【創作長編小説】謎姫、世界を救うっ! 第17話
第17話 策略
優先順位を決めるのは、非常に大切なことである。
今すべきことを、淡々と――。
「うーん、じゃあ、寝よっかあ」
はい?
陽菜は笑顔のまま固まった。そして、目が、据わる。
雪見障子を背にして座る伊崎は、屈託のない笑顔を皆に送っていた。
「もう遅いし、詳しい話は明日にしよう。ええと、お風呂まだの三人、順番に入って。寝床は、女性二人が客間、男性三人が僕の部屋かこの座敷。さて、寝床の準備、誰か手伝ってもらえるかな?」
「い、伊崎さん!」
呆気にとられ、きょとんとしている異世界からの面々に代わり、陽菜が声を上げた。
「なんだい? 陽菜ちゃん」
「もっと――、もっとお話してから、じゃないですか? のんきに寝てる場合じゃ――」
それに、伊崎さんは私たちのこと知らないわけだし、いつ魔族が襲ってくるかわからないわけだし。まだちゃんと話もしてないのに、就寝って――!
伊崎の大きなあくびが、返事だった。
「客人に満足な寝床を提供できずに、寝落ちしたら、伊崎家の名を汚すことになるからね。僕が起きて活動できるうちに、君たちをちゃんと寝かせてあげなければ」
このところ毎晩、夢で見た河原をパトロールしてたから、正直寝不足なんだ、今にも寝ちゃいそう、と伊崎は言う。
「それじゃあせめて安全のために、この立派なお屋敷の周囲に、結界を張らせてください。完全に防御はできないかもしれませんが、伊崎さんのお屋敷は私の感じたところ、とても土地の守りの力が強いようですし、かなり有効なはずです」
眠気が伊崎を襲う前にと思ったのか、ミショアがはきはきとした話しかたで切り出した。
「へえ! 結界! かっこいいねえ! ああ、さっき君、呪文唱えて戦ってたもんね。すごいよねえ、びっくりしたよ」
「……その辺りも、見てらしたのですか」
ミショアは伊崎に絶賛され、少し恥ずかしそうに目を伏せた。
「じゃあ、よろしく頼むよ。戦ったばかりで疲れてるだろうに、悪いね」
伊崎は、オカルトに精通しているためか、ミショアに頼まれる前に塩や酒などを用意し始めた。鏡もいるか、これは使えるか、などと小さな鏡のほか陽菜が初めて見るような道具も持ち出し、時折あくびを入れ混ぜながらミショアに尋ねる。
「こういうもの、私の世界では使ったことはないのですが。なるほど、使えそうです」
ミショアは感心しつつ、伊崎の手持ちの不思議な道具たちを手に取っていた。
こっちの世界の魔法使いと、あっちの世界の魔法使いの遭遇……!
ぽかあんと伊崎とミショアを見ていた陽菜だったが、
「じゃあ、陽菜ちゃんが先にお風呂。結界が終わったらミショアさんが次、まだだったら九郎君がお風呂先に入ってね」
伊崎にてきぱきと行動を指示されてしまった。
有能……。
檜の大きな湯舟の中で腕を伸ばしつつ、陽菜は伊崎を旅館の女将みたいだ、と評していた。
「伊崎さん、寝ちゃったよ。睡魔にはかなわないって」
事前に案内されていた客間に入ると、陽菜とミショアのぶんの布団を敷いているバーレッドと時雨の姿があった。
旅館の番頭さん……。ありがとう……。
陽菜は、脳内でバーレッドと時雨に「伊崎旅館」のはっぴを着せていた。
心身、くたくただった。いろんなことが、ありすぎた。
横になっても眠れそうになかった。疲れがかえって入眠の邪魔をしているのだろうと陽菜は思う。
庭木の葉擦れが耳に届く。強い風が出てきたようだ。
寝返りついでにふと、隣のミショアのほうを見る。ミショアも、まだ起きているようだった。
「ミショアさん。少し、訊いてもいいですか?」
気になっていたことがあった。知るのも尋ねるのも怖くはあったが、今なら訊ける、そんな気がした。
「なんでしょう? 陽菜さん」
「九郎が、言ってたの。戦える者は、もういない、って……。それって、どういう……」
いざ口に出してみると、声が震えてしまっていた。
それから思い出す、バーレッドの言葉。
『王家の――。やつらのせいで、この世界は崩壊しつつあるんだ』
どうして、バーレッドは、九郎たちを敵と――。
「それから、バーレッドは王家のせいって言ってた。どうしてなの……? バーレッドは最初、九郎や時雨を敵って――」
明かりを消した部屋の中、ぼんやりと見える布団の白。
少しの沈黙のあと――、ミショアの返事が返ってくる。
「そうですね……。それではまず……、飛蟲姫の封印についてお話しますね」
ザザザ、枝葉の揺れる音がした。
人々は長い間、飛蟲姫と飛蟲姫が生み出す魔族と呼ばれる存在と戦い続けていた。
