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【創作長編小説】異界屋敷不思議譚 第六話

第六話 ド派手さんと結斗君

 風にそよぐ公園の並木、アイスキャンディを一口かじると、文字らしきものが顔を出す。

「あ、当たりだ」

 木の棒に焼き印された、「当たり」。
 
「やったな、翔太!」

「いいなあ!」

「すげー!」

 ラッキー。

 翔太自身より、周囲を取り囲む友だちが皆、大騒ぎしていた。
 友だちからの、賞賛の声と羨望の眼差し、そして、ちょっとした幸運への興奮。
 皆、それぞれ声を弾ませた。ふざけて翔太に体当たりするように、体を弾ませる者もいた。

「当たりの交換って、あとからでもいいのかな?」

 一本食べ終わって、もう一本というより、後日のほうがいいような気がした。
 いいんじゃね、いいんじゃね、と皆うなずく。翔太は日を改めて、アイスキャンディを購入した駄菓子屋に向かうことにした。

「それにしても駄菓子屋のお兄さん、今日も派手だったなあ」

 翔太がなにげなく呟き、さらにもう一口かじりつく。途端に、キーンと頭が痛くなる。

「え。駄菓子屋のお兄さん? そんなひと、いたっけ」

 同じくアイスキャンディーを口に運ぶ友だちが、不思議そうに首をひねった。

「え? 俺たち、あのお兄さんから買ったじゃん」

 翔太が当たり前のように述べる。確かに、金の長髪で金色の目をした、バンドマンのような青年に代金を支払っていた。駄菓子屋の店主かもしれないその青年は、背が高く痩せていて、ド派手な色のシャツ、黒のジーンズに厚底シューズといったいでたちだった。

「え。なに言ってるの? 小柄で地味な服のおじいさんだったじゃん」

 皆、口を揃えた。ただ、一人の友だちを除いて。

 あ、と翔太は思った。

 もしかして――、俺得意の不思議現象……!

 皆の目には、老人に映っていた。と、いうことは、これは最近よく出会うようになった、異世界案件なのでは、とピンときた。
 皆不思議そうな目で翔太を見ている。翔太は、慌ててごまかすことにした。

「なーんてね、冗談、冗談っ。ちょっと、夏だから怪談みたいなこと言ってみたー」

 つっまんねー、と皆に小突かれ、話が下手だよ、と笑われた。怪談といえば、ユーチューブでこんな話が、と皆の話題はすぐ次に移っていく。翔太は、ほっと胸をなでおろす。

 あぶない。変なやつって思われるとこだった。

「翔太君」

 友だちの一人、結斗君が翔太のすぐ隣にきて、小声で話しかける。さっき、「おじいさんだった」という皆の証言の際、ひとり黙っていた子だ。

「アイス、交換にいつ行くの?」

 結斗君が尋ねる。皆に聞こえないような小声のままで。

「ええと。決めてないけど。なんで?」

「あのさ――」

 結斗君は、真剣な目をしていた。

「僕も見えたんだ。お兄さんに」

 えっ。

「アイス交換、二人だけで行ってみない? おじいさんかお兄さんか、確認してみたい」

 皆のはしゃぐ声が、遠くに聞こえるような気がした。

「今までずっと僕も、お兄さんに見えてたんだ」


 駄菓子屋の屋号は、「ふしぎや」。
 これぞ昭和、といった古い建物でレトロな佇まいなのに、店主がド派手な青年というのが前々から翔太には不思議に感じられていた。

「行くよ」

「うん」

 翔太と結斗はうなずき合い、店内に入る。

「いらっしゃい」

 やっぱり、ド派手兄さんだ……!

 にこやかに挨拶をしたのは、やっぱりいつも通りの金髪お兄さんだった。

「ド派手さんだよね」

 一応、小声で結斗君に確認する。

「うん。お店にいるのは、ド派手さんだけだ」

 結斗君も翔太と同じように見えているようだった。
 そこで、失敗した、と翔太は気付く。

 もう一人、友だち! おじいさんに見える人の証言がないと、なんにもならない!

