【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第9話
第9話 帽子収集家
「俺も、情報を得たぞ!」
おはよう、より先に出た旅人アルーンの第一声。
食堂のいくつか並べられたテーブルの一角、そこに腰かけながらアルーンは、魔法使いレイオルと小鬼のレイを目掛け、満面の笑顔で手を振っている。
「早いな。しかももう飯を食ったのか」
魔法使いレイオルは、自分の分の朝食の乗ったトレイを、アルーンの座席の前に置いた。
「おはようございます、アルーンさん」
レイオルの隣にちょこんと座る小鬼のレイ。この宿は好きな料理を小皿に自分で盛るという朝食スタイルで、レイのトレイは、レイオルのあっさりとした朝食より量は少ないが、彩り豊かだった。特にデザート系が多い。
「レイは、ずっと帽子をかぶってるな。朝からかよ」
アルーンは食後のお茶をすすりつつ、レイの頭を見やる。
し、しまった。角隠しの帽子、不自然かな。
内心どきどきするレイ。帽子の中には三本の小さな角が隠れている。
「こいつは、帽子収集家なのだ」
帽子、収集家、とな……!?
レイオルが無理めな言い訳をする。レイの笑顔が引きつっていた。
「ふうん。その帽子、かわいいからいいよな。似合うよ」
今の説明で納得してる……!
アルーンはレイオルの嘘に疑問を持たなかったようだ。その驚きに気を取られ、褒められたことへの喜びがすっかりかすむ。
「そういや、レイオルとレイは一緒に旅をしているようだが、まさか帽子集めの旅なんじゃないだろうな?」
帽子集めの旅……!? そんな人間、いる!?
「そんなところだ」
否定しない!?
アルーンの問いとレイオルの適当な返事、レイの心の中のざわめきが止まらない。
「二人、名前が似てるけど兄弟……、じゃないよな?」
青系統の髪と瞳の色をしたレイオル、かたや緑系の色合いの髪と瞳のレイ、そして鋭い顔立ちのレイオルと柔和な顔つきのレイ、はた目からはちょっと家族というようには見えない。二人の外見の相違には触れないが、アルーンは二人の関係性を尋ねる。
「帽子集めの師匠と弟子だ」
レイオルの返事に、レイはテーブルの角に頭をぶつけそうになる。角と角がぶつかるところだった。
「ふうん。もしかしたら魔法使いの師弟関係と思ったが、帽子かあ」
「帽子だ」
レイオルは、旅を「帽子」設定で推し進めることに決めたようだ。
「それで、情報とは?」
箸を進めながら、レイオルが尋ねる。昨晩の白い蝶の報告を話すより先に、アルーンの得たという情報を訊くことにしたようだ。
「食堂のおかみさんと話したんだ。宿屋の人の話を聞くために、俺は朝一番に食堂に来たんだ。それで、色々昨日の一家と少女のことを訊き出した」
アルーンの話に、レイオルとレイは耳を傾けた。
あの男たちの家は、昔からの富豪であるということ。人に金を貸したり、土地を貸したりしているらしい。昔から、といっても名だたる名家とか町の権力者とかいうわけでもなく、ある時代から急に栄え出し、いつの間にか広大な土地も所有するようになったとのことだった。
そして、噂だが、と前置きがついての話だけれど、その家が発展していったのは、一人の少女がその家に住むようになってからだ、とのこと――。
その家の者たちは少女を「娘だ」、「孫」だ、などとそのときどきに周囲に説明しているが、外に出すことは一切せず、家に閉じ込めるようにしているらしいとのこと。
そして、信じられない話だが――、代々どう見ても、その家には同じ「少女」がいるということ。
それから一族の者はその家、またその家の離れやすぐ近くに住み、皆そこから離れないのだという。
男なら嫁を迎え、女なら婿をとる。新しくあの家に入った人たちは、なぜか口を閉ざし、自分たちの所有する土地の中で生活をする。
「まるでその『謎の少女』から離れないようにしているみたいだ」
町の人は、皆あそこの家はおかしい、と感じている。法に触れない程度のあくどいことも平気でやっているらしい。あの家のやり口に、泣かされたという家族の話も耳にする。あの少女はもしかしたらあの家にとりつく妖怪じゃないか、などと噂する声も少なくない。
皆、あの家を不気味に思い、ほとんどの者が距離を置いている――、そんな話を一気に説明した。
「話好きのおかみさんで助かったよ。それで、レイオル。お前の情報とやらはなんだ?」
アルーンが尋ねる番だった。
「あの少女は、やはり、ここから少し離れた森に棲む精霊だった」
レイオルは、昨晩、少女が白い蝶の姿となって訪ねてきたことを打ち明けた。
「特殊な力を持って生まれてくる者は、いつの時代も一定数いる。まあ、私もそうなのだが。その家には昔、特殊な力を持つ男がいた――」
特殊な力を持つ男……?
