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小説|腐った祝祭 第ニ章 10

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 ガリガリという音でサトルは目を覚ます。
 しばらくの間音に耳を澄まして、ドアから聞こえている事が判ると、サトルはベッドから降りた。
 ドアまで歩いて、こちらからノックする。
 と、音はやんだ。
 大きめの声を出す。
 ドアを閉めたままでは聞こえにくいからだ。
「誰だ?」
 ドアに耳を当てる。
 小さく「私よ」と聞こえた。
 サトルは引き返して、監視小屋に電話をかけた。
 二階に用意したカレンの部屋の廊下をチェックしてもらう。
 警備員は慌てた声で、カレンが部屋を出て階段を登っていくところを確認したと言った。
 その間に、ガリガリという音は再開した。
「判った。ああ、大丈夫だ」
 サトルは再びドアに戻る。
 そして、ドアを開けた。
 カレンがそこに立っていた。
 廊下の窓からの青い逆光に、静かに佇んでいた。
 袖のないナイトドレスを来て、下に降ろした右手に何かを握っていた。
 サトルは廊下に出て、扉を閉めた。
 カレンはぼんやりサトルを見つめていたが、不意に右手を上げて、サトルに持っている物を突きつけてきた。
 サトルはかわして、手をつかまえる。
 ナイフの刃がきらりと反射した。
「何の真似だ?」
 カレンの手をひねり、ナイフを取り上げた。
 カレンにそれほど力はなかった。
 得物を奪われたカレンは、悲しい表情でサトルにもたれた。
 サトルは冷たく見下ろしていた。
 カレンは呟く。
「ごめんなさい、サトル」
「何の真似だと言ってるんだ」
 襟の詰まった服を着ているのならそれをつかみ上げたい所だったが、残念ながらカレンの着ている服の胸元は広く開いていて、つかみ所がなかった。
 仕方がないので後頭部の髪をつかんで、カレンの顔を上に向けた。
「許して。仕方なかったの」
「寝惚けているのか。そうじゃないだろう?」
 カレンは左手を伸ばして、パジャマの上からサトルの右の二の腕をそっと触った。
「仕方なかったの。こうするしか……」
 サトルの眉がかすかに痙攣する。
「あの人と別れるためには。母さんを許して」
 サトルはカレンを突き飛ばした。
 カレンは床に倒れたまま、眠ったように動かなかった。
 この女。
 どういうつもりだ。
 警備員が駆けつけてくるまで、二人はそのまま動かなかった。
「閣下!」
「ああ」
 サトルはやっと手を上げ、体を動かし、カレンから取り上げたナイフをよく見てみる。
 刃先は鈍かった。
 一人が心配そうにそれを見るので、サトルは微笑んで、ナイフの先を指でつついてみせる。
「大丈夫。ペーパーナイフだよ。この女、どうも夢遊病癖があるみたいだ。悪いけど、彼女の部屋まで運んでくれるかな」
「はい。承知しました」
 二人の警備員はカレンの腕と脚を抱えて去っていった。
 振り返ると、扉にはナイフで傷付けられた線が幾つもあった。
 サトルは部屋に戻り鍵をかけ、バスルームに入る。
 明かりをつけ、キャビネットの上にペーパーナイフを放り、服を脱ぎ、鏡に体を映す。
 カレンの触った部分に白い傷痕がある。
 ナオミにも指摘されたことのある痕だ。
 なぜ、これをカレンが知ってる?
 自分の顔を見ると、ぞっとするほど不気味に沈んだ表情をしていた。
 サトルは笑って、心の中で自分に言い聞かせる。
 何を怖がってるんだ?
 男を作った母親が、夫と別れるために自分の息子をナイフで切りつけた。
 それがどうした?
 だからどうした?
 調べて判らないことじゃないだろう。
 でも、何のために?

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