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小説|腐った祝祭 第ニ章 9

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 中にいたリックがドアを開けてくれた。
「度々すまないね」
「いいえ、そんなことは。どうなさいましたか?」
 椅子に座っていたもう一人も慌てて立ち上がった。
「うん。もう一度映像を確認したくて。いいかい?」
「はい、どうぞ」
 リックはサトルを部屋に招き入れ、ドアを閉めた。
 サトルは窓に向けて設置されているカウンターテーブルを見る。
 テーブルのすぐ上にモニター画面が五つ横に並んでいた。
 昼間の確認では奥の部屋を使った。
「このモニターでも、過去の映像を確認できるのかい?」
「はい。できます。一番左は予備でして、ライブとレコーダーとの切り替えは簡単にできます」
「そうか。これを使ってもいいかい?」
「はい、どうぞ」
 リックは椅子を引いて、サトルを座らせた。
「ナオミ様の部屋の前の廊下でよろしいですか?」
「いや、あの日のナオミの様子を見たいんだ」
 少しの間、リックは無言になった。
 モニターの下に並んでいるスイッチ類を見ていたサトルは、椅子を回転させて警備員たちに体を向けた。
「ここじゃ見られないのか?」
「いや、そういう訳では……」
「占い師がまだ帰ってきてないからね。ここで見張っていれば合理的だろう?」
「判りました。あの、それでは少々お待ちください」
 リックはもう一人に操作室に行くように指示する。
 男は少し困ったような顔で、サトルにおずおずと聞いてきた。
「あの、閣下」
「はい」
「ナオミ様が、亡くなられた日のことでございますか……?」
「そうだよ。厨房前の廊下と、裏庭の場面。あ、それから、二階から一階に降りていくところも見たいな」
「承知、しました。あの、編集しますから、少し待っていただけますでしょうか」
「ああ、いいよ」
 サトルはにこやかに言った。
 しばらくして、リックがサトルの前の機械を操作して、ナオミが階段を降りている場面から再生された。
 リックは機械の操作を説明してくれる。
 早送り、巻き戻し、一時停止。
「停止中にこのダイヤルを回せば、映像の送りと戻しが出来ます」
「ありがとう」
 サトルは言って、映像をじっと見始めた。

 手すりを伝いながらナオミは階段を降りて、一階の廊下を歩いて厨房に入り、出てきて、フラフラと歩き、裏口から外に出て行った。
 玄関の外側に映像が変わり、雪の庭へと歩いていく。
 映像は変わる。
 雪の上をフラフラと歩く。
 映像が変わる。
 ジンをラッパ飲みする。
 雪の上をフラフラと歩く。

