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小説|腐った祝祭 第一章 38

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 サトルは昼から一人で出かけ、本を買ってすぐに戻ってきた。
 ナオミは出かけている。
 帰宅予定は午後4時だ。
 執務室でクラウルに買ってきた雑誌を見せる。
「どう思う?」
 それにはまたサトルの写真が掲載されていた。
 本国の外務大臣を空港で迎えた時の写真だ。
 大臣一家とサトルが向かい合って微笑みあっている写真と、大臣の娘とサトルが話をしているツーショットの写真。もう一つは何処かのパーティーで、ナオミと手をつないでいる写真だった。
「そうでございますね」
 クラウルは苦々しい様子でその記事を読んでいた。
 内容はいつも通りのくだらないものだが、いつも以上に事実ではないことも書かれていた。
 大臣の娘とナオミと、二人のうちどちらが本物の婚約者か?というような話だ。『その筋』の証言によると、大臣の娘と在ルル大使の縁談は粛々と進められているらしい。
 それでは最近巷の噂になっている謎の美女レイディー・ナオミはいったい何者だろうか?
 気の多い大使を守護するため、本国から送り込まれた結婚までの虫除けか?
「ナオミがこれを読んだ可能性は高い。あの日、セアラが出かけるのを警備員が見てる。彼女が買ってきてやったんだろう」
「正式に抗議いたしましょう。裁判になるようでしたら私だって」
「裁判にはならないよ。彼らはすぐに謝ってくれるだろう。そして小さな謝罪広告が紙面の目立たない隅っこに載せられて終わるんだ。噂だけは残る。裁判を起こせば、更に大きな噂だけが残る」
「しかし、このままでは腹の虫が納まりません」
「押しかけるかな」
「それは……」
「でも、私が出版社に乗り込んだだけでは話は収まらない。直接文句を言ったって、やっぱり謝罪文が出て終わりだ。そして私が喚き散らしたことが新しい記事になる」
「そうです。そんな事はおやめになってください。抗議なら弁護士を通して」
「でも、それも面白くないな」
「閣下。面白いとか面白くないとか言う話ではありませんよ」
「判ったよ。じゃあ、弁護士に頼んで正式な抗議だけしておいてくれ」
「何をお考えで?」
「なにが?」
「何かなされようとしてらっしゃる。判りますよ。そういうお顔だ。長いお付き合いなのですからね」
 サトルは笑った。
 笑ってクラウルに手を伸ばす。
 クラウルは雑誌を返してくれる。
 サトルはそれを机の引き出しにしまった。
「ナオミを煩わすことなしない。そんなのは私もゴメンだよ。だから心配するな。弁護士の方は頼んだよ」
クラウルは不安げに「承知しました」と答えた。

 その後、その雑誌にはやはり小さな謝罪広告が掲載された。
 謝罪の意味を込めて出版社から雑誌本体が送られてきた。
 しかしそれには、謝罪とは別のサトルの記事も掲載されていた。
 こちらには大きなスペースを割いてあった。
 クラウルは苦笑いしながらそれを読んだ。
「しかし、これはどうされたんですか?」
 サトルは笑う。
「出版社に乗り込んだ。ずいぶん驚いていた」
「当たり前です。現役在ルル大使がそんな暴挙に出るとは、普通思いませんよ」
「彼らは意外に私の話を神妙に聞いてくれたよ。その写真も彼らがストックしていた中から私が選んだんだ」
 クラウルは紙面に目を戻す。
 そこには黒い金魚姿のナオミとサトルの仲睦まじい様子の大きな写真がある。
 サトルの写り具合はいまいちだが、ナオミは素晴らしく美しかった。
 隅の方にはアーサー卿と有名建築家コールマン氏も特別出演してくれている。
「いい写真だろう?」
「ええ。確かに」
 記事の内容は、珍しく真実しか書かれていなかった。
 サトルの婚約者が謎の美女ナオミであること。
 一人旅でルルを訪れたナオミに、一目惚れしたサトルがアタックしたこと。
 彼女はなかなかの強敵で、あのサトルでさえ振り回されしまったこと。
 そして今でも振り回されていること。
 おまけとして、一時噂に上がった大臣の娘への電話取材の内容も載っていた。

縁談?そんなものは進んでいません。そもそも、そんなお話はこちらから持ち出したこともないし、あちらから持ち出されたこともございません。ご婚約された?そうですか。おめでとうございます。と、一応申しておきましょうか。だって私、大使のことはよく知らないんです。一度お目にかかったことがあるくらいで。

「彼らの前で直接彼女に電話をかけたんだ。場所を突き止めるのに少し時間がかかったけど、彼らはコーヒーまで出して付き合ってくれたよ。あまり美味しくなかったが」
「それで、ご息女とお話を?」
「ああ。事情を説明してね。前回載った『その筋』っていうのはどうも彼女の『知人』だったみたいだけど、深く聞くことはしなかった。彼女はよく協力してくれた」
 クラウルは弱り顔で雑誌を閉じ、サトルの机に置いた。
「まあ、これを読めばナオミ様も少しは気が楽になるでしょうが、読まれるでしょうか?」
「読むよ。きっとセアラが読んでくれるさ。私が絡んでるなんて言うなよ?私が弁解したり、説明したりするんじゃ効力はない。こういうのは他人から聞いた方が信用できるんだから。本人が説明するより、こんな品のない雑誌の言うことを、時々女は信用してしまうものだからね。ま、女とは限らないか」
「とにかく私は、ナオミ様が元気を取り戻してくだされば、それでいいです」
「二、三日すれば、きっとそうなるよ」
 サトルのもくろみはあたった。
 それから三日後、午後4時に帰宅したナオミは、サトルを見て優しく微笑んでくれた。
 現金なまでに完全回復、とまでは行かなかったが、それまでのかげりは薄れていた。
 困ったものだ。
 いつの間にゴシップ記事に生活を左右されるような女になってしまったんだろうね。

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