第三章 行くぜ!青春ウラ街道 今日から俺がキャプテンだ(前編)
この物語はフィクションです。登場する団体、名称、人物等は実在のものとは関係ありません。
赤線とはー
性風俗の混乱を恐れた国が慰安所として許可を出した特殊飲食店街。半ば公認で売春が行われ、警察の地図に赤い線で囲ったため、赤線と呼ばれた。ー
―特急「つばめ」 浜松・名古屋―
大阪行きの下り特急「つばめ」が横浜駅のホームをゆっくりと滑り出した。いよいよ実行に移すのだ。浜やんたちは京都までの切符を買い、ボックス席に向かい合って座った。京都には夕方の四時過ぎに着く。京都から京阪本線に乗り換え、橋本という街の赤線街に向かうのだ。
浜やんは船乗り時代、仲間に連れられ一度だけ橋本の赤線街に行ったことがある。その時聞いた話では関西の粋人が京阪神を避けこっそり通うという〝隠れ宿〟的な赤線だ、ということだった。確かに店も娼婦もどことなく品があり、彼は好印象を持っていた。
勝手知ったる横浜の永真カフェ街のように橋本の赤線街を熟知している訳ではなかった。それでも橋本にしたのは、なんとなく金がありそうな店が並んでいたからだ。狙うには格好の色里だ。
浜やんの隣に座っているマリは前の晩、寝るのが遅かったせいか、眠そうな目をこすりながら車窓を眺めている。ちか子は駄菓子を袋から開けて、ポリポリかじっていた。
ちか子の隣で、がっしりとした体つきの男がうまそうにタバコをふかしていた。太い眉に目も鼻も全てが大づくりで、いかつい顔だ。グッと睨みつけられたら思わず足がすくんでしまいそうな雰囲気だ。
新たに仲間に加わった〝救助船〟長持虎之介である。
浜やんはマリたちに計画を打ち明ける前からもう一人のパートナーは虎之介に決めていた。彼も浜やんと同じ船員だった。
彼はあまりにも喧嘩っ早く、ある時、ふ頭で他の船の乗組員と大立ち回りを演じ、相手を二、三人海に投げ込んでしまったことからクビを宣告されていた。その事件以来、虎之介はぶらぶらして遊んでいたのだ。
〝救助船〟には打ってつけの男である。
出発する数日前―浜やんは藤沢にある虎之介のアパートに行き、マリたちを紹介しながら計画を打ち明けた。虎之介は仲間に加わることを二つ返事でオッケーした。
「浜よ、おめえ面白いこと考えるじゃねえか。よぉし乗ったぜ、その計画に。かまわねえから次々乗り込んでよぉ、銭、引っ張るだけ引っ張っちゃおうぜ。俺、いい加減今の暮らしに飽きていたんだ」
「おう頼むよ。これが出来るのはおめえしかいねぇんだ」
「任せておけよ。がっぽり稼いでやるから」
「その代わりって言っちゃなんだけど、女のコたちには優しくしてくれよ。大切な仲間だからな」
「わかってるよ、心配するな」
「仁義は守れよ。〝やくざのインターン〟なんだから」
虎之介は船員を辞めたらやくざ稼業に就きたいと以前から話していた。彼にはそれがいちばん似合っていた。
船に乗っても降りてもいつも喧嘩ばかり。やくざの見習いをしているようなもので、浜やんは虎之介のことを〝やくざのインターン〟と呼んで冷やかしていた。
二人は何かとウマが合った。他の奴らのいうことなど聞かない虎之介も、男気のある浜やんには一目置いていた。だからこの計画を思い立った時、虎之介と組むことを真っ先に考えたのだ。その虎之介がマリたちを助ける〝救助船〟として仲間に加わった。
浜やんにとっては最強の助っ人だ。
―これで揃った。後は実行に移すだけだ。
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―特急「つばめ」 浜松・名古屋―(後編)
参考文献
兼松佐知子(昭和62年)『閉じられた履歴書 新宿・性を売る女達の30年』朝日新聞社
木村聡(写真・文)(平成10年)『赤線跡を歩く 消えゆく夢の街を訪ねて』 自由国民社
木村聡(写真・文)(平成14年)『赤線跡を歩く 続・消えゆく夢の街を訪ねて2』自由国民社
澤地 久枝(昭和55年)『ぬくもりのある旅』文藝春秋
清水一行(平成8年)『赤線物語』 角川書店
新吉原女子保健組合(編)・関根弘(編)(昭和48年)『明るい谷間 赤線従業婦の手記 復刻版』土曜美術社
菅原幸助(昭和62年)『CHINA TOWN変貌する横浜中華街』株式会社洋泉社
『旅行の手帖(No・20)』(昭和30年5月号) 自由国民社
※近代庶民生活誌14 色街・遊郭(パート2)南 博 三一書房(平成5年6月)
名古屋市中村区制十五周年記念協賛会(編)(昭和28年)『中村区市』(名古屋市)中村区制十五周年記念協賛会
日本国有鉄道監修『時刻表(昭和30年)』日本交通公社
日本遊覧社(編)・渡辺豪(編) (昭和5年)『全国遊郭案内』日本遊覧社
広岡敬一(写真・文)(平成13年)『昭和色街美人帖』自由国民社
※戦後・性風俗年表(昭和20年~昭和33年)
毎日新聞出版平成史編集室(平成元年)『昭和史全記録』 毎日新聞社
松川二郎(昭和4年)『全国花街めぐり』誠文堂
森崎和江(平成28年)『からゆきさん 異国に売られた少女たち』朝日新聞出版
山崎朋子(平成20年)『サンダカン八番娼館』文藝春秋
吉見周子(昭和59年)『売娼の社会史』雄山閣出版
渡辺寛(昭和30年)『全国女性街ガイド』 季節風書店
大矢雅弘(平成30年)『「からゆきさん=海外売春婦」像を打ち消す〈https://webronza.asahi.com/national/articles/2018041300006.html〉令和2年12月14日アクセス 朝日新聞デジタル
※参考文献の他に物語の舞台となっている地などで、話を聞いた情報も入れています。取材にご協力いただいた皆様に感謝いたします。ありがとうございました。
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