 ただ単に、バイトの人なのかもしれない。おじいさんは、出かけているか店の奥にいるのかもしれない。これでは、違う人物に見えるという証明にはならない。

「どうしたの? なにか?」

 二人がこそこそしている様子を見て、金髪「ド派手さん」が疑問に思ったようで、声をかけてきた。

「えっ、あっ、あの、これを――」

 翔太は急いで、ポケットからアイスキャンディの当たり棒を取り出した。

「ああ! 当たり! おめでとう! それじゃ、もう一本――」

 ド派手さんは、アイスのケースからアイスキャンディを取り出そうとした。

「あのっ。お兄さんは、お兄さんなんですか? おじいさんじゃ、ないんですか?」

 結斗君が、直球で質問をしていた。

 ゆっ、結斗君……!

 翔太は、ぎょっとした。なんと大胆な、と思った。相手がもし、怖いおばけとか怪物だったりしたら――。

 人間じゃない、正体がバレたと思って、襲ってくるかもしれないじゃないか……!

「結斗君、やっぱ帰ろっ! は、早く……」

 翔太は結斗君のシャツの裾を引っ張る。これはまずい展開、とどきどきしつつ。

「よくわかったねえ。君たちには、僕がお兄さんにみえるんだあ」

 ひっ、キタッ!

 翔太は、「ド派手さん」の言葉に飛び上がる。

 これ絶対、本性表し襲い掛かるルート!

 結斗を引っ張り、駄菓子屋から逃げ出そうとする翔太。結斗は、なぜか動こうとしない。

「すごいね。普通、おじいさんに見えるはずなんだけど。ご褒美に、君たちスペシャル当たりをあげよう」

 やっばーい!

 スペシャル当たりをあげる、すなわち、それは「死」を与えようというような意味なのでは、と想像する。
 胸がどきどきし、冷たい汗が背筋を流れるが、翔太は急ぎ振り返る。全力で走るにしても、子どもの足で逃げ切れるとは思えない、結斗君と自分が安全に逃げ出すためには、ちゃんと状況を確認しておかなきゃ、と思った。

「はい。僕のこと見えてたみたいな君たち。大当たり! 当たりの景品として、スペシャルなお菓子をあげるね」

 え。

 翔太は思わず目を丸くした。

 これって――!

「きれいでしょ? こっちでは珍しいお菓子だよ」

 にっこり笑うド派手さんの手には、二つのきれいなガラスの小瓶。中には色とりどりの、星形の――。

 星形菓子……!

「わあ。かわいいお菓子……! 僕たち、ほんとにもらって、いいんですか?」

 驚きのあまり、声も失い立ち尽くす翔太の横、結斗君は声を弾ませていた。

「うん。僕のこと、わかったの君たちが初めて。それから、君たちよく店に来てくれるし。だから、サービスね」

「すごいや! 思い切って、訊いてみてよかったあ!」

 結斗は、ぴょこん、とお辞儀をして、「星形菓子」の入ったガラス瓶を素直に受け取った。

「いったい、お兄さんは何者なのですか?」

 結斗君……!
 
 また結斗君が鋭く切り込んでいた。翔太はただ、はらはらしながら見ていることしかできなかった。

「ふふ。皆にはナイショだよ。僕は、『ふしぎや』の『ふしぎさん』なんだあ」

 ド派手さんは、おばけや怪物に変身することなく、バンドマン風の外見のまま、人差し指を唇に当て、いたずらっぽくウインクしていた。

「ふしぎさん、なんですね」

「うん。僕は、世界で一人だけのふしぎさんなんだよ」

 説明に、なっていない……!

