【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第34話
第34話 最初で最期の宴
旅館の売店には、ド派手な広告文と共に饅頭の箱が並べられていた。
「よし。全箱、買うぞ。私が一括で払う。私に任せよ。ただし、荷物は分配しよう」
魔法使いレイオルは、お買い上げする気満々で、腕まくりをしていた。
「全箱……!」
思わず、小鬼のレイの声が変なふうに裏返る。
「誠にありがとうございます……!」
売店の担当の女性従業員が、満面の笑みで、さっ、とそろばんを構えた。
「レイ。ダルデマ。こういうのを、大人買いって言うんだぞ」
剣士アルーンは、もっともらしい顔つきで、小鬼のレイと、青年の姿に変身中の鬼のダルデマに、講釈していた。
「ん」
従業員が鮮やかな手さばきでそろばんを弾きあげたとき、レイオルがふと視線を後方に送る。
とてもかすかな羽音。
窓が開いていたのだろうか。黒い糸のようなトンボが、どこからともなくレイオルの肩にとまる。
薄い四枚のはねを、震わせる。
ああ。
レイオルはうなずき、目を細めた。
「お会計は合計で……、ございます!」
高らかに従業員が合計金額を読み上げたとき、トンボは夜の闇に溶け込むように去っていった。
レイオルは、一人呟く。
「今夜は、最初で最期の宴かもしれんな」
大広間に着くと、豪勢な夕食の膳が用意されていた。
「えっ! あなたたち、なにその手荷物!」
後ろから来た魔法使いケイトが、指差しつつ叫ぶ。ケイトの隣には、元精霊のルミがいるわけだが、
「えっ! なに、ケイトとルミの服!」
ケイトに指差され振り向いたアルーンが、ケイトとルミの服装を一目見て、ケイトよりももっと驚いた声を出していた。
「え。これ。旅館が用意してくれた、民族衣装。湯上りに着るといいんだって。あなたたちも説明、女将さんから聞いたでしょ?」
えーと。
ケイトにそう言われ、アルーンはちょっと腕を組んだ。そう言われてみれば、確かになにか言われたような、客室で畳んだ状態の服を、目にしたような……。
饅頭怪物の話のインパクトが強すぎて、忘却の彼方だった。
はるか忘却の、彼方だった。新情報は、右から左へ流れていった。
いや忘れてたことは、まあいいとして。
アルーンは、髪を結い上げ、長着を帯でしめた民族衣装姿のケイトに、目が釘付けとなっていた。
ほんのりと薔薇色の頬、まだ濡れた髪――。衣装は、正直今までの服のほうが露出が高かった。その民族衣装は、体のラインがゆるやかに抑えられ、かえって匂い立つような清らかさが感じられた。
目、というより、心を逸らすことができなかった。
急いで、無理やり視線を外した。
あんまりじろじろ見たら、失礼だ。
アルーンは、内なる胸の高鳴りをも無視することにした。
「ルミ、その恰好、似合うなあ」
ルミを褒めてあげることで、精いっぱいだった。
「えっ、私は!? ルミだけ!?」
結果、ケイトの機嫌を少々損ねてしまったわけだが。
「え、てゆーか、ええと」
「で、あなたたちの手荷物は、いったい――?」
アルーンは動揺し口ごもるが、ケイトの関心はそこにはないようだった。
「饅頭だ。売店に売ってる『スズメ頭の悪魔のささやき』と、その『苺味』」
レイオルが、ケイトの質問に答えていた。
レイオル、アルーン、レイ、ダルデマ、男性陣それぞれの手には、何箱もの饅頭の箱がぶら下げられていたのだ。
「買い占めてしまった」
「土産なの!? 帰り道でもないのに!?」
ケイトが驚くのも、無理はない。入浴前に食べた、テーブルの上にあった饅頭は確かにおいしかったが、まさか、あの女将の話でその饅頭を買おうという気持ちになるとは、到底思えない。
これから世界を滅ぼす怪物の退治に向かおうとしている道中で、である。
道中で饅頭はありえない。
お膳は、山間の宿ということもあって、茸と竹の子がふんだんに使われていた。
壮観。茸姫、竹の子姫にも見せてあげたかったなあ――。
レイは、お膳を見渡して感慨にふけっていた。ちなみに、レイの好物の煮豆の鉢も、しっかりあった。
「大量の饅頭で、饅頭怪物を手懐ける。飽きてとっくに食べたくなくなっていたとしても、我々には『苺味』という新作がある。やつは必ず、それに食いつく」
レイオルは、焼いた川魚に食いつきながら、ケイトとルミにそう説明した。
「饅頭怪物を、探せる自信があるの?」
手懐けられるかどうかという以前に、存在するかどうか、そしていたとしても探せるかどうか、という疑問をケイトはぶつけた。
「もちろん、そこは私たちの魔法力にかかっている」
「えっ、私たち!? 私も頭数に入るの!?」
「当然だろう。魔法使いなのだからな」
「ええっ、無理――! たぶん、私の魔法力じゃ――」
頭数。
頭数、という言葉がレイの心に引っかかる。と、いうのも、レイにはさっきから気になることがあった。
あのお膳、なんだろう……?
