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【最終話】天国に一番近い教会を目指して(ジョージア)

山の天気は変わりやすい。午後は、空気中の水蒸気が雲になってしまうため、天気が崩れることが多い。そんな、うわっつらの知識しかないまま、僕は標高1700mを越えている、カズベキという小さな村にいた。

途中で、予想外の土砂崩れによる足止めを食らったものの、なんとか着いた村。時刻は16時過ぎ。空を見上げると、雲間には青い空が顔を出していた。雲も色は薄く、雨の心配はなさそうだ。

「これは。」と思い、近くにいたタクシー(?)の運転手のおじさんに声をかけた。(?)とついているのには訳がある。特にタクシーの表記もない4輪駆動車の近くに、おじさんが立っていて、アイコンタクトで「乗るのかい?」と言ってきているからだ。

事前に調べたところによると、ツミンダサメバ教会は村から車で20分ほど上がったところにあるという。タクシーで行くか、歩いていくかの2択。時間も時間なので、ここは出費を覚悟してタクシーで行くことにした。往復で1600円。ジョージアの物価でいうと高い、が仕方がない。写真を撮っている間、30分ほど待機してくれるというので、その車に決めて、山を上がることにした。

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麓の村。基本的に住民と、少数の観光客しかいない静かな場所。ここから標高2100mのツミンダサメバ教会に向けて出発する。

道中は、舗装されていない道や民家の間の裏道、ヘアピンカーブが続く坂道…と、徒歩で行くには少々きつそうな道が続く。

20分ほど経った後、「着いたぞ」と言われ、よいしょと車を降りた。

目の前には、石造のシンプルな教会が丘の上にポツリと立っていた。

ひんやりした風が肌を撫でる。ぶるっと、少し震えた。

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これが、「天国に一番近い教会」といわれるツミンダサメバ教会。

日本から飛行機で16時間。そこから車で4時間。その先に見えた景色。

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周りは5000m級の山々に囲まれ、眼下には先ほどまでいたカズベキ村が見える。壮大な景色に圧倒された。これほどまでに迫力があるのか、心が浮ついた。

まだ5月中旬、山には雪が残り、青い山肌とのコントラストが美しい。

30分ほど写真を撮って、車に戻る。だが、なぜか僕はモヤモヤしていた。

「なんだか、物足りない」

がたがたと車に揺られながら、自分が見た景色を思い返す。

「雲のない姿を見てみたい」

「誰もいない時間に、あの景色を独り占めしたい」

そんな欲が、ふつふつと湧いてきてしまった。こうなった自分はもう止められないことを、自分がよく知っている。

「朝一番でアタックしよう。」

この瞬間、明日の朝のとんでもない早起きが決まったのである。

旅に来ると、だいたい少し夜更かしして街を歩いたり、部屋でダラダラと写真を見返したりするのだが、今回はもうそんなことはしない。前述のカフェに寄った後はそそくさと部屋に戻り、シャワーを浴びてベッドに入った。

夜中、少し肌寒くて目が覚めた。窓を開けると、満点の星空に浮かび上がるカズベキ山が見えた。

「明日は晴れるぞ」

そう確信して、朝4時にセットした目覚ましを再度確認してまた眠りについた。


翌朝。目が覚めて、身支度を整えて、糖分補給用のキットカットをかばんに入れて、ペットボトルに水を詰めて、ホステルを出た。

まだ朝日は山を越えていない、”夜と朝の真ん中”の時間。ここから、約2時間のトレッキングが始まる。まさか、こんなことになると思っていなかったので、足元はドクターマーチン。「絶対に足パンパンになるだろうな」と思いながら、足を踏みだす。

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村を抜け、誰もいない山道をひたすら歩く。標高が2000mあるからか、いつもより息が切れるのが早い。車で登るとすぐだった道が、永遠のように感じる。


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なぜかついてきた、ワンちゃん。村の外れから、ずっと一緒に歩いてくれた。たまに「きついよな」と話しかける。この子がいたから、道中は少し気が楽だった。

1時間ほど歩くと、1台の車が自分を追い越す。

「くそ、やられた」自分より早く行く人がいることに焦りを感じるとともに、ヒッチハイクで乗せて貰えばよかった…などの邪な感情が芽生える。それでも、ただひたすらにワンちゃんと歩く。

