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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第7話

第7話 少女救出作戦に、乾杯

 旅人たちが宿屋を探し、働き終えた大人たちが酒場に繰り出す、そんな時間だった。

「助けてください!」

 道端で男たち三人に捕まり、少女が助けを求めて叫ぶ。しかし通りの人々は、ただそんな光景を遠巻きに見つめ、声を潜めて囁き合うだけだった。
 今晩の宿を取ろうと偶然この町に立ち寄った小鬼のレイと魔法使いレイオルは、足を止めた。

 いったい、人間同士でなにが――。

 レイは、レイオルの顔を見上げた。

 なんだかわからないけど、助けてあげなきゃ……!

 レイオルの視線は、騒動のほうへ定められたままだった。
 そしてレイオルが、男たちに向かってか傍らのレイに向かってなのかどちらかわからないが、なにかを言おうとした、そのとき。

「なにやってんだ、あんたら!」

 レイオルより背も体格も一回り大きな男が声を張り上げ、少女と男たちの前に立ちはだかった。

「これは家の問題。よそ者には関係ないことだ」

 三人の男たちの中の、最年長と思われる初老の男が、苛立ちを抑えた声で言い返す。

「確かに俺はよそ者、通りがかった旅人だがな。嫌がる少女を大人三人がかりで抑え込もうとするっていうのは、ちょっと見過ごせないな」

 なにがあったか知らんが、と旅の男は付け足す。

「抑え込んでいるわけじゃない、娘を家に連れ帰るだけだ……! 家族として当たり前の――」

「その少女、人間じゃないな」

 割って入る大声。

 えっ。

 レイオルだった。レイは目を大きく見開き、思わず尋ねた。

「レ、レイオル。そうなの? 俺、人間の女の子かと――」

 その場の全員の視線がレイオルに集まる。通行人も、旅人も、当の女の子、三人の男たちも。
 すぐに通行人は視線を外し、顔を背けた。不自然な沈黙、言ってはならないことを言ってしまった、そんな空気に包まれた。皆、なにかを知っていた。レイとレイオル、そして例の旅人以外。
 
「なにを、ばかな……!」

 男たちは口々に叫び返す。

「ひとの娘に向かって、失礼だろう!」

 男たちの声に、あきらかな動揺と焦りが入り混じっていた。

「まったく、とんでもなく非常識な男……! さっ、帰るぞ!」

 少女の手を、無理やり引く男たち。その場をそそくさと逃げるように離れた。周囲の人々は、示し合わせたように少女と男たちに道を開けた。
 少女のほうはというと――、抵抗も示さず手を引かれながら、振り返るようにしてレイオルのほうを見つめていた。
 つぶらな、大きな瞳。
 なにも言わず、ずっと見つめていた。人ごみに隠れ、見えなくなるまで。
 一心に。表情もなく、ただ見つめ続ける。まばたきも、せず――。



「掴みかかりもしなかったな」

 旅人が、大きな杯を傾けながら呟く。
 ここは、酒場。レイ、レイオル、そして旅人の三人でテーブルを囲む。
 料理が次々と運ばれ、そのたびに、うわあ、うわあ、とレイは歓声を上げていた。

「それはそうだろう。本当のことだからな」

 レイオルは、淡々と言葉を返しながら、箸を進める。
 
「あんた、酒は飲まんのか?」

 旅人が尋ねる。旅人の杯には、葡萄酒。この町の名産らしい。

「俺は子どもだからー」

「ちびっこ。お前に聞いてんじゃねー」

 レイの答えに旅人が笑いだす。
 奇妙な三人の飲み会は、レイオルに興味を持った旅人から持ちかけられた。

「あんた、なんかわかんのか?」

 少女と男たちが去ったあと、旅人はそうレイオルに質問した。レイオルを不躾にじろじろ見回しつつ。

「まあな」

「へええ?」

 レイオルも、その場を離れようとした。レイオルのほうは、旅人に関心がないようだった。

「なあ。あんたらも、旅をしてるんだろ?」

 旅人が、さらに声をかける。

「俺の名は、アルーン。俺の泊まってる宿、安くて飯もうまい。紹介してやろうか?」

 旅人の名は、アルーンといった。黒髪で黒い瞳、筋骨隆々とした大男だった。腰には大きな剣が差してある。
 アルーンのレイオルへの好奇心、それと先ほどの騒ぎについての見解を聞きたいということで、今晩の宿屋と酒場行きが決定された。アルーンに押し切られて、であるが。

