【創作長編小説】謎姫、世界を救うっ! 第25話
第25話 私が「運命の姫」だから
巨大な蝶が、空を移動する。黒い影を、地上に落としながら。
クラシックなゴールドカラーのハーレーと、サイドカー。三人を乗せ、道路をひた走る。
あれは……!
伊崎賢哉は、空を見上げ息をのむ。
「あれが……、飛蟲姫!?」
風を切りながら、サイドカーの隣に乗っている、ミショアに尋ねる。
「いいえ……! 違います。私の知っている、飛蟲姫のエネルギーと、違う……! とてもよく似ているけど、違う!」
ミショアが、答える。
「それに、卵からあそこまでの完全体に変化したのなら、爆発的なエネルギーの変容、おそらく私や伊崎のおじいさまなら気付くと思います」
「ミショアさん。我々は、どうする?」
尋ねる伊崎祖父。
伊崎祖父の運転するハーレーのサイドカーに、ミショアと伊崎賢哉が乗っている。
会話は、ミショアの魔法能力のおかげ――風の精霊を介しているらしい――で、走行中でもなんなく成立していた。
「私たちは、あの巨大な蝶を追いましょう。私が、あの魔族の力を全力で阻止してみせます」
ミショアの手には、光る長い杖が握られていた。
「僕とじーちゃんが、ミショアさんを全力でサポートする……!」
伊崎賢哉と伊崎祖父は、護符や不思議な力を持つ石、邪悪な力を跳ね返す特別な鏡などを所持していた。
「おう、賢哉の力は、あまりあてにならんかもだが、俺の全力、見せてやろう!」
「じーちゃん。僕のことも少しはあてにしてくれ……」
巨大な蝶が、空に浮かぶ――。
伊崎祖父たちが、出発する直前。
「私や伊崎さんたちは、詳しいことをまだ魔族側に知られていないと思います」
伊崎邸で、そう話を切り出したミショア。
「ですから、私や伊崎さんたちは、別行動するのにちょうどいいと思うのです」
「別行動?」
陽菜が尋ねる。
「はい。陽菜さんや、九郎さん、時雨さん、そして、バーレッドは、直接飛蟲姫の近くへ飛んでください」
「直接、飛ぶ!?」
思わず陽菜は、叫んでしまっていた。
ミショアは、うなずく。
「陽菜さん。この地図のこの辺り、そのスマホ、とやらで拡大表示できますか?」
「う、うん。わかった」
陽菜は、赤い印のつけられた中の、さらにミショアが指差す付近を、スマホで検索する。
「この辺かな」
陽菜が出したマップ画像に、ミショアはさらに細かい位置の調整を促す。
「さきほど、津路亜希螺の動きが静止したようです。それは、この辺りに間違いありません。陽菜さんたちは、あるルートを使い、ここにまっすぐ向かってください」
「ミショアさんと、伊崎さんたちは……?」
ミショアは、にっこりと微笑む。
「私たちは、普通にこの世界の陸路を進みます。陽菜さんたちは、私や九郎様たちの世界――、すなわち、異世界を移動し、この地点に出現してください」
あ……!
なるほど、と思った。護り固められた伊崎邸を出れば、明照の動く位置から、簡単にこちらの動きがばれてしまう。しかし、異世界を移動すれば――そちらにまで深くアンテナを張られてしまえば、勘づかれてしまうかもしれないが――、気付かれず、一気に皆で飛蟲姫のところまで行ける。
腕組みをして聞いていたバーレッドが、膝を打つ。
「なるほどっ。俺らは静月にしっかり身バレしてるから、明照うんぬんがなくても、気配を超警戒されてるだろうけど、まさか一旦異世界経由とは思うまい。一気に駒を進められるな!」
ミショアがうなずく。
「ええ。私たちは、魔族たちの動きを阻止しつつ移動します。きっと、敵の目は私たちのほうへ集中するはず」
「ミショア殿や伊崎殿たちが危険ではないのか」
時雨が尋ねる。
「任せておけ。移動は、俺のハーレーだ。ミショアさんの魔法には及ばないが、俺の生まれ持った不思議な力も、きっと役立つだろう」
あぐらをかいて座っていた伊崎祖父が、片膝を立て、机に身を乗り出す。
「ハーレー! いいなあっ。俺もそっちにまざろうかなっ」
バーレッドが、そんな場合ではないのに、つい瞳を輝かせる。
「あとで何度でも乗せてやるから」
伊崎祖父にそう言ってもらい、時雨に小突かれていたバーレッドだったが、笑顔で納得した。
「ミショアさん。伊崎さんたち。どうか、くれぐれもお気をつけて」
真剣な面持ちの九郎が声をかける。
「九郎様。九郎様たちこそ、どうかお気をつけて。私たちも、必ず無事で向かいますから」
ミショアが微笑みうなづく。力強い、瞳の輝きだった。
「ミショアさん……! 私が、必ず明照で飛蟲姫をやっつけるから……!」
光る、明照。陽菜は明照を、すらりとカバンから引き抜いていた。
いよいよ、私の使命を果たすときが来た……!
