を絶対に赦さない。
家に帰ると、渓介がいた。東京グレーテルがライブをやっている時間なのに、めるすけがいた。
「うわ、どこ行ってたんだよ。連絡つかないし」
「……ライブは?」
「え、何? 東グレ? 冬美がいないから行けなかったんじゃんかよ。何も言わずに朝早く出るとかさ……出て行ったんかと思ったわ」
「私がいなくなったのに探さないのかよ」
「でも待ってたじゃん」
不服そうに渓介が言う。そう。その通り。渓介は冬美のことを探しに来てくれない。迎えには来ない。ガラスの靴を渡しに来ない。電球だって替えてくれない。
けど、冬美がいなくなったら、一回分の赤羽瑠璃を諦めて家にいてくれる。二度目は無いだろう。次同じことがあったら、きっと渓介は赤羽瑠璃を選ぶ。でも、今日はこの家にいた。
これを愛とは呼びたくない。愛とは、名城渓介が赤羽瑠璃に捧ぐものだ。それなのに、名城渓介は牧野冬美と結婚する。生活をしていく。ざまあみろ、と冬美は思う。冬美の投げた石は、スポットライトの熱で溶けてしまうだろう。そのくらいが精々だ。
「……馬鹿みたい」
それでも、憎むしかない。愛の紛い物を、やるしかない。きっと名城渓介など知らない赤羽瑠璃に、なけなしの復讐をしてやる為に。春を、それなりの春を、迎える為に。
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