「椅子」が生まれやすい部署・職種の特徴①【椅子理論の復習編】
Xの世界で有名なマーケット分析・労働経済学の大家の一人にShenさんと言う方がいる。
https://twitter.com/shenmacro
マーケット業務に携わる身として、この方の発信は非常に参考になるため、定期的に確認している。各種チャートとそこから得られる示唆を解説してくれていて非常にタメになる。
実際、マーケット関連の業務に携わっている若手の多くは、一度はShenさんの発信を参考に、マーケット情報を同僚に語ったことがあるのではないか。
マーケットの分析と同時にこの方は労働経済学の大家であり、日本や世界の労働市場の在り方に関しても非常に参考になる発信をされていて、最近ではこちらの方が有名になってきた印象がある。
特に最近有名になったのが椅子理論である。
椅子理論に関する発信をいくつか見つけたので、そちらをいくつか引用させていただきたい。
上記の通り、いくつかの発信を引用させていただいた。
上記では、拾い切れていないが、他にも記憶にあるものも含めて筆者なりにShenさんの労働経済学を以下の通りにまとめさせていただいた。
1.年収は個人の能力や実務能力以上に、どこの業界・どの職種に従事しているかで決まる
(例):総合商社や外資系企業の年収が良いのは、そこで働く個人の生産性が高いこともあるが、それ以上にその業界・企業のビジネスモデルが優れており、労働者はその恩恵に預かることが出来るから。同じ職種、例えば経理職であれば、業界全体での平均年収が低い飲食業よりもガス等のインフラ業界で経理職をやる方が同じ業務内容でも給与が大きく異なる等
2.ある業界や職種が生み出す価値、収益率はそのポジショニングや扱うプロダクトによって最初から決まっている。そこのポジションに就いた労働者の努力によって大きく変わるものではない
3.個人を労働者(被用者)として考えた際には、そこには人格は存在せず、組織から見たときにはあくまで交換可能なネジの一つに過ぎない。そのため採用するなら本来は誰でも良いのだが、訓練費用の観点で考えたときのコストは各労働者によって異なるので、なるべく訓練費用が少ない労働者を雇いたい
(例):新卒採用において本来採用するのは誰でも良いが、MARCHの学生と比較して東大の学生の方が訓練費用が少ない可能性が高いので、東大の学生を優先的に採用する等
4.次に労働者の観点から見た際に、そのような椅子の存在を巡る争いは、ゼロサムゲームである。そのため労働者は訓練費用の少なさをアピールするための材料として、学歴や資格を取得する
(例):労働者としては自分自身の訓練費用の少なさをアピールする客観的な材料が少ないので、少しでも他の労働者と比較して差別化するために東大や京大と言った学歴や弁護士、公認会計士等の資格をアピールする等
5.労働者の価値は絶対的なものではなく、相対的なものである。
個人が持つスキルや技能が有する希少価値はその人が属する集団によって決まってくるものであり、その労働者自身が決めるものではない
(例):英語が出来る帰国子女は外資系の企業に行くと、周囲も同様に英語が出来るため、差別化することが出来ない一方で、周囲が理系院卒ばかりで英語が出来ないものが集まるJTCに行けば、その希少性がゆえに重宝される等
6.学歴や資格は、労働者から見た際には一種の要塞のようなものである。直球勝負であれば、本来勝てない相手に勝つために、その相手が別のことをしている間に、要塞の建築を始めることで、いざ戦が始まった際に有利に勝負を進めることが出来る
(例):まともに戦うと地頭が悪い学生が良い学生に勝つことは難しいので、後者が遊んでいる学生時代に公認会計士や弁護士資格を取得し、労働市場において差別化を図る等
7.労働者が企業に対して提供できる価値は、その時々の労働の価値と労働期間の積によって決まる。つまり、その時々のパフォーマンスが高く、長く在籍している労働者に対して企業は報いるインセンティブがある
(例):転職市場においては、転職回数が多く、自社にも長く在籍してくれなさそうなジョブホッパーは忌避される傾向にある。それはその企業に長期に亘って活躍してくれるイメージがつかないからである。
また依然として日本企業においては、新卒で入社したプロパーが優遇され、年功序列で給料が上がる傾向にある。それは、プロパーの方が今後も企業に長く貢献してくれる蓋然性が高く、また在籍年数が長い社員はその期間の分だけ企業に貢献してくれた実績があるので、その対価として給料を引き上げるインセンティブが企業側にある等
8.ある職種で稼げる人数は、その職種に固有のものであるため(=その椅子が養うことが出来る人数は、その椅子の特性によって最初から決まっている)適切な方向で訓練を積まないといくら頑張っても稼げるようにならない
(例):音楽と勉強の才能を比較したときに、本来的な両者の価値は同じであるにも関わらず、勉強の方が将来的い稼げる椅子の数が多い。音楽の才能があったとしてもその世界で食っていけるプレイヤーの数は限定的であり、一部のスーパースター以外は食い扶持に困ることになる。つまり2人しか養えない椅子ではなく、1000人養うことが出来る椅子を目指すことで、労働者はより少ない訓練によって高給を得ることが出来る等
9.情報網の発達により、世の中には誰でも就けるような「おいしい」椅子は存在せず、もし一見「おいしい」椅子が存在するように見えるのであれば、その椅子にはその長所を毀損するだけのデメリットがある。つまり裁定利益の機会は少なくなってきている
(例):無能な人材が優れたポジションにある場合、その職種はひたすらブルシット・ジョブの連続であったり、業務が極端につまらない等のデメリットがある。やりがいの無さと引き換えにその労働者はおいしいポジションを享受していることになる等
以上が筆者が理解している椅子理論である。
まとめると
・個人の年収はその個人の能力だけでは決まらないので、稼ぎたいなら業界選びを慎重に行うべき
・そしてそのような業界の椅子を巡る争いは、ゼロサムゲームなので、労働者はそのために学歴や資格、更には実務経験を積むべき
・自分の技能が希少価値を生むような業界や職種を選択するすべき。何故ならその労働者の価値は絶対的なものではなく相対的なものであるから
椅子理論を復習した上で、今度はShenさんの理論を援用し、特権的な地位が生じやすい椅子の性質を考えていきたい。
ここでは、下記の条件を満たす職種を「特権的な椅子」と定義することにする。
①大したパフォーマンスを上げていなくても評価される
②労働負荷が高くない
③その特権的な地位が長年に亘って維持される
④他の労働者との競争が激しくない
長年、労働者やポジションを見てきて思うのは、仕事のパフォーマンスと言うのは受験勉強や資格と違って明確に可視化されることは無く、労働者の価値は客観的なものではないにも関わらず、その待遇には大きな差があるという事である。そして上記で挙げたような特権的な待遇と言うのは、割と共通した特性を有するという事である。
次の記事では、どのような特性を満たした際に、労働市場において特権的な地位が生まれるのか、そちらを考えていきたい。