 心の中でそうツッコミを入れる翔太だったが、結斗君は納得し、言葉をそのまま受け取ったようだった。

「ありがとう! ふしぎさん!」

「いつも来てくれて、ありがとうね。またいつでも来てねー!」

 ありがとうございます、翔太もそう言って「星形菓子」を受け取っていた。ただ、驚きで呆然としてしまって、ちゃんとお礼を言えたかどうかよく覚えていない。
 頭の中がごちゃごちゃ混乱しつつ、店をあとにした。


 どうして、ド派手さんが、星形菓子を――。

 どう見ても、雪夜丸ゆきよまるの大好物、「星形菓子」だった。

 もしかして、ド派手さんは――。

「本当に不思議なお兄さんだったね」

 結斗君の声で、翔太は我に返る。

「やっぱり、僕と翔太君は正しかった! でも、ほんと、こんな素敵なお菓子をもらっちゃったんだもん、秘密にしなきゃだね」

「う、うん」

 翔太はちょっと動揺しつつ、結斗君に合わせてうなずく。

「秘密、だね」

「翔太君」

「えっ!」

 結斗君のよびかけに、ちょっとどきっとした。「星形菓子」についての話題をされたら、どうしたらいいのだろう、異世界のこと、べにあおや雪夜丸のこと、話したほうがいいのか、話さないほうがいいのか、いっぺんに色んな疑問が浮かび、考えがまとまらず混乱していた。

「アイスキャンディー、溶けちゃうよ」

 無邪気に笑う、結斗君。

「ああ、ほんとだ。でも、そういえば、俺だけ今食べるのなんだか――」

「え、なに言ってるの? さっき、このお菓子もらったとき、ただ帰るの悪いから僕、同じアイス買ってたんだよ?」

 動揺しすぎて、全然気づかなかった……!

 翔太がぼうっとしている間、結斗君は律儀にお買い上げしていたらしい。
 いつの間にか、公園に着いていた。並んでアイスキャンディーを開封した。やはりちょっぴり、溶けていた。
 異世界や星形菓子について、結斗君に打ち明けるかどうかは保留のままだが、翔太は、結斗君に聞いておきたいことがあった。

「結斗君。怖くなかったの? 俺、怖いから一緒に逃げようと引っ張ってたんだよ」

 怖くなかった、と結斗君は笑う。

「だって、ド派手さん――、ふしぎさんは、優しく笑ってたから」

 ふうん、と思った。でも、そういう笑顔、作れる人もいるかもしれないよ、おばけだったら、なおさらだよ、と言おうかと思った。

「あー、やっぱりハズレかあ」

 結斗君の、弾けるような笑い声。ハズレても、楽しそうだ。

「うん。今度は、俺もハズレ」

 揃ってハズレ。でも、二人の手元には、「星形菓子」。ハズレなんて、吹き飛ばしちゃう大当たり。

「ふしぎさんは、本当にふしぎで、いいふしぎさんだったね」

 にっこり笑う、結斗君。

「うん。ド派手さんは、いいふしぎさんだった」

「ああ、おいしかった! 楽しかった! 翔太君、今日はありがとう!」

 そういえば、みんなと一緒に遊ぶことはあったけど、結斗君と二人だけで遊ぶのは、初めてだったな、と翔太は気付く。

「こちらこそ、ありがとう! 結斗君、謎がわかってよかったね」

 ほんとは、謎、余計深まったんだけど。

 いつの間にか、空がオレンジ色に染まっていく。
 しばらく他愛もないことを話した後、二人の家の中間あたりで、ばいばい、と手を振った。

「また、二人で遊ぼうね」

「おう!」

 結斗君の「ばいばい」は、ずっと続いていて、翔太もつられて見えなくなるまで手を振りあった。
 自分の机の中のガラス瓶と、同じ輝きのガラス瓶を、夕日に透かして翔太は眺めていた。

 きっと、結斗くんの澄んだ瞳は、ド派手さんが悪い人じゃないって、ちゃんと見えてたんだな。

 翔太は一人微笑む。

 今度、紅と蒼に、ド派手さんのこと、訊いてみよう。

 結斗君、ド派手さん。不思議な夏休みの終わり。
 もうすぐ学校が始まるけど、楽しいことが、いっぱい増えていく予感に、翔太の心は弾んでいた。

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#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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