見出し画像

赤坂見附ブルーマンデー 第12話:ぜんぜんなってない!

 大手ハードメーカーのブースでは、総勢百名近くのコンパニオンが稼働する。ザ・ゲームショーのような一般客向けのイベントにおいて、コンパニオンはそのブースの「顔」であり、華やかさと女性ならではの魅力も含めて、いかに客を集められるかが重要になる。

 ここで重要視されるコンパニオンの能力とは、はっきり言ってしまえば「容姿」である。そのため、女性であれば誰でもよい、というわけにはいかない。

 ザ・ゲームショーのような華やかさが求められる現場であればあるほど、コンパニオンの採用ハードルは高く、オーディションで合格したものだけがそのポジションを手に入れることができる。

 コンパニオンの世界にも格付けがあり、はっきり言って競争が熾烈な、えげつない世界である。若さと美貌、スタイル、性的魅力に溢れている者が、上に立つことができるのであり、キャリアの長さは関係がない。ベテランであればあるほど、むしろ賞味期限が過ぎた者と判断されてしまうのだ。

 コンパニオンの女たちはクライアント含め、さまざまな関係者からチヤホヤされるので、自分がモデルやタレントにでもなったかのように勘違いしている者も多い。実際にアイドルやモデルを目指していて、そのつなぎとしてバイト感覚で働いている者もいるし、医者や弁護士といった金持ちの娘の中でも、一般的な仕事や会社に順応できないような浮世離れした人間が小遣い稼ぎ程度の気持ちでやっていたりもする。

 もちろん、それがコンパニオンの全部ということではない。

 ただ、そんな世界だからこそ、自己主張が強めな女性が多く、厄介なのである。とりわけ、現場においてリーダーシップを発揮したがる者は、他のコンパニオンの声をすべて代弁するという、変な正義感を振りかざしたりする。

 オレたちのようなスタッフは、そんな彼女たちに、いかに機嫌よく、楽しく仕事をしてもらうか、そのための環境作りや、現場における配慮というものが必要とされるのである。

 コンパニオンを扱うということには、彼女たちの気持ちを先回りできるサービス精神が求められるわけで、当然、オレのようなホスピタリティ精神に欠けている人間には難解極まりなく、本来であれば、オレがやるべきような仕事ではないのだ。

 現場の雰囲気が、初日からピリついた緊張感にあった。そのことは、鈍感なオレでもさすがに感じ取れていた。だが、それがどんな理由によるものか、オレにはまるで分っていなかった。
 
 コンパニオン管理について、あらかじめ高山さなえからもアドバイスをもらっていたにも関わらず、オレはいつもの現場と同じ感覚でこなそうとしていた。

 原因は、やはりオレだった。
 
 その日のブース運営が終了する間際、とうとう一人の女がたまりかねて、オレに直接切り出してきた。その女は、やたらと現場を仕切りたがるリーダークラスの人間で、山口希虹といった。希虹と書いて「ノア」と呼ぶ、嘘みたいな名前だったが、芸名のようなものであろう。
 
 喫煙所で休憩していた時だった。

「ちょっとお話があります」

 突然、背後から話しかけられたオレは驚いて、思わず怪訝な顔で振り返った。
 
 コスチュームの上に毛皮のロングコートを羽織った山口希虹がそこに立っていて、露骨なまでに不機嫌な表情で、話があるから今すぐブース裏まで来てくれと言う。

 まだ二十代前半で、オレからすれば小娘といった感じではあるが、オレは吸っていた煙草の火をもみ消すと、「わかりました」と素直についていく。
 
 ブース裏には、着替えの終わったコンパニオンが数名いて、山口希虹とオレがやってくると、一斉にこちらに視線を浴びせてくる。そこにいる全員が、何かを訴えかけるような目でオレを見てくる。集団リンチでもされるのだろうか。一瞬、そんなことが頭をよぎった。それくらい、彼女たちが放っている空気は凍り付いていた。

「中谷さん、あなたサティスファクションの社員だよね」
 
 オレはブース裏通路の壁を背にして、山口希虹を中心としたコンパニオン数名に取り囲まれるという状態になった。ブース周辺で片付けをしていたスタッフたちが、何が起きているのだろうという目でこちらを見てくる。

「そうですが、それが何か」

「あんた、忍さんの部下?」

「いえ、宮戸さんチームです」

「宮戸君か。だからか」
 
 山口希虹は舌打ちしながら言い放つ。
 
 そうか、この女が、忍さんの息がかかったコンパニオンか。高山さなえにインプットされていたことをすっかり忘れていた。

「忍一派のコンパニオンには注意してくださいね。何かやらかすと、すぐに忍さんの耳に入ってしまうから」
 
 現場に入る直前、高山さなえがオレにそう教えてくれていたのだ。

「忍さんが囲んでいる女たち。彼女たちは忍さんの現場で鍛えられているから、そこらのコンパニオンとは違うんです。何なら運営ディレクターだってできちゃうくらい、現場の仕切りにはうるさいから、赤点つけられないように気をつけてください」
 
