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【創作長編小説】謎姫、世界を救うっ! 第2話

第2話 九郎の「陽菜」、と時雨の「陽菜」

「まず、自己紹介をしようではないか」

 これは、合コンではない。残念ながら。
 小さなテーブルを挟み、陽菜の前に座る、男二人。
 テーブルの上には、マグカップ三つと、皿に乗った三つの小さなシュークリーム。シュークリームは一箱四個入りのもので、陽菜が仕事を頑張った自分へのご褒美として、毎日ちまちま食べようと思っていたものだった。

 外見は、非常によい。イケメン。ただし、服装と髪型を除く。あと、話しかた、態度論外。減点。

 なにかのコンテストの審査員のように、陽菜は二人を判定する。

「自己紹介、てゆーか! そんなものより先に、この状況、説明しなさいよっ」

 だん、と、陽菜はテーブルを拳で叩く。テーブルに並んだマグカップのコーヒーと緑茶とココアが揺れ、こぼれんばかりに波立つ。皿の上のシュークリームは、沈黙を保つ。
 陽菜は、律儀にも侵入者たちに、お客様よろしくホットドリンクだけではあきたらず、スイーツまでも出していた。
 と、いうのも、数分前。

「なに飲むのよ、あんたたち」

 陽菜は、自分からオーダーを取っていた。

「私は、薫り高きものを」

 と、黒髪ロン毛。

「わしは、心深くしみいるものを」

 と、童顔緑髪。

「ちょっと、抽象的過ぎてわかんないわよ! 結局なにが飲みたいのよ! 同じのでいいの?」

 陽菜、キレ気味に尋ねる。

「いや、さすがにわしが若殿様と同じというのは……」

 とは、緑髪の弁。

「若殿様!? そっちは殿様なの? 偉いの?」

「そうじゃ」

 と、きっぱりうなずく緑髪。黒髪ロン毛は黙して動かず。

「つまり、違うやつが飲みたいのねっ」

 若殿様って、なによ、あいつ何様なの、あ、殿様か、いやそれだから、なんの、などと疑問に思いつつ、陽菜はてきぱきと飲み物を準備し始めていた。めんどくさい、などとぶつぶつ言いながら、陽菜は自分のマグカップに、スプーンを無造作に突っ込み、お湯を入れるだけのココアを用意する。
 お茶の準備をしつつ、陽菜は考え続けていた。

 夢じゃない。一向に覚めない。お湯は熱いし、ちゃんとコーヒー、緑茶、ココアとそれぞれの香りもしっかり感じる。やっぱ、夢じゃないんだ。

 ちょこんと座って待つ男二人。気付けば、黒髪ロン毛はちゃっかりクッションに座っており、緑髪のほうは、クッションを避けて正座している。若殿様、と呼んだだけあり、緑髪のほうがやはり黒髪ロン毛より立場が下、ということのようだ。

「わしにまで、このような馳走、誠にもってかたじけない」

 緑髪が、にじにじと膝をついた状態のままテーブルから遠ざかり、深々と頭を下げた。

「私が今食べたいから、出しただけっ。さあ、今度はあなたたちの番、このわけわかんない状況、説明しなさいっ」

 だんっ、と今度はテーブルの上に、はみ出すように刀を置く。とはいえ、一人暮らしの小さなテーブルである。いったんそれぞれのマグカップ、シュークリームの皿をちょっとどかしてから、という緊迫させるべき場面にそぐわない、現実的な行動を挟まねばならなかった。

 ちょっと、迫力に欠ける――。怒ってる感、演出しきれん――。

 演出不足、こんなことなら、「若殿様」のほうへ、刀の切っ先をつきつければよかったかな、と陽菜は少し悔やむ。茶とスイーツを出している点で、迫力放棄していることに、陽菜は思い至らない。

「自己紹介しよう。まずわしの名は、時雨しぐれ

 緑髪が、時雨、という名だった。

「やっぱ自己紹介しなければ気が済まんのかーい!」
 
 陽菜が叫ぶ。時雨は、陽菜のツッコミもものともせず、となりの黒髪のほうへ、そっと指し示すように手のひらを向けた。

「こちらは、次郎三郎四郎左衛門様」

 なげえええっ! 二なの!? 三なの!? 四左衛門なの!?

 予想外の名前の長さに、陽菜は仰天し――、白目になる。次郎から四郎まで、贅沢に詰め合わせてある。

「名をお呼びするときは、九郎様じゃ」

 足しやがった……!