すると程なくして、自分を追い越していった車がUターンして戻ってきた。あまりの早さに驚いたものの、これでまた自分が一番乗りになれることに嬉しくなって、足取りが少し軽くなった。

しかし、すぐにUターンをしてきた意味がわかった。

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土砂崩れが起き、道を塞いでいたのだ。(それを見つめるワンちゃん)

「歩いてきてよかった…」

結果オーライだった。その後は、いつどこで土砂崩れが起きるかわからないので、なるべく斜面から離れたところを歩いた。GoogleMapが親切にサジェストしてくれていたトレッキングルートは、溶けかけた雪で凍っていて、僕のドクターマーチンで歩くのには心許なかったので、そのまま遠回りして車道を歩き続けた。

村を出発してから約2時間後、最後のヘアピンカーブを曲がり、後もう少し。

ヘトヘトになっているはずなのに、目の前の景色を見たら、そんな疲れはびゅーーんとどこかへ飛んでいった。

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そこにあったのは、言葉通り、息を呑むような景色だった。

朝の少しツンとした空気の中、無音のショーが始まる。山の間から覗く朝日、照らされる山肌、教会、丘陵。朝を迎えたツミンダサメバ教会は、数秒ごとに表情を変えていく。

その景色は、時間は、本当に荘厳で、尊くて。この目にしっかりと焼き付けておきたい、そう強く思った。

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『天国に一番近い教会』

その言葉の意味が、わかった気がした。

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誰もいない丘陵に、静かな時間が流れる。修道士たちが教会に入っていくのが見え、こうしてこの場所の1日が始まっていく。


日本から約8000km。日本人が年間5000人しか訪れない国、ジョージア。

そこに、こんなにも心を震わせてくれる景色があるなんて思ってもみなかった。

目の前に広がる、壮大な自然の大パノラマに心を奪われてしまった。

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その景色は、写真だけでは伝えられないくらい、張り詰めていて、綺麗で、厳かだった。

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頂上で1時間ほど過ごして、下山のとき。

僕の目は、ここでみた景色の色を、温度を、空気をどこまで映せているんだろう。そしてそれをどれだけ鮮明に残しておけるんだろう。

何度も、何度も振り返った。目の前のものを何も見逃したくなかったーーーー。


下山中の道は、行きには気づかなかったものがたくさんあって、それも楽しかった。

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民家の間には、小さな子どもたちがいて、自分にとっては”非日常”の場所に”日常”があることを改めて実感する。

長い長いトレッキングを終えてホステルへ戻ると、もうチェックアウトの30分前になっていた。「朝ごはん食べられなかったな…」そう思いつつ身支度を整えて、小さな受付へ向かう。すると、宿主のおばさんが僕にこう言った。

「あなた、ご飯は食べたの?」

「いや、トレッキングに行ってて食べてないんだ」そう答えると、

「だと思って、残しておいたの」といって、キッチンに案内してくれた。

「オレンジジュースでいい?」と、僕がサンキューと言い終える前に、おばさんはコップを持ってきてくれた。

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朝っぱらから4時間のトレッキングをしたあとに、このご飯は沁みるし、なんといっても”あたたかさ”で溢れていた。

とっても1人じゃ食べきれない量に驚きつつも、このおもてなしをありがたく受け取った。食べ終わって、「サンキュー!」というと、キッチンの奥の部屋から「どういたしましてー!」と声が聞こえた。そのまま、

「チェックアウトは?」と聞くと、

「大丈夫よ!気をつけていってらっしゃい!」と、そう答えられた。

そのまま顔を見ないまま、ホステルを後にする。このゆるさも、またジョージアらしさなのか、なんなのか。でも、心のどこかに居心地の良さを感じている自分がいた。


自分が1ヶ月前までは知らなかった国。そんな国に、いま、僕は訪れている。

そこで、自分の心が大きく震える景色に出会った。これだから、旅は面白い。


「今までで一番良かった国はどこ?」

訪れた国が30ヶ国を超えた今、そういった質問をしてもらうことが増えた。

そんなとき、決まって僕はこう答える。

「間違いなく、ジョージアだと思う」

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【終】

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