 そのリーダー格の女が、山口希虹という名だったことを、今さらながら思い出した。

「あんたのコンパニオン管理、まるでなってない」
 
 山口希虹にいきなりそう言い放たれる。

「今日の現場の空気、ほんと最悪よ。あんた、それに気付いてないわけじゃないよね?」

「まあ、なんとなくピリついているのはわかっていました」

「全部、クソみたいな仕切りのせいよ。初めてみたいだから、ちょっと甘めに見ていただけど、これがあと四日続くのは耐えきれない」
 
 オレは何も言い返せず黙ってしまう。

「まず、女の子たちのシフト管理がぜんぜんなってない。シフト表作ったのあんた?」
 
 オレは黙って頷く。

「適当すぎだよ。おかげであたしが全部作り直した。下手したら休憩まわってこない子が出たかもしれないんだよ。それに、あんたはブース片隅でほげえっと見てるだけ」

「頑張っている女の子たちに何の声もかけない。休憩時間も気にしない。一体、何を管理しているの?」
 
 山口希虹らに次から次へと指摘を受け、オレは今日一日の自分の動きを振り返る。

「確かに、すみません。他の仕事もあって、気がまわっていませんでした」

「気がまわってないどころじゃねえよ」
 
 別の女が、横から口を挟んできた。化粧がきつめで、いかにも性格がねじ曲がっているのだろうという顔をしている。

「休憩室のケータリングだって、セットされていなかっただろ。なんでアタシがADに指示して準備させてんだよ。そこも含めてあんたの仕事だろう」

「靴擦れ起こした時のバンドエイドもなかった。綾ちゃんが事務所のマネージャーに言って買ってこさせたけど」
 
 また別の女が口を挟む。もう、さんざんの言われようである。

「宮戸チームってさ、女の子扱う現場、本当に下手な連中ばかりなんだよね。その中でもあんた歴代ナンバーワンに入るよ」
 
 山口希虹がそう言うと、他の女らは手を叩いて笑い出した。
 
 この屈辱感。いつまで耐え忍ばなければならないのだろうか。

「宮戸さんチームは関係ありません。すべて自分の不手際なので。明日から気をつけます」
 
 オレはチームの悪口を言われむっとなり、思わず反論した。

「本当に頼みますよー、アタシだったこんなこと本当は言いたくないんですー」
 
 山口希虹は急にわざとらしく、作ったような猫なで声で言う。その話し方で、また周囲に笑いが起きる。

「明日以降もこんな感じだったら、忍さんに言って、担当変えてもらいますからねー」
 
 やはり忍さんか。この女は自分のひと声で、いくらでもオレをクビにできると宣言している。私にはそんな力があるとでも言わんばかりに、そのことを、周囲の女たちに誇示している。だが、オレは何も言い返さなかった。すべては穏便に済ませなければならない。
 
 なんとかその場はおさまり、ひとまず解散というところだった。
黒いスーツ姿で、見た目にはしっかりとした社会人らしき姿の女が、去ろうとしていた山口希虹らの方にやってきて、山口希虹たちを呼び止める。

「あ、茜さん! どうしたんですか?」
 
 山口希虹の声色が、オレに対するものとまるで違っていた。どうやら事務所のマネージャーのようだ。

「今さっき、忍さんから連絡あったよ。あんたたち、宿泊組でしょう? これから飲みに来いだって」

「うそ、やったあ」
 
 コンパニオンの女たちは、急に声色を変えて、テンション高く飛び上がある。このわざとらしい反応は一体なんなのか。オレは呆れるようにして彼女たちの言動を眺めていた。
 
 そう、この女たちは忍さんの息がかかったコアメンバーのため、イベント会場である幕張メッセ周辺のホテルでの宿泊が付いている。他の数多のコンパニオンは、その日のうちに帰り、また朝早く海浜幕張までやって来なくてはならないというのに、山口希虹たちへの待遇は特別なものだった。

「茜さんは来るの?」

「いや、私は泊まれないから、今日はパス」

「えー、茜さん来ないのやだよ。そうだ、タクシーで帰ればいいじゃん」

「何言ってるの。私の自宅、中目だよ。いくらかかると思ってるの」

「大丈夫、ここにいる中谷さんが何とかしてくれる」
 
 一体何のやり取りだと聞いていたが、まさかのオレに話が振られてきた。
山口希虹は、オレに微笑みかけてきて、大丈夫でしょう?と訴えるような目で見てくる。

「え、どういうこと?」
 
 マネージャーが目をぱちくりさせている。

「うん、だってこの方サティスファクションの社員で、現場を仕切ってくれている方だから。茜さんのタクシー代精算してくれるって」

「いや、ちょっと」
 
 オレは思わず声をあげる。オレにそんな権限があるわけないだろう。

「うそ、やったー。なら私も参加するよ。忍さんにも言っておく」
 
 女たちの勢いに飲み込まれ、そんな感じで話は進んでしまった。

「中谷さん、あとで領収書お渡ししますね」
 
 そう言ってマネージャーは、オレの方に向かって深々とお辞儀をする。山口希虹も一緒になって頭を下げる。山口希虹とマネージャーが、してやったりと、互いにウインクを送り合っていた。

 その女たちの腹黒さに、ふつふつと怒りがこみあげてくる。

続く

最初から読むなら

#お仕事小説部門

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?