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人口減少下における留学生教育と高度外国人材の育成

佐々木 淳
論説委員
東京大学 教授

研究コミュニティでの若手の減少がしばしば話題となり、実感を伴った重要な課題と認識されている。国立社会保障・人口問題研究所による2017年の将来推計人口(出生率1.44の出生中位仮定)では、約30年後の2053年に9924万人、2065年に8808万人となり、2021年の人口1億2555万人からそれぞれ21%および30%が減少する。就業人口(15歳から64歳の人口)は2053年に5119万人(出生数63万人)、2065年に4529万人(出生数56万人)と推計され、2021年の7436万人からそれぞれ31%および39%の減少である。これは日本が世界に先駆けて経験するチャレンジングな課題であり、高齢者の活用や技術革新を含め様々な適応策が検討されているが、外国人材の受け入れも緩和策の一つとして期待されるものである。

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図 出生中位推計人口
出典:日本の将来推計人口(平成29年推計)結果の概要
(国立社会保障・人口問題研究所・2017年)

政府は2013年の日本再興戦略で高度外国人材の活用を謳い(最短1年で永住権取得等)、2020年留学生30万人受け入れ計画(2019年に達成)等の施策を進めてきている。いかにして優れた高度外国人材を引き寄せるかという点から既存社会への様々な影響まで、多くの課題が指摘されているところである。そこで、大学院留学生教育や研究コミュニティにおける留学生受け入れに関し、個人的見聞から私見を述べたい。

1991年に大学院に進学した筆者の周りには途上国から多くの留学生(主に国費)が英語による大学院プログラムに参加していた。当時は留学生の母国と日本には経済面や研究レベルに大きな格差があり、母国の発展を担うべく優秀で勤勉な学生が集い、その多くは母国に戻って第一線で活躍している。日本における土木分野の成熟を受け、留学生教育を通した途上国援助の側面もあったと考えられる。

それから30年が経ったが、留学生が書く英語論文が国際的なプレゼンスを高め、それがさらに優秀な留学生を引きつける好循環が生まれたことは、英語プログラムの強みとなっている。縮小社会においては分野間の競争も激しくなるが、土木分野の使命として固有の環境や文化をもつ地域の持続性を支える学術分野の担い手を確保する必要があり、国際的なプレゼンスの向上はますます重要である。筆者が主に関わっている土木学会海岸工学委員会ではTaylor & Francisの国際誌Coastal Engineering Journalを編集しているが、2020年のインパクトファクターは3.2を超え、多くの留学生が投稿論文における数・質の両面で貢献している。

留学生受け入れの事務体制も改善が図られ、私が所属する研究科では事務連絡が日英併記で配信されている。しかし、教員が関わる学内の会議や事務対応は日本語が不可欠な現状があり、外国人を常勤教員として受け入れるにはなお高いハードルがある。私見としては英語で完結する方向を目指すより、日本の伝統や文化を尊重しつつ多様性を高める方向として、両言語のスキルを構成員全体として向上させる方向が望ましく、留学生の日本語教育も極めて重要と考えている。

近年の新しい動きとしては、優秀な中国人私費留学生の増加である。トランプ政権の誕生がきっかけの一つであったようだが、彼らの間では欧米に比べた日本の学費や生活費の安さ、生活の快適さ、日本文化への興味や親近感が日本を留学先に選択した理由に挙げられており、また、中国よりも日本の方が大学院入学の難易度が低いことも影響しているようである。彼らは平均的に日本人学生より高い英語力を有し、日本語に堪能な学生も多く、日本人学生と同様に就職活動を行い、正規雇用を得る学生も珍しくない。高技能職の正規雇用は中国より日本の方が容易といった意見も聞く。さらに、日本での研究職を目指して博士課程に進学する学生も増えている印象があり、日本人若手研究者の減少による影響を緩和する効果も期待できそうである。

私が共に学んだ留学生の多くは母国や米国等の第三国で活躍しており、個人的あるいは交流プログラムを通した再会は大きな楽しみであると同時に生涯の学びの機会であり、留学生プログラムの恩恵と感じている。一方、日本に長く残って活躍する留学生は私の周りでは極めて少ない。人口減少下における課題をチャンスと捉え、優秀な留学生が日本に残って活躍することで、多様で寛容な価値観をもつ研究コミュニティが持続的に発展することを期待したい。そのためにはまず、優秀な留学生を引きつけるための国際的なプレゼンスの維持・向上を図ることがますます重要になるものと確信する。

土木学会 第171回 論説・オピニオン(2021年8月版)


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