ある時代、百年に一人と謡われた、魔法の才に恵まれた青年が現れる。青年は、第三の目を持つといわれる、異能力者でもあった。
「飛蟲姫よ、この地に眠るがいい……!」
青年は、飛蟲姫を滅ぼそうとした。飛蟲姫の魂が尽きることで、世界中に現れた魔族たちも消滅すると、真実を見通す目を持つ青年にはわかっていた。
青年は、大勢の兵士や魔法使いたちと共に、自らの持てる力すべてを用い、飛蟲姫に攻撃魔法を放つ。
光が、熱が、飛蟲姫へとまっすぐ走る。
すべてが、終わるはずだった。
「まさか……!」
皆、息をのんだ。
完全では、なかった。
魔法が到達する一瞬前、飛蟲姫は繭の形状に変化していた。
青年や前衛の者たちは、飛蟲姫の繭に弾かれた青年や他の魔法使いたちの魔法を浴び、絶命した。
敗北――、誰もが肩を落とす。
「皆、絶望するには早い! 飛蟲姫を退治するのは叶わなかったが、やつの動きを止めることができたのだ!」
異能力者の一人が、繭を指さす。
「飛蟲姫は、封印されたのだ……!」
繭に変化した飛蟲姫に、当たった魔法攻撃。弾かれたとはいえ、渾身の攻撃は、封印という結果を生んでいた。
繭の状態の飛蟲姫は、どのような攻撃も届かなかった。下手に手を加えたり、動かしたりすることは危険と判断され、結界を張りそのままその地に放置されることとなる。
魔族たちは、活動し続けていた。封印された飛蟲姫に、遠隔から変わらずエネルギーを届け続けているようだった。結界も虚しく、人や動物の命のエネルギーが飛蟲姫の繭に注がれ続けていた。
しかし、魔族たちに襲われる事例は、格段に減った。
異能力者が見たところでは、封印された飛蟲姫にエネルギーを届ける必要量が減ったのだという。
そして、それから不思議なことが始まった。
「飛蟲姫の繭の周りが、光っている……!」
巨大な繭の周りの、美しい光を放つ石たち。石は、強いエネルギーを放っていた。石だけではない、繭の周りの土、植物も不思議な光を明滅させた。脈動のように――。
「これは――。魔族による殺戮のエネルギー……。そのあふれたものが、影響を与えているんだ」
人々は、研究した。不思議な石や土、植物を。
恐ろしいことに――、それは有用なエネルギーに変換されることがわかった。
わかってからは、早かった。
あっという間に繭の周囲の石や土や植物は、暮らしに利用できるエネルギーへと加工され始めた。それはまるで、電気のような――。
それ以降、人々の生活は豊かになっていく。
石や土や植物を採取、加工するために、そこに町ができた。
他国に高い値で売り、国も栄えた。
そんな日々が続いたある年――。
「繭の様子がおかしい」
異能力者たちが、繭の状態を確認する。
異能力者たちの見解は、一致していた。
「いよいよ、飛蟲姫の死期が近付いているのだろう」
繭の状態で封印。それは、永遠に保たれるものではなかった。飛蟲姫も、ついに滅びのときが来たのだ。
人々は訪れるであろう平和に歓喜すると同時に、便利で豊かな生活は終わり、以前の生活に戻るのだと、少し複雑な思いで飛蟲姫の最期を受け止めた。
国軍の長い行列が、繭のある町に入っていったのは、ある晴れた朝のことだった。
行列の先頭に王族たちもいたようだ、との情報もあった。
「爆発だ! 爆発が起きたぞ……!」
繭の隣町の人々は、巨大なきのこ雲、そしてその中から飛び立つなにかを見ていた。
魔族は、消滅しなかった。
それが、飛蟲姫が生きている証拠だった。
人々は、噂を始める。
「自分たちの国益のため、利益のため、飛蟲姫の封印を解いたのではないか」
「エネルギーの存続のため、一端封印を解き、また封印する予定だったのではないか。しかし、愚かな試みは失敗したのだ」
「王家には、静月という高い能力を持つ魔法使いがいる。きっと、その男が封印を解いたのだ……!」
世界中にいるといわれる、異能力者の目を持っても、詳細はわからなかった。
ただ、その日以降、国王を始めとする王族たちの消息も、静月の消息もわからない。
飛蟲姫が、どこに行ったのかも――。
「わからないのは、術者が術を施して真相を隠しているからなのではないか」
異能力者の一人が、呟いた。
陽菜が訪れた廃墟の町――。それが、飛蟲姫の繭のあった町だった。
そして、その事件以降、九郎と時雨は単独で行動を始めたのだ。
事件についてなにも知らぬまま、生き残った、第九王子とその従者。
飛蟲姫を滅ぼす力があるといわれる刀、明照を探して。
ただ、世界を守るために。
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