お膳も席も、人数分より一席、多く用意されていた。
もちろん、気にしているのはレイだけではなかった。
「なあ、レイオル。頭数といえば――。お前の座っているとこの隣、一個空いてるんだが。女将、人数間違えたのかなあ?」
アルーンがレイより先に疑問を口にした。
向かい合わせに並べられたお膳、レイオルは出入り口側の席の一番端に座っていた。そして、レイオルの隣には謎の空席ができる形になっていた。
「まさか、幽霊!? でも、念とか気配とか、なにも感じないけど……」
ケイトが辺りを見回したとき、レイオルが静かに語り出した。
「幽霊じゃない。客人だ。呼んだわけでは、ないが」
客人……?
そのとき、すうっと扉が開いた。
「やあ。すまんね。お邪魔するよ」
あっ。
レイは、扉の先の人物に見覚えがあった。ルミが、びくっと肩を震わせ緊張した面持ちになる。
「大丈夫、精霊のお嬢ちゃん。私は敵じゃない。聖人でもないけどね」
金の長い髪、金の鋭い瞳。背の高い、黒い衣装をまとった、性別も年齢も見れば見るほどわからなくなるような、あいまいな輪郭の人物。
「ようこそ、ライリイ」
レイオルは、扉の人物に向かって杯を掲げた。
「未来が、変わった」
商売道具を積んだ荷車を引き、人里離れた林道を歩くライリイは、足を止めた。
レイオルたちより先を進んでいた。
吹く風が、躍る木漏れ日が、上空を飛ぶ鳥の声が、教えてくれていた。未来のかすかな変化を。
ライリイは、呪文を口ずさみながら木の枝で地面に円を描いた。低く、そっと唄うように。
円の中に、魔法文字を追加する。そしてそのうえに、いくつかの小さな木の実を投げ入れた。
未来の変化に繋がる重要な要素を、導き出すために。
なにが、起こっている? なにが、起きた?
ライリイの金の瞳は、木の実の配置から情報を受け取る。たんなる配列に過ぎないが、ライリイには様々な情報が見えていた。
レイオル、か。
驚きは少なかった。むしろ、やはり、と得心が行った。
さらに、意識を集中させる。
レイオルの周りで、条件が揃う。そして、これは――。
ひときわ目立つ強く異質なエネルギー。
鬼、か。
これは、探しやすいと思った。遠く離れていても、手に取るようにレイオルたちのいる方角がわかった。
強い風が吹く。木の実が転がった。
おそらく動く。速く。思ったよりも。
ライリイは、レイオルが眠れるウォイバイルを起こすと思いつく前日、レイオルの計画を予知していた。
計画の、詳しい内容までは読み取れなかった。しかし、なんらかの手段で、ウォイバイルを強引に目覚めさせるつもりなのだとわかった。
まったく……!
思わず、笑みがこぼれた。首を左右に振りながら、込みあがる笑いを抑えられないでいた。
大した連中だよ……!
ライリイの瞳の奥に映るのは、いくつかの光。それぞれ独自の色を内包しながら、寄り添い合い、響き合い、不確かな闇の中でも自らの輝きを棄てようとしない――。
空を見上げる。流れる雲を、ライリイは見つめる。そこに、ひとかけらの幸運を見つけようとするように。
さて。それでは――。
ライリイは、来た道を戻ることにした。
ああ。宿屋の映像が見える。ここで、彼らと合流すればよいだろう。
ライリイは、空に人差し指を掲げた。指の先、一匹の黒色の糸トンボがとまり、はねを休める。
「宿の手配と説明を、頼むよ。彼らの連れとして、宿に話をつけておいておくれ」
糸トンボに、魔法を乗せる。
きっと、宿屋の女将たちの目には、伝達をする使者として映ることだろう。
「ああ。そうだ。レイオル自身にも伝言を」
糸トンボの軽やかなはねに、追加の伝言の魔法を乗せた。
『まったく。お前は無謀な男だね。私もお前の計画に合わせることにするよ』
もうひとこと。言っておこうと思った。
『最初で最期に、酒でも酌み交わそうじゃないか』
「私たちの魔法力。それは、ライリイを含めて、だ」
レイオルは、ライリイの杯に、なみなみと酒を注いだ。
「あなたが、あのとき、町にいた『もう一人の魔法使い』だったの!」
とケイトが声を上げ、「勝手に怖がってしまってごめんなさい」、とルミが謝り、「面白い人間がまた増えた」、とダルデマが笑い、「あのときのあの店の店主さんだったのか」、とアルーンが驚き、レイが「本人より先にお膳が来てるなんて、不思議だねえ」などと口々に述べていたが、当のライリイは、
「饅頭怪物とは……!」
と、そこに笑いが止まらない様子だった。
ライリイの爆笑が続いたあと、
「皆の集結と初めましてとこれからの健勝と饅頭の勝利を祝い」
というレイオルの乾杯の音頭で、それぞれの杯やカップ――酒とジュースとミルク――が、元気に掲げられていた。
「乾杯!」
饅頭の勝利のくだりで、ライリイの腹筋が崩壊していたが。
◆小説家になろう様掲載作品◆
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