【創作長編小説】天風の剣 第46話
第五章 最後の四聖
― 第46話 黒の紳士 ―
「キアランも、ルーイもフレヤさんも、体のほうは異常なしだ!」
ライネが改めて、キアラン、そして囚われていたルーイとフレヤの体調を診た。
ライネは、かがんでルーイの瞳を覗き込む。
「……おぼっちゃま。心のほうは、大丈夫か……?」
瞳を覗くと、心が見える、そうライネは信じているかのような仕草だった。
「うん……! 大丈夫だよ!」
ルーイの返事を聞き、ライネも皆も、安堵のため息をもらす。
「あのね。ライネおにーさん」
ルーイが少し考えながら、なにかを伝えようとしていた。
「なんだ? ルーイ」
「あの女の子――、あの四天王の女の子……。最初とっても怖かったけど、ほんとうは――」
ルーイは、自分の心の中から適切な言葉を探しているようだった。
「そんなに悪い子――、じゃないのかも……、しれない――」
ライネも皆も、ルーイを優しく見守るように見つめる。
「四天王も翠も蒼井も――。人間をたくさん殺してきた。でも――」
ルーイの瞳は、足元で揺れる小さな野の花を映していた。
「きっと、それは、僕らとは違う生き物だから」
野の花が、風に揺れる。野の花の影で、何匹かの蟻が協力し合い、死んだ芋虫を運んでいる。
「そして、あの子は……、たぶん……」
蟻は、食料のために芋虫を運ぶ。翠と蒼井は、四聖を運ぶ。
いったい、なんのため……?
ルーイは言葉を探す。そして、首を少し傾けながら呟く。
「心が、減っていた……?」
「ん? 心が減る……?」
「うん……。捕まってる間、夢の中に来たあの子が言ってた。僕らが傍にいると、とっても嬉しいんだって。嬉しくて、心がいっぱいになるんだって」
「……そうか。あの子は、寂しかった。自らの心を満たすために、四聖をさらっていた――。そういうわけか――」
「うん――」
「やっぱり、悪い子じゃん!」
ライネが率直な感想を述べた。
皆、顔を見合わせた。
「空の窓のことは関係ない――。四天王も色々いるっていうことか」
ライネは、ルーイの頭を撫でた。そして、もう一度ルーイの瞳を覗き込む。
「ルーイ。お前は優しいからな。でも、同情は禁物だぞ」
「うん」
ルーイがうなずいた様子を見て、ライネの顔に笑顔がこぼれる。
「よし! それじゃあそろそろ、俺たちもエリアール国へ出発しよう!」
皆、うなずいた。ソフィアを除いて。
「なんで、あんたが指揮をとってんのよ! そこ、気になるんですけど!」
ソフィアが、ライネにつっかかる。しかし、そういうソフィアも、ライネの言葉に従い、自分の馬の手綱を握っていた。同意はしつつも一言言わずにはいられないらしい。
「細かいことは気にすんなって! では、しゅっぱーつ!」
皆、ライネとソフィアのやり取りに笑顔を浮かべつつ、それぞれの馬に乗る。
フレヤはソフィアの馬に一緒に乗り、ルーイは、ダンと一緒にダンの馬、バディの背に乗る。
キアランの馬、フェリックスも、ダンに連れられてきていた。
フェリックスは、キアランを再び自分の背に乗せることができて嬉しそうだ。
ドガガガガッ!
青空に、馬の蹄の音が響き渡る。
エリアール国は、北の方角の山々を越えた向こうにある。
赤い太陽が、その姿を隠そうとしていた。
キアランたちは山の中を進む。
ダンやアマリアの予測では、二週間後にはエリアール国の王都に到着できるのではないか、とのことだった。
「魔の者……!」
巨大なコウモリのような姿の魔の者が牙をむく。この山に潜む魔の者のようだった。
「深淵なる森の緑よ、魔の者を切り裂け……!」
ダンが、紫の石のついた杖を天に掲げる。
「滅せよ! 魔の者……!」
落ち葉が舞い上がり、コウモリのような魔の者に向かって飛んで行く。
ギャアアアア……!
刃のようになった落ち葉が、魔の者の体を切り刻む。魔の者は空中でもがき苦しみ、体のコントロールを失う。
シュッ……!
ソフィアの剣が、落下していく魔の者を深く切り裂いた。
ダンの魔法攻撃により大きなダメージを負い、ソフィアの剣によってとどめをさされた形となった巨大なコウモリのような魔の者は、音を立てて地面に落下すると、そのまま動かなくなった。
「ソフィアさん! さすがだな……! 見事にやつの急所を切り裂いていた!」
傍に駆け付けたキアランが、ソフィアの剣の鋭さに感嘆の声を上げた。
「……あたしには、魔の者の急所なんてわからないわ。今のは偶然ね。あたしはただ、やつらが動かなくなるまで、ひたすら斬り続けるだけよ」
「皆、そうだ」
ダンが、ソフィアの言葉にうなずいた。
「剣士にせよ魔法を使う者にせよ、魔の者と戦うには、相手の命が尽きるまで攻撃し続けるしかない。通常の生物のように、武器やなにかの方法で、力の弱い者でも仕留められる、そうだったらよいのだが――」
「そうか……」
キアランは、ハッとした。自分だけが、さほど強くない魔の者であれば、急所をとらえられるということを、失念していた。
そうだ。私は、皆とは違う。私は、人間ではない――。
キアランも、魔の者の急所がわかるということが、自然で普通のことだと思っていたわけではない。しかし、まったくの手探りで魔の者と戦っている皆の苦労を、得体の知れない敵と戦い続ける人々の勇気を、自分は心底理解してはいなかったのではないか、自分を責めるわけではないが、どこかいたたまれない心持ちとなっていた。
「おいおい。妙なところに引っかかるなよ、キアラン」
すかさず、ライネがキアランに笑いかける。
「そこは、そうじゃねーだろう? それより、もしやつらの急所がわかったら、俺たちにも教えてくれ」
「あ、ああ」
「連携が、大事だ! そして、スピードも!」
ライネの、邪気のない明るい笑顔。ライネにつられるように、キアランの顔にほんの少し明るさが戻る。
「そうだな――。これからは、私のわかる範囲で魔の者の情報を伝えることにする」
そう口に出して、改めて重大なことに気付く。
皆を危険から守れるのに、なぜ早くそのことに気付かなかったのだろう。
キアランの顔が、ふたたび曇る。キアランは、自分を責め始めた。
私は、愚かだ――! そんな簡単なことにさえ気付けないなんて――!