 次郎の「二」足す三郎の「三」足す四郎の「四」、合計九、それで九郎ということか、と陽菜は暗算する。

「姫」
 
 今まで黙っていた次郎三郎四郎左衛門、つまり、九郎が、口を開いた。
 低く美しい、艶のある声――。

「私は、姫じゃな――」

「陽菜。陽菜というのだったな。そなたは」

 花がほころぶように、九郎が笑う。

 そう。そうだけど。

 陽菜は、そのとき自分がどんな表情を浮かべているのか、自分でもわからなくなっていた。
 不思議だった。ただ、名前を呼ばれた、それだけだった。それなのに、なぜか――、今までの勢いもどこへやら、頭の中のたくさんの言いたいこと、疑問が一瞬にして消し飛び、ただ心揺らす少女のように、陽菜は、こくん、とうなずくことしかできなかった。

 私の名――。

 なぜかわからない。ただ特別な、響き。そんな気がした。

「さて、説明しよう。陽菜殿」

 えへん、と時雨が咳払いした。

 あれ。

 陽菜は時雨のほうへ視線を向けつつ、ちょっとした違和感を覚える。

 どうしてだろう。さっきと違う。

 九郎の「陽菜」、と時雨の「陽菜」。当たり前の、自分の名前。ただ、名を呼ばれた、それだけ。

 さっきは、なんだか――?

 なんだか、なんだというのだろう。陽菜は急いで首を左右に振った。

 今度の陽菜は、いつもの陽菜。さっきのは……?

 湧き出る疑問を無理やり心のどこかに押し込め、陽菜は時雨の話に耳を傾けることにした。

「先ほど、九郎様もおっしゃったが、わしと、九郎様は――」

 時雨がそう言いかけたときだった。

 ガシャン!

 突然、大きな物音がした。

「なに、今の……?」

 陽菜は物音のしたほうを見た。たぶん、音がしたのは洗面所のほう。

「九郎様っ。この場は、わしが! 九郎様は、陽菜殿を……!」

 時雨がそう叫んだとき、時雨の手には、どこから現れたのか、光る槍が握られていた。

 え。どっから、槍が……!?

 なにもない空中から、突如として槍が現れたように見えた。
 目にした光景が信じられず、陽菜は大きく目を見開いた。が、時雨を見つめている余裕はなかった。九郎が、陽菜の手を取る。

「え、手……」

 さっ、と、陽菜の頬が熱くなる。九郎が、自分の手を握っている――。
 陽菜の動揺も構わず、九郎はテーブルの上の刀を素早く取ると、陽菜の手を引き、駆け出した。

 え、え、え……?

 駆け出す、といってもアパートの部屋、目の前にすぐ壁が迫る。

「九郎、壁……!」

 九郎は構わず走り、陽菜は目をつむる。
 ブン、と奇妙な音が耳に入る。

 え……? どういう、こと……?

 衝撃は、なかった。
 おそるおそる陽菜が目を開ける。すると――、

「えええええーっ!?」

 九郎と共に、陽菜は森の中にいた。

 森!? ありえない! 夢……!? やっぱり、これは、夢、なの……?

「陽菜。私と、時雨は――」

 森の中を吹き渡る風。九郎の艶やかな黒髪が、揺れる。
 そうだった。時雨の話の途中だった、と陽菜は気付く。

「私と時雨は、お前と違う世界から来た。今いるここが、私と時雨が生きる世界だ」

 えええーっ!?

 振り返る、陽菜。
 連なる木々や、草花。見慣れた部屋の壁も、テーブルの上のコーヒーやシュークリーム、そしてベランダのミニトマトの鉢も、自分が先ほどいた暮らしのかけらは、なにひとつも見当たらなかった。

「ここは、陽菜から見れば、異世界、というものなのだ」

 いせかい……。

 信じられない異常事態に、陽菜の足が震えだす。理解が追い付かず、頭がくらくらする。

「陽菜。お前の力を、どうか貸してほしい」

 へ……?

 九郎は、繋いでいた手を離す。

 あ、手……。

 空っぽになった手。空っぽになった途端、今まで手を繋いだ事実が胸に迫り――、胸の鼓動が速くなる。
 陽菜は、手に負えない動揺を強引に振り払おうとした。

 なに意識してんの、私! 今、私が考えなくちゃいけないのは、そんなことじゃなく、この理解不能な、異様な状況を――。

 必死で理性をかき集めようとした。しかし、抵抗むなしく、胸が、どきどきする――。

「頼む」

 は……?

 目が、点になる。
 九郎は、陽菜の右手に、刀を握らせていた。

 か、た、な。

「乙女の手に、なにを握らせてんのよーっ!」

 木々から、鳥たちが飛び立つ。
 ドキドキを返せ、あまりに理不尽なことの連続に、陽菜は叫んでいた。


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