【創作長編小説】異界屋敷不思議譚 第七話
第七話 スベスベマン
待望の休み時間がやってきた。
学校があるから夏休みとかが楽しみっていうみたいに、授業があるから休み時間が嬉しいんだよな。
翔太は教科書を机の中にしまいつつ、ちょっぴり「わかってる」ふうなことを考える。
夏休みだと、だいたい決まった友だちとしか会えないし。
部活とか特別なときをのぞいて、連絡を取り合うような仲の良い友だちとしか会わないもの。学校でしか話さない子たちもたくさんいる。翔太は、そんなわけで「学校」が結構好きだった。勉強は――いまいち、だけど。
そんなことを考えつつ、結斗君の机のほうへ向かおうとして、ふと足が止まる。
あれ。
教室の隅の席。見たことのない子が座っていた。
転校生……? でも、今朝、そんな紹介もなかったけど。
そもそも、と思う。
あそこ、机あったっけ。
よく見れば、机も椅子もちょっと変わっていた。全部金属っぽくて、銀色に輝いている。
見たことのない机、椅子に座るその子は、ちょっと長めに髪を伸ばしている男の子だった。服装も、ちょっと変わっていた。なぜか銀色の上下の服、どう見ても目立つ。細面で目が細く吊り上がっていて、顔立ちや髪型は、女子にちょっともてそうな感じだったが、服が宇宙人みたい、というのは大きな減点のような気がした。
いや、女子の評価は別に関係ないだろうけど。
「翔太君!」
結斗君に、シャツを引っ張られていた。そして結斗君は翔太と腕を組むようにして、引っ張るように廊下へと連れ出す。
「翔太君も、あの子、見えるよね!」
開口一番、結斗君が叫ぶ。
「えっ、やっぱり、あの子、普通の子じゃあ……」
うんうん、と結斗君はうなずく。やはりあの子は今までクラスにいない子で、不思議なことに、いないといえばいない、ずっといたといえばいたような気がする、結斗君は、そんな変な感覚を覚えたのだという。
「出欠確認のときも飛ばされてたし、たぶん、僕たち以外、見えていないと思う」
廊下から、そっと教室のその子のほうを観察する。
「あっ」
ふざけ合うクラスメイトたちが、例の子の机の近くに来た。すると、そのままクラスメイトたちはその子と机を、すり抜けるようにして歩いていった。
通り抜けた……!
翔太は、結斗君と顔を見合わせ、それだけではあきたらず、抱き合ってしまっていた。
おばけだ……!
「ちょーっと、男子! なに廊下で相撲とってるの! 廊下でふざけちゃいけませーん」
強気の女子の団体が、呆れつつ注意してきた。これからみんなでトイレに行くところ、通行の邪魔だったのだろう。
「い、いや、ちょっと、九月場所に向け……」
別に相撲ではなかったのだが、翔太はとっさに意味不明な言い訳をしていた。
「わけわかりませーん」
見事に廊下いっぱい広がりつつ、女子たちは笑いながら堂々と通っていく。廊下で相撲は確かに論外だが、横に広がって占領するように歩くのも、どうかと翔太は思う。
強気女子連合。これもまた、夏休みには出会えない久しぶりの光景。
「翔太君、どうする!?」
結斗君の問いでハッと我に返る。久々の学校で荒ぶる女子連合のことは、この際どうでもよいのであった。
「どうするって言われても……」
もう一度、霊の、いや、例のその子の席のほうへ視線を移す。
「あっ……!」
翔太と結斗君は、揃って腰を抜かしてしまった。
みんなに見えないその子はゆっくりと立ち上がり、廊下のほう、翔太と結斗君のほうへ、まっすぐ歩いてくるではないか――。見事、進行方向にいるみんなの体をすり抜けながら……!
あなた、すり抜けてますよ!
思わずその子へ注意しそうになっていた。注意したところで、おばけの意思は変わらないだろうけど。
「君たち、僕が見えるんだな」
見えないその子は、はっきりとしゃべっていた。
次の授業は、音楽だった。音楽室に移動というのをいいことに、翔太は結斗君と謎のおばけと三人で、早めに、まだ誰もいない音楽室へ向かった。
おばけ君の、話を聞くために。
結斗君が、着席するなり尋ねる。
「君、おばけなの?」
結斗君、質問がいつも直球……!
とはいえ、皆が音楽室に来る前に話をしたかったので、結斗君の質問直球ストレート百六十キロ級は、ちょうど都合がよかった。
「おばけじゃない。僕は、この星の知識を勉強に来たんだ」
「この星の、勉強……?」
こくん、とおばけ君はうなずく。
「君、もしかして、宇宙人……?」
翔太と結斗君は思わず同時に叫んでいた。
「うん。君たちから見たら、そういうことに、なるね」
おばけ君じゃなく、宇宙人君だった――!
「僕の体は、別の惑星にある。今ここにいる僕は、意識体」
いしき、たい……?
おばけ君改め宇宙人君の話によると、さまざまな星や世界に『意識』を飛ばし、それぞれの星や世界の知識を学んでいるのだという。
実は少し前からこの学校に来ていたのだという――。でも、誰にも会えず、授業も受けられなかったとのこと。
「だって、夏休みだもん!」
翔太と結斗君は、声を揃えた。
「ああ、そうだったらしいね。残念だった。校内をただ見学してたよ。実は今日が、この