それからレイオルは、精霊の過去について語り出した――。
光だった。
たぶん、決まった姿はない。
川面の上を飛び、木の枝に座る。
動物や植物たちと自由に暮らす、精霊だった。
「ピィーッ!」
一頭の鹿が、鋭い鳴き声を放って駆け出した。鹿は、緑奥深くへと逃げていった。
臭いがする。
獣ではないと思った。なにか、生き物が近付いてくる。
嫌な臭いだ、と思った。鹿の逃げたほうへ、移動しようと思った。
「見つけたぞ……! こいつは、きっといいものになる……!」
生き物が叫ぶ。人間の男だ。
そして、光るものを向けられた。あとでわかったのだが、それは鏡というものだった。
それからなにか呪文、というものを唱えられた。
吸い込まれる……!
あっという間だった。「鏡」の中に閉じ込められた。
助けて……!
人間の「家」というところに置かれた。
精霊の神秘の力を、男の求める方向性に固めるため、重ねられる儀式と時間。必要な力と時が満ちたとき、男の術が結実し、鏡の中から引きずり出される。
「これは……」
人間の姿になっていた。少女の姿。
「お前は、私に富を引き寄せる人形として生まれ変わったのだ。お前は未来永劫、私、そして私の子孫に富をもたらし続ける――!」
男とその家の者たちは、それからずっと、高貴な人間に対するように、ご馳走や飲み物、豪華な食事を提供し続けた。美しい着物や装飾品も身につけさせられた。
富の願いへの対価らしい。
いらない。
そこからは見えない森を、見つめ続けた。輝く緑を、かぐわしい風を、ただ心の中に描き続けていた。
時は流れ、男は老い、そして死んだ。しかしそのあとも、ずっと少女の姿のまま、家に縛られ続けていた。ずっと、ずっとだった。
帰りたい……。
未来永劫、と男は言ったが、永遠に変わらぬものなどない。
男の術は、次第に薄れ解けていくのを感じていた。
光が見えた。
不思議な力の人間と、人間でない者。ふたつの存在が近付いてくるのがわかった。
逃げ出そう……! 彼らなら、きっと完全に断ち切ってくれる……!
