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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第10話

第10話 それは幸いだったと思う

 うっそうと連なる緑が途切れ視界が開けたとき、小高い丘の上に着いた。

「おおー? これはなんだ?」

 旅人アルーンがすっとんきょうな声を上げる。

 これは……。とても不思議なエネルギーに満ちた場所……。

 小鬼のレイも、初めて感じるエネルギーだった。
 丘の上には、たくさんの巨石が並べられていた。様々な大きさや形に切り取られた大きな石たち、その配列は不規則なようでもあり、なにかの規則があるようでもあった。

「古代の儀式の跡か。なにか大きなエネルギーを感じ、登ってみたが――。なるほど。ここはこういう場所だったのだな」

 魔法使いレイオルは、ひとつひとつの石に触れ、なにかを確かめるように歩いた。

「ここでいいのか?」

 アルーンが尋ねる。
 囚われの精霊を、魔法の力で鏡の中に入れ、見事助け出したレイオル。そして精霊を故郷に帰すため、これから適当な場所を探してみるといったレイオルに、アルーンも、

「俺も見届けたい! 長年縛られていた彼女が、ちゃんと帰るところを!」

 と言い、レイとレイオル、それからアルーンで、鏡から精霊を解き放つための場所を探すことにした。そしてレイオルが見立てた最適な場所というのが、町の外れの小さなこの丘だったのだ。

「緑に囲まれ、なおかつ空に近い。そのうえ、偶然にもこのような特殊な力あふれる場所。ここからなら、まっすぐ自分の森へ帰れるだろう」

 レイオルは懐から手鏡を取り出す。
 
「よかった……! 精霊さん、いよいよ帰れるんだね……!」

 レイはまるで自分のことのように喜んだ。故郷へ、元の暮らしに戻れる、それがどれほど嬉しいことか、レイは身に染みてよくわかっていた。自分は、レイオルに付いていくと決めたけど――。

「精霊も、手駒にしたほうがよかったか?」

 レイオルが、尋ねる。そのとき偶然だったのかレイオルがそのときを狙っていったのかわからないが、アルーンは並ぶ巨石群の中心部を観察中で、少しレイオルとレイがいる場所から離れていた。レイオルの「手駒」発言は、おそらくアルーンには届かない。

「えっ、そんなことないよっ」

 本心からの言葉だった。一生封印され続けるかもしれなかった自分、人間の一族に使役させられていたところから助け出された精霊、似た境遇ではあったが、

 俺は、レイオルと一緒にいるって決めたんだ……! でも、精霊さんは帰ることが幸せなはず……!

 自由を奪われひとりぼっちで耐え続けることの辛さがわかるぶん、故郷に帰ることを望んでいた精霊を早く帰してあげたいと思った。

「私としても、精霊の力は必要ない。だから、手駒にするつもりはなかった。レイ、お前が仲間を欲しがるのなら、と一応訊いてみただけだ」

「いらないよ、仲間なんて!」

 だって、レイオルがいるから、と言葉が続きそうになったが、それは言わないでおく。あくまで、レイオルにとってレイは「手駒」なのだ。
 レイオルは、レイの瞳をじっと見つめる。

「まあ、そう言うと思った」

 レイオルは微笑んでうなずき、それから手鏡の鏡のほうを空に向けた。 

「鏡の中の精霊よ、緑あふれる己の故郷へ、帰るがよい――」

 レイオルが呪文を唱えると、鏡の中から、直線状に光が飛び出す。

 精霊さん……!

 レイは自分でも知らずに胸の辺りで指を組み、願っていた。どうか無事に帰れますように、と。
 そのときだった。
 ぐらぐらと、立っている大地が揺れる。

「うわっ……! な、なんだ……!?」

 アルーンの足元、巨石群の中心から光が噴き出す。

 光……!?

 大地からあふれ出た光は、あっという間に、鏡から出た精霊の光を包み込む。

 まぶしい……! でも、なんてあたたかな光――。

 見上げるレイ。たぶん一瞬のことだったと思うが、長い時間のようにも思えた。
 唐突に現実の空が戻ってきた。青空。雲。それから目に映る、なにかの形――。

 ん?

 なにかが、落ちてくる。空から。なにもなかったはずのところから。

「えっ!? なんで!?」

 レイはとっさに手を伸ばす。しかし、危ないと思ったか、レイオルがレイの前に出て、レイの代わりに受け止めようと腕を広げた。

 え!? 人……!?

 長い髪、小さなからだ。落ちてくるのは、少女のように見えた。

 どさっ。

 レイオルの腕の中に、受け止められる。それは――。

「ああ。なんだろうな。失敗、か」

 レイオルが呟く。レイオルの腕の中には――、美しく輝く白銀の長い髪の、少女がいた。

「えっ!?」

 レイとアルーン、同時に叫ぶ。

 どゆこと!?

「……ありがとう。私は二度も、助けられたのですね」

「……すまん。どうやら選んだ場所が、間違っていた」

 礼を言う少女と、謝るレイオル。

「わーっ、こ、これを……!」

 アルーンが慌てて自分の持っていた旅の荷物を広げて、外套を引っ張り出す。そして白銀の髪の少女に、はおらせた。少女は、なにも身に着けていなかったのだ。

「レイオル、この女の子は……」

 まさか、とレイは思う。まさか、少女の姿だった精霊と見た目は違うけど、まさか――。
 
 レイオルは、深いため息をつく。

「さっきの精霊だ」

 えええーっ!