冷たい風。高い木々に覆われた森は、あっという間に夜の世界へと移ろい行く。
キアランは、皆に対してとても申し訳なく感じていた。
「すまな――」
キアランが皆に謝ろうとしたとき、ライネが元気よくキアランの背を叩いた。
「うん! まったく、頼りになるな! 大将!」
ライネは、キアランの謝罪の言葉を遮り、おまけにどこかへ吹き飛ばしてしまっていた。
え。
キアランは、思いがけないライネの反応に、呆然とする。
気を取り直して、キアランはもう一度謝ろうと試みた。
「すまな――」
「大将! 大将は、かっこいーなあ!」
また、ばんばんとキアランの背を叩く。ライネの瞳は、キアランに、お前が謝る必要はない、それより、これからだぜ、と言っているようだった。
「ライネ――」
ライネは、優しい微笑みを浮かべる。
「みんな、あんたの気持ちはわかってるよ。キアラン!」
ライネ……!
ライネは、ふふふ、と笑う。
「細かいこと、気にすんなって!」
「ライネ……」
決して細かいことではない。でも、自分を励まそうとしていることが、ひしひしと伝わってくる。
「キアラン。おめーは真面目すぎだあ!」
ライネのまっすぐな瞳に、キアランは謝ることを――、いや、自分を責め続けることを――、ついに諦めることにした。
「……誰が大将だ」
キアランは、苦笑しながらも不思議に思う。
ライネの深い緑の瞳――。私の心の暗い部分に気付き、そこにあたたかな光を当ててくれる――。まるで、なんでもお見通しみたいだ――。
ライネの素朴な明るさに、今まで何度も救われてきた。きっと、ライネは変わらない。これからも、ライネはライネらしく背中を押してくれるのではないか、そうキアランは思った。
「……ありが――」
ありがとうと、伝えようとした瞬間、またライネが勢いよくキアランの背を叩く。
「大将が嫌なら、大統領っ! よっ! 大統領!」
ライネは、自分に対する礼も述べさせないつもりらしい。キアランは苦笑しつつも、「よっ! 大統領!」ってなんなんだ、とぼんやりと考える。
月が昇る。
比較的なだらかな場所を選んで、テントを張ることにした。
魔法を使った、たき火を囲んで座る。
「お姉さん、こっち」
さりげなさを装い、フレヤはソフィアの手を引きダンの隣にソフィアを座らせる。
「フ、フレヤ……!」
頬を染め、唇を尖らせて小声で抗議するソフィア。でも、まんざらでもなさそうだ。ソフィアの反応を眺め、フレヤは、にこにこと楽しそうにしている。
ソフィアの隣になったダンはというと――、携行食を手にする動作がどうにもぎこちない様子だ。
アマリアが、口を開いた。
「四聖の光を隠すよう魔法をかけましたが、やはり、四聖がお二人になると――。魔の者の襲撃も、今までより増えていくだろうと思います。一層気を付けてまいりましょう」
「そうだな。それにしても――」
キアランの心に、不安がよぎる。
「テオドルさんたちは、大丈夫だろうか――」
魔導師と合流するのは、どのくらい先なのだろうか。それまで、四天王や魔の者の襲撃にあわずに済むのか、もし襲撃にあったとしたら――、どのくらい被害が出るかと、キアランは気がかりだった。
魔法の炎が、大きく揺れた。
ざわっ……。
急に、総毛立つ感じがした。
真の力に目覚めたキアラン。その体に流れる血が、本能が、危険を知らせていた。
「! なにかが、来る――!」
キアランは空を見上げ、立ち上がった。
ぽっかりと浮かぶ、白い月。月をさっと横切るように突然現れた影。
トッ……!
皆が身構えるその一瞬前に、それらは地上に降り立つ。
「やあやあ。皆さん、お揃いで――」
右手を胸の辺りに添え、軽く会釈する紳士。
両脇には、長い白髭の老人と黒髪の美女を従えている。
紳士が、すっと、人差し指を立てる。流れるような、どこか優雅な仕草だった。
「皆さんに、ひとつ、ご提案があります」
微笑みを浮かべる褐色の肌の紳士。その背には、四枚の漆黒の翼があった。
「四聖のお二人を頂戴したく、参上いたしました。大人しく四聖のお二人をこちらに渡していただければ、他の皆さんには危害を与えません」
褐色の肌の四天王が、ほんの少し首を少し傾けつつ、にっこりと笑う。
「悪い提案ではないと思いますが、いかがでしょうか……?」
黒い雲に、月が覆われていく――。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
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