 それが終わると、階段のシーンに戻った。
 リックはいつの間にか、サトルのそばを離れていた。
 そして、操作室にいた男を呼びもどして、サトルの背後のテーブルに着かせると、自分は見回りに行ってくると言って、懐中電灯を片手に外へ出て行った。
 サトルはぼんやり、ナオミの映像を眺めていた。
 寒かったからか、どこかに出かける気だったのか、ナオミはグレーのコートをはおっている。
 しかし足は裸足だ。
 厨房へ入る場面で映像を止め、ダイヤルを回して、ナオミを前へ歩かせたり、後ろに歩かせたりしてみた。
 そんな事をしているうちに、この女が今はこの世にいないということが、サトルの頭の中で現実味を帯びなくなっていった。
 サトルはナオミが厨房に入ってしまうと、映像をストップさせて、しばらく無人の廊下をじっと見つめていた。
 それからゆっくりとダイヤルを逆回転させる。
 ナオミは厨房から後ろ向きに出てきて、後ろ向きに階段に向かっていく。
 後ろ向きに階段を登り、二階から三階にいく廊下で映像は終わる。
 サトルはしばらくの間、頬杖をついてじっとしていた。
 それからどのくらい経ったのか判らないが、リックが傍に立っていた。
「閣下。カレンさんが帰られましたが」
 サトルはふっと我に返った。
 そして電源を切る。
「どこにいる?」
「今こちらに向かって……いらっしゃいました」
 窓越しにカレンの姿が現れた。
 サトルを見て、嫌みな微笑みを浮かべている。
 サトルは立ち上がり、外に出た。
「嬉しいわ。私の帰りを待ってくれてたなんて」
「門限を言うのを忘れてたからね」
「門限があるの?」
「9時には帰って来い。それを過ぎたら敷地内には入れない。勝手に宿を探すか、野宿でもするんだね。食事は一応出してやるが、時間は守ってもらう。午前7時、正午、午後7時だ。それを過ぎたら自分で何とかしろ。必要ない場合は前もって言うように。少なくとも一時間前には」
「学生寮なみに厳しいのね。3時のお茶の時間はないのかしら?」
「ない」
 カレンは面白くなさそうにサトルを睨んでいた。
 サトルは構わず屋敷への路を歩く。
 カレンと、リックもついてきた。
 玄関ではクラウルとミリアが待っていた。
 リックが会釈をして戻ろうとすると、カレンが言う。
「ねえ。彼を紹介してもらってないわ。しばらく滞在するのよ。警備員やその他の身近な従業員の名前くらい、知ってた方がいいんじゃないかしら?」
「必要ないだろう」
「いいじゃない、ケチね。それに、この屋敷は面白いわ」
 カレンはニヤニヤ笑いながらロビーを歩いて、建物をぐるりと見回した。
 そして、リックやミリアの顔も眺める。
「何が面白いんだ?」
「面白い人間ばかり集ってるんだもの」
 サトルは鼻をフンと鳴らして、リックをロビーの中に呼び寄せた。
「彼はリック。警備員の副責任者だ。二人の名はもう言ったね。それだけ知っていれば充分だろう」
 サトルが言うと、カレンはリックの前につかつかと歩いてきて、握手を求めた。
 リックは仕方なく手を出して、握手をした。
 手を離すと、カレンが言った。
「本当に面白いわ。人殺しが警備員をやってるなんて」
 リックは見る間に青ざめた。
 カレンは相変わらず微笑んでいるだけだった。
 サトルは眉をひそめて言った。
「なんだと?」
「だって、そうでしょう?あなた、人を殺してるわね。だって、血を流して倒れてる男が見えるもの」
「やめろ」
 サトルは言って、リックの肩に手をおいた。
「気にすることはない。この女は人を調べ上げて、霊能者ぶって相手を脅かすのが仕事なんだ。もういいよ。今日はありがとう。持ち場に戻ってくれ」
 リックは、少し震えながら頭を下げ、足早に戻っていった。
 カレンはサトルに言う。
「私、間違っていないと思うわ」
 サトルはカレンに向き直った。
 その後方に立っているクラウルもミリアも、表情が強張っていた。
「思わせぶりな言い方はやめないか」
「どうして私がわざわざ警備員まで調べなきゃいけないのよ?何となく判ったのよ。間違っていないでしょう?あの男は人を殺してる」
「どうやって?」
「不可抗力だったんでしょうね。こと細かくは判らないけど、スポーツに関わってる。そうね、格闘技あたりじゃないかしら?人を殺してしまうくらいだから」
 カレンの言うことは当たっていた。
「確かに彼は以前、プロボクサーだった。試合中に対戦相手が死んで、職を追われた」
「そう。お気の毒ね。それを心優しい大使に拾われたってわけね」
「でも、そんなことは簡単に調べることができるさ」
「別にいいわ。私をそんな暇な人間だと思いたいのなら、そう思っていればいいのよ。ねえ、ミリア」
 カレンは不意に後ろを向いて、ミリアに体を向ける。
「あなたも、ここに来るまでは苦労をしてきたようね」
 ミリアは俯き加減にカレンを睨んだ。
「あなたのことはもっとよく判るわよ。リックよりは長く接してるから」
「やめないか」
 サトルは言ったが、カレンはやめなかった。
「嫌よ。信じないのは勝手だけど、私だって否定され続けるのは居心地が悪いもの。ねえ、ミリア。あなたは信じてくれる?」
「何をです」
 言いながら、ミリアはクラウルの後ろに身を隠した。
 クラウルはそれをかばうように手を伸ばしてやった。
「孤児院を出たのはいいけど、仕事がなかったのね。でも、人の物を盗むのは良くないわ」
「人の過去をコソコソと調べるのは悪くないのか?」
 サトルはカレンと二人の間に立ちはだかる。
「ミリア。先に私の部屋に行っていなさい」
「……イエス、サー」
 ミリアは駆け足で階段に向かった。
「悪趣味だぞ」
「間違っていないでしょう?」
 確かに間違ってはいなかった。
 ミリアは孤児院で育ち、十六歳の年に院を出たが定職に就けず、置き引きやスリを繰り返して生活していた。
 サトルはそのミリアに財布を盗まれそうになったが、気付いてミリアを捕まえた。
 その後、彼女の話を聞いて女中に雇うことを決めた。
 それ以来、彼女の出身の孤児院に毎年寄附をしている。
 孤児院の環境はそれによりかなり改善された。
「でも信じないのね、あなたは。例えば、ミスター・クラウルが宮廷で働いていたことを私が知っていても、あなたは驚かないのね」
「従業員全員を調べたのか?」
「何のために?」
「それはこちらが聞くことだ」
「これは調べたことになるのかしら?感じることをそう言うのなら、それでも正解だわね。あーあ、疲れちゃった。もう寝るわ。おやすみなさい」
 カレンは欠伸をして廊下を歩いて行った。
「閣下……あの女はいったい」
「ただのえせ占い師だ。あの手でベラを言いくるめていた。カレンの言葉を気にする必要はないよ。どれもこれも、調べて判らないことじゃない。何かを企んでいるかもしれないから油断はしない方がいいけどね。特に、男たちには注意しておいてくれよ」
 サトルはクラウルの胸をぽんと叩いて笑った。
「誘惑するには充分な身体つきだからね」
 クラウルは渋い顔で「そうでございますね。注意勧告を出しておきましょう」と、言った。
 そして、サトルをちらりと見て言う。
「閣下も、お気を付けを」
「バカ言え。あの手は私の趣味じゃないよ。おやすみ」
 サトルは手を振って、自分の部屋へ向かった。


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