「私は、飲まないわけじゃない。必要なときに必要なものを飲む」

 レイオルが分厚い肉を頬張りながら答える。

「今、必要じゃないってか」

 アルーンはほんの少し眉根を寄せる。俺と飲むのは不本意なのか、と抗議しているように。先ほど偶然居合わせただけ、初対面のくせに、である。アルーンは距離の詰めかたが近い人種のようだ。

「魔術の際あったほうがいい場合など、体に取り入れるほうが簡単に進むとき、など。嗜好品としては重要視していない」

「ふうん……。あんた、魔法を使えるんだってな。で、あの少女の正体、わかるのか?」

 一瞬の間。レイもレイオルの言葉を待つ。

「……『掴みかかりもしなかった』とは、お前もあの連中の態度を不審に思っているということか」

 レイオルは、逆にアルーンに尋ねていた。
 アルーンは重たい杯をテーブルに置いた。

「ああ。普通、自分の身内をいきなり『人間じゃない』なんて言われたら、もっと怒るだろう。早く少女を黙らせて連れ帰ろうと興奮していたようだったから、その勢いで殴られてもおかしくなかった。それに」

 それに、と述べたあと、アルーンはレイオルの顔近くまで身を乗り出し、声のトーンを低くした。

「周りの町の連中。なにか知ってる。あいつらが、普通じゃないってこと」

 レイオルはいったん食事の手を止め、アルーンの話に耳を傾けていた。
 二人の様子を黙って見ていたレイは、話の流れがもっと違う方向へ向かうことを願っていた。

 あの女の子。何者かわからないけど――。とても嫌がってた。なにかしてあげられないのかな。

「俺は」

 アルーンはふたたび杯に手を伸ばし、一気に飲み干した。

「己の鍛錬、剣の腕試しのため旅暮らしをしている。金は、道中困っている人を助けたり日雇いの仕事をしたり――、たまに怪物退治などをして、その報酬で得ている。さっきの騒ぎ――、放っておけない」

「金を得るためか」

「違うっ。女の子が助けを求めているのに、放っておけないってことだ!」

 レイオルの身もふたもない言葉に、アルーンは声を荒げた。
 酒に興じる客たちの視線が、一瞬レイたちのテーブルに注がれる。だがそれ以上喧嘩に発展する様子もないことがわかると、すぐにそれぞれの会話に戻っていった。

 アルーン。優しいひとなんだな。

 レイは、アルーンを見上げた。頑強そうな体躯に、そして話しぶりや態度が少々強引であることや腰にある大剣に、少し怖い印象を抱いていた。

「……私は、怪物を倒す旅をしている」

 レイオルが、静かに語る。

「あの少女は人ではないが、怪物ではない。だから、本来の私の目的とは違う。それに、通りすがりの旅人の身に過ぎないのに、他者の家の内情に踏み込むような真似は、いかがなものか」

「む。それは、そうだが……」

 アルーンは腕組みをした。内情に踏み込む、という言葉にいったんうつむき、空になった杯に目を落としてから、

「……って、待て! 公衆の面前で『人間じゃない』発言をしたやつが言うセリフか!?」

 アルーンはレイオルを指差し、鋭い指摘をぶちかます。

 ごもっとも。

 レイもうなずいてしまっていた。
 そんな中、いつの間に注文したのか、アルーンの前に新しい酒が運ばれてくる。

 え。

 いつの間に注文したのか。レイオルのもとにも酒が運ばれてきた。そして、レイのもとには、ホットミルク。

 え、え、いつの間に……?

 酒場の雰囲気に似つかわしくない、ほやほやと立ちのぼる湯気に、レイの顔が自然とほころぶ。
 アルーンのほうを見ると、アルーンも少し驚いているようだった。
 そんな二人の様子に、レイオルは不敵な笑みを浮かべる。

「だから、疑問を覚えるような非常識な者同士、ひとまず結託しないか」

 レイオル……!?

「乾杯。酒は、こういうときに飲むのだろう?」

 レイオルはニヤリと笑い、杯を掲げた。

「少女救出作戦に、乾杯」

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