陽菜が改めて覚悟を決めたそのとき、九郎が、陽菜の左手――明照を持っていないほうの手――を取る。
「行くぞ。陽菜」
確かなぬくもり。
「うん」
見つめる瞳が、勇気をくれる――!
陽菜はうなずいたあと、うつむき明照を見つめる。
私を選んでくれた、明照。お願い……! 私たちを、守って……!
時雨とバーレッドも、陽菜を見つめ、うなずく。
陽菜、九郎、時雨、バーレッドは異世界へと、飛んだ。
蝶に変身した静月は、空からミショアを見つけた。
いた……! あれが、九郎側の術師……!
光る杖、あふれるエネルギー。間違いない、と思った。
一緒にいる、この世界の人間二人。彼らも、なにか独特の力を持っている。
静月は、ハーレーのほうへ速度を上げ、同時に降下する。
たくさんの悲鳴が聞こえた。自分の存在に気付いた、他の人々の声だ。
「怪物だ……! 虫の化け物……!」
静月は胸に、針で刺したような痛みを覚える。
今更――。
今更、と思った。これが私の姿なのだ、と思った。
九郎や時雨、バーレッドは、この私の姿を見たら、いったいなんと――。
ミショアが、光る杖を掲げる。呪文を発動する。二人の人間たち―伊崎たち――も、なにか叫んでいる。
まずはこの者たちから、命を――。
静月のアゲハ蝶のような模様の羽が、ミショアたちの命を吸い上げようと光ったときだった。
なに……!?
伊崎祖父、伊崎賢哉の力によって強められたミショアの魔法攻撃が、静月を直撃する。
静月はそのとき、自分が想定した以上の衝撃を感じていたが、それより他のことに気を取られていた。
それより他の、それよりもっと自分にとって大切なこと。
明照……! 明照が、母上様のほうへ……!
いつの間に、と思った。いつの間にか、飛蟲姫の卵に接近している。
いけない……! 戻らねば……!
静月は、踵を返すように来たほうへと急ぎ戻る。
おのれ、九郎……!
イヌクマに乗った、九郎と陽菜。三色丸に乗った、時雨。そして蛇玉に乗るバーレッド。
一度異世界を駆け、こちらの世界に戻った陽菜たち。
皆、小動物の姿だった。
ガアアア……!
襲い来る、魔族。それは一見人のような顔をしているが、口から長い牙が突き出てている。そして、両腕は鋭い鎌のような形状。胴体は後方に長くカーブしたようになっており、四本足で奇妙な胴体のバランスを取っている。津路亜希螺の命を奪った魔族だった。
その魔族が、九郎たちの侵入に気付き、襲い掛かる。
「ずっとこのサイズだと、思うなよ!」
いち早く元の姿に戻ったバーレッドが、魔族に爆弾を投げつける。
爆発音と、煙。
やっつけた……?
見上げる陽菜。まだ陽菜はネズミの姿のままだった。
魔族が、牙をむく。まだ、生きていた。
地面が、揺れる。
「あっ……!」
陽菜たちの出現を察知したのか、他の魔族も集まってきた。
巨大な虫のような形のもの、獣のような姿をしたもの、そして、人の形を基本としているもの。
様々な姿かたちの魔族たちが、一斉に飛び掛かろうとしていた。
すらりと、光る長い得物。
「私も、お相手しよう」
人の姿に戻った九郎の手には、光と共に大太刀が握られていた。
「若殿様の、お手を汚す必要はございませぬ!」
人の姿の時雨が、光る槍を握りしめ、鎌の腕を持つ魔族に飛び掛かった。
「魔族め、俺の剣も、受けてみろっ」
バーレッドの剣も、光の軌道を描く。
九郎、時雨、バーレッド……!