魔法使いと小鬼。この町へ、辿り着こうとしていた。
少女は、扉へと向かう。
自分が、もう外に出られることに気付いた――。
「ここか。精霊の閉じ込められているという、屋敷は」
門の外、アルーンが呟く。
うっそうとした緑に包まれているが、宿屋の食堂のおかみさんの証言通り、その奥にはきっといくつもの邸宅があるに違いない。
「で、ここからどうするんだ?」
アルーンがレイオルに尋ねる。食堂での打ち合わせでは、
「別に怒鳴り込むわけでも、忍び込むわけでもない。門の前に行けたら、充分だ」
と、レイオルは言っていた。「少女救出作戦」と言っていたが、実は作戦もいらないのだという。
ただひとつ、レイオルはアルーンに食堂で尋ねていた。
「食堂のおかみさん、いい感じのひとか?」
「あ?」
変な質問だった。
「善人だと、思うか?」
「あ、ああ」
「お前の目から見て?」
「ああ。別に――、話しやすかったし、親切に色々話してくれた。昨日の町での騒動も、おかみさんの家族がその場にいたらしく知ってて、あのとき叫んだ旅人っていうのが実は俺なんだって打ち明けたら、感心してた」
「うん。わかった」
レイオルはうなずくと、調理場のほうへ向かった。そして、例のおかみさんとなにか話し込んでいた――。
「私は、善人かどうかの判断には自信がない。私は悪人、しかも人間から外れかかっているからな」
おかみさんとやり取りを澄ませたレイオルは、アルーンに向かってそのように述べた。
「なんのこっちゃ」
それがアルーンの返答だった。
で。レイオル。どうする気なんだろう。
門の前に立つ、レイオルとアルーンとレイ。
レイオルは、懐の中から小さななにかを取り出した。
え。
光る小さななにか。レイオルは門、屋敷に向かってそれをかざす。
「鎖が解けし森の精霊よ。今開きし光の道……! もとある力を取り戻し、光の道を突き進み、我のもとへと参られよ」
あ、それは――。
レイは目を見開く。レイオルがかざしているのは、小さな手鏡だった。
次の瞬間。屋敷から一筋の光が伸びてきて――、レイオルの手の中、手鏡の中に入っていくよう、そんなふうに見えた。
なにか、入っちゃった……!
レイオルは、いったん手鏡を下に向けた。それからもう一度、屋敷に向ける。なにやら小声で呪文らしきことを呟く。
それから、
「これで、終了」
レイオルは、ニヤリと笑みを浮かべた。
「えええーっ!?」
アルーンとレイは思わず同時に叫んでしまっていた。
手鏡は、食堂のおかみさんのものだったという。
レイオルが代わりとなる小さな宝石をおかみさんに贈り、譲ってもらったのだ。
アルーンの証言通り、おかみさんはよいひとで、
「古いし安物の鏡よ。宝石なんて高価なもの、とんでもない!」
と、自分の手鏡を無償でレイオルにあげようとしてくれたらしいが、
「対価があることで、鏡の持つ重要性が高まり、術の効果が上がるのです」
レイオルは鏡をなにに使う気か説明はせず、ただ自分が魔法使いであること、女性の持つ鏡が今使いたい魔法に必要なのだと訴えかけていた。
「鏡を使った術を解くため、あえて鏡を使った。男の術者に対し、普通の女性。私欲にまみれた術者に対して、欲の少ない善意ある女性。対になる要素も、私の魔法の中では大きな意味を持つ」
レイは、まじまじとレイオルの手鏡を覗き込む。
「こ、この中にあの女の子が――」
「もう、女の子じゃないけどな」
人間ではない小鬼のレイも、信じられない、と息をのむ。
「ところで、どうなるんだろう。屋敷の連中。少女がいないことに気付いたら――」
アルーンが、尋ねる。屋敷の連中が慌てて飛び出し、こちらに気付いてなにか騒ぎ立てたとして、別にどうということはないが、と付け加えつつ。アルーンとしては、あんな連中が逆上して来ようがなにしようが一向に構わないが、純粋な疑問として気になったらしい。
「さっき、精霊を鏡に招き入れたあと、いったん下に向けてからもう一度鏡を屋敷に向けただろう? あのとき、術を施した」
「えっ、どんな?」
びっくりしてレイが尋ねる。
「少女の幻影を送った。そして幻影が家人全員の脳裏に語り掛けるようにした。『時が経ち、私の役目は終わった。これからは、自分たちの力で財を成せ。富を得て、今までよい暮らしができた恩返しに、今度は人を助けよ。そうすればますます豊かになるだろう。逆に欲にまみれ恩を忘れて過ごせば――、たちまち家は傾き、衰退の一途を辿るであろう』」
レイオルの説明に、今度はアルーンが驚いた声を上げる。
「どんな脅しをかけたのかと思えば――。まっとうなこと、言うんだな。あんた」
「一応、まだ人間だからな」
「お前のもとにいい帽子、きっと集まるよ」
「え? 帽子が、なんだって?」
レイオルは、自分の作った「帽子収集家」設定を、すっかり忘れているようだった。
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