 空から落下した少女。
 色々制限がかかる人間の姿。精霊が空を超え故郷に帰ることは、もうできなくなっていた。



 いったい、何周したのだろうか。

「ちょっと調べてみる」

 そう言ったきりあとは黙って、レイオルは巨石群の周りを歩き出した。
 ぐるぐる、ぐるぐる。レイオルはレイやアルーンの質問にも答えず、少しうつむき集中した様子で、ひたすら巨石群の周囲を歩き続ける。
 残されたレイとアルーンと白銀の髪の少女となった精霊は、ひらめきなのか情報なのか、謎の巨石群からなにかを得ようと試みるレイオルの邪魔にならないよう、少し離れた場所に腰かけることにした。
 そこに腰かけるのにちょうどよい、平たくて大きな石があったせいもある。

「君、なんて呼べばいいかな」

 アルーンが少女に尋ねる。
 そのとき少女は、足元の野の花を見つめているようだった。
 少女は、しばらく考え込んでいるような様子だったが、ゆっくり顔を上げ、アルーンの瞳を見つめた。

「……ごめんなさい。もともとの名前はありません。しかし、今までの名前、付けられた名前は使いたくないのです。だから――、名前はありません」

 風が通る。白銀の髪が、ふわりと舞い上がった。髪を抑え、ふたたび目を落とす少女。アルーンは静かにうなずき、

「そっか」

 とだけ述べた。アルーンと少女の会話にいてもたってもいられなくなり、ついレイは、

「名前、付けてもらうといいよ! 俺もなかったから、レイオルに付けてもらったんだ!」

 と叫んでしまっていた。

「え。レイ。お前、レイオルに名付けてもらったのか」

 しまった……! 小鬼だったこと、レイオル以外誰も知らないんだった!
 
 変に思われたかな、詳しく訊かれたらどうしよう、打ち明けてもいいのかな、などとどきどきしたが、アルーンの優しそうな瞳に、さらに優しそうな色が宿っただけで、

「そうか。レイにとってレイオルは、そんな重要な存在だったのだな」

 と述べたきりで、なにも尋ねられなかった。

 あれ。いいのかな。もしかして、人間って、色々あるからかな。そんなに不思議に思わないものなのかも。

 人間は親やそれに準じた存在から、識別のため誕生早々名前を付けられるものだが、人間の成育パターンは小鬼の世界と違って様々である、レイは自分の両親やかつて耳にした旅人たちの会話から、そんなことも学んでいた。たぶん、アルーンは自分のことを、幼いころ両親と離れた複雑な境遇の少年だと思ったのだろうと感じ取っていた。

「ええと。精霊さん。具合はどう? 体の感じとか気分とか、大丈夫?」

 アルーンが少女を気遣い、言葉をかけたときだった。
 はい、大丈夫です、という少女の鈴のような声をかき消すように、

「なるほど。ようやく読み取ったぞ!」

 というレイオルの叫び声が響き渡る。
 その声を合図に、レイオルの「巨石群ぐるぐる」が終了した。
 そして、続くレイオルの告げた見解は驚くべきものだった。

「この巨石群は、古代の人たちが作った、自然エネルギーを見える形に変換する装置だった」

 そうち!? そうちって、なに……!?

 レイが質問する前に、レイオルは説明する。

「たとえば、風の流れを鳥のような姿に、炎を龍のような姿に。そうやって、エネルギーに形を与えて、襲い来る怪物や外敵から守ってもらっていたらしい」

「へええ、すげえな、古代の人!」

 よっ、古代の人! とでも言いたげなアルーンの反応。

「今、三度目の世界だが――。よく残っていたな。この遺跡」

「え!? なにが三度目だって!?」

 思わずアルーンが聞き返したが、構わずレイオルは話を続けた。

「たぶん偶然。私の魔法と、精霊の光に古代の魔法が反応してしまったようだ。それで、彼女は少女の姿になってしまった」

 レイオルは、精霊の少女に向かって頭を下げた。

「すまない。もう二度と、人の姿などなりたくなかっただろうに――」

 少女は、立ち上がる。一歩、また一歩。裸足で草の上を歩き、頭を下げたままのレイオルに近づいていく。
 少女は、ゆっくりと首を左右に振った。そして、レイオルをまっすぐ見つめた。

「いいえ。レイオルさん。謝らないで。私には感謝の気持ちしかありません。それより――」

 少女の瞳は、赤い瞳だった。少女は、宝石のような赤い瞳を細めた。目もとから輝きが、あふれる。
 白銀の髪に、天使のような輪――。

「どうか私に名前を付けてくださいませんか……?」

 レイオルだからレイ。レイの名づけのセンス、そういえば、「あれ」だよ!?

 さっき、付けてもらえばいいよ宣言したレイだったが、どストレートなネーミングセンスに、ちょっと待ったをかけたほうがいいのでは、と考えてしまっていた。

「そうか。それならば、私がレイオルだから――」

 レイオルの言葉に、息をのむ。

 オル!? オルってくるんじゃね!?

 自分がレイだから、少女は「オル」になるんじゃないかと危惧するレイ。

「ルミ。ルミでいいか?」

 少女の頬が薔薇色に染まる。

「はい! 私の名は、ルミ……! ありがとう、レイオル……!」

 ルミの、まぶしいばかりの笑み。清らかな光を受けた宝石のように、花のように美しかった。
 そのとき、レイは思った。思わずにはいられなかった。

 レイオル、関係ねーっ!

 レイオルの名の響き、全く関係なかったことを。
 あとで聞いたのだが、どこかの国で雪のことを「ルミ」というのだという。
 白銀のきらめくような髪色から、そう名付けたようだ。

 やっぱりレイオル、関係なーいっ!

 レイオル、かすりもしない。それは幸いだったと思う。

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