陽菜も元の姿に戻る。陽菜を守るように陽菜を中心として、九郎、時雨、バーレッドがそれぞれの武器を手に戦っていた。
飛蟲姫の卵、卵は、どこ……?
陽菜は、明照を手に辺りを見渡す。九郎、時雨、バーレッドは次々と迫りくる魔族を切り伏せていく。
本当は、恐ろしかった。魔族との戦いは、陽菜にとって速すぎて、とても状況を目で追いきれない。優勢に見えるが、いつ形成が逆転されるかもわからない。
様々な姿かたちの魔族が、それぞれどんな動きをするかも陽菜にはわからず、恐怖で本当は立っていられないくらいだった。
大太刀、槍、剣。それぞれの武器が、激しい火花を散らし続ける。
早く、早く、飛蟲姫を見つけなくちゃ――。飛蟲姫さえ倒せば、すべて終わるんだ……!
とはいえ、移動もできない。皆の守りの円陣の中、立ち尽くす。
明照……! 飛蟲姫の居場所を、教えて……!
明照にそのような能力があるのか、また、自分の想いが通じるのかわからない。しかし、陽菜は願わずにいられなかった。
明照……!
光。陽菜は、自分の右手の先が、光っていることに気付く。明照が、光を放っていた。
「明照……!」
右手が、自然に上がる。そして、明照の刃先が、ある方向を指し示す。
「あっち……! あっちなのね……!」
思わず、叫ぶ。あちらに、飛蟲姫の卵があるのだ、そう確信した。
ドッ……。
魔族が倒れる。気付けば、周りの魔族はすべて息絶えていた。津路亜希螺を殺した魔族も、すべて。
「みんな、あっちに飛蟲姫の卵が……!」
走る。
九郎、時雨、バーレッドは傷だらけではあったが、皆無事だった。
明照を握りしめた陽菜を先頭に、走る。藪を、突き進む。
「あっ……!」
息をのむ。赤褐色の、巨大な卵。無数の糸のようなものが絡みついており、その糸のようなものに支えられるようにして、木々の間に浮かんでいる。
「これが、飛蟲姫……!」
陽菜が叫んだときだった。
ザア……!
風が吹く。空から目の前に降り立つ、誰か。
「復活の邪魔は、させません……!」
とび色の髪の、美しい青年。
「静月……!」
九郎、時雨、バーレッドがその名を叫ぶ。
陽菜は知る。彼が、静月なのだ、と――。
「静月……! なぜだ……! なぜ、お前がこのようなこと――!」
九郎が、叫ぶ。
静月は、静かに微笑む。
「私は、飛蟲姫の息子。母を守り、母を助けることに、なんの疑問がございましょう」
「なにっ!?」
驚く陽菜たちの眼前、静月の背の羽が、ゆっくりと開く――。
「九郎様……。最期です。教えてさしあげましょう……。あの日、王に、私がなんと進言したか――」
じゃり、バーレッドが、少し右足の重心をずらしたようだった。
「静月……、そんな、まさか……、お前が……」
九郎の声が震えていた。
「あの日――。私は、隣国が王子の結婚の儀を隠れ蓑とし、油断させたところを我が国に攻め入るつもりなのだと嘘を申しました。隣国は、エネルギーを得るため、飛蟲姫の力を欲しがっている、術師を使い、飛蟲姫の復活も目論んでいるのだ、と」
「なんと……!」
九郎と時雨は――、衝撃を隠しきれない様子だった。
「王は、私の言葉を信じました。王は、人々の命を奪い、また国を超えた争いの種にもなりかねない飛蟲姫を、完全に滅ぼそうとお考えでした。私のこの力で、衰弱した飛蟲姫を倒すことができると信じて――」
「それで、父たち皆は、飛蟲姫のもとへ向かったのか……!」
九郎の、絞り出すような声。静月は、表情も変えず冷ややかに、そんな九郎を見つめている。
じゃり、小石を踏みしめる音。バーレッドが、静かに陽菜のほうへ近づいていた。
「陽菜」
バーレッドが、陽菜に耳打ちする。
「今、俺のほうを見るなよ。そのまま、聞いてくれ」
「えっ」
「俺たちで、行くぞ。陽菜。これから、走り出す。九郎はあの通り、すっかり動揺しているが、時雨ならすぐ動けるだろう。そして俺が、お前を守る。卵に明照を、突き立てろ」
え――。
「走るぞ。陽菜」
走り出した。走るのは、そんなに自信はなかった。バーレッドが、手を引っ張っていた。ぐん、と速度が増す。
目の端に、光が見えた気がする。
静月が攻撃しようとし、時雨か九郎が阻止しようとしているのだろうと思った。
確かめる余裕もなにもなかった。
呼吸音がリズミカルに響く。バーレッドの呼吸か、自分の呼吸か、わからない。
ただ、突き出す。刀を、明照を。
これで、終わり――! すべてが、これで解放される――!
ドッ。
音がした。明照を突き立てる、音ではなかった。
え。
振り返る。音のしたほうを見る。本当は、無視して明照を力いっぱい刺せばよかったのだろうけど。
意外な光景が、広がっていた。
「はは、うえ、さま……?」
飛蟲姫の卵から、のびた管のようなもの。それが、静月の背に突き刺さっていた。
卵から、不気味な女の声がした。
『静月よ。私の、かわいい我が子――。懐かしいあの日の、逆のことをしてあげましょうね』
「ぎゃ……、く……?」
静月の、戸惑う声。
『あの日――。お前の父、いや、お前の父ではないのかもしれませんね。もしかしたら、お前はどこからか、さらわれてきたのかも』
「ははうえさま、いったい、なんのはなしを……、なんのはなしをしているのです!?」
荒い息。息もたえだえになりながら、静月は問うていた。
『あの男が、赤子のお前を私の前に、捧げたのです』
陽菜は、呆然と見つめる。
なにを、言っているの……?
どくん、どくん、卵が、脈動する。
『私は、このようにあなたにこの管を刺した。そして、人の子であるあなたに、私のエネルギーを注いだのです』
「な、なにを……!」
『あの男は、欲に突き動かされていた。あなたを将来使える道具として考え、さらには私の力も利用し、権力や力を得ようとしていた。あの愚かな男は――、とっくに私の養分になっているけれど』
静月が、驚き叫ぶ。まさか、まさか、とうわごとのように呟いている。
「陽菜! 早く突き刺せ! やつは、おそらく――」
バーレッドの叫び声。しかし、陽菜はつい飛蟲姫と静月の会話に引き込まれ、我を忘れていた。
ハッとし、明照を構え直す。
『静月よ。今、あなたの力をもらいますね。そして、私はいったんここを――』
「陽菜! 飛蟲姫は異世界に逃げる気だ! 静月のエネルギーを使って! 異世界に行けば、コトワリの力で陽菜、お前は攻撃できなくなる――!」
バーレッドの叫び声で、すべてが繋がった。
まだ力の弱い飛蟲姫は、攻撃もままならないのだろうと。あの管は、おそらく母と子を繋ぐへその緒のようなもの。攻撃器官ではないその管、一度繋がった静月のエネルギーなら摂取可能なのだろう。
『コトワリと呼ばれる期間内に、あまり異世界の民に影響を及ぼす振る舞いをすると、弾かれてしまう。最悪の場合、消去される』
ザンッ!
九郎の大太刀が、静月と飛蟲姫を繋げる管を断ち切っていた。
そして、時雨の槍が、飛蟲姫の卵を刺し貫く。
脈動を続ける卵。
「わしの槍では、やはり効かぬか……!」
叫ぶ時雨。
「私が、終わらせる……!」
陽菜は、明照を振り上げる。
私は、「運命の姫」だから――!
鈍い、感触。しかし、確かな手ごたえ。
永遠のように思える一瞬だった。
普通の物体なら突き抜けてしまう明照が、確かに飛蟲姫の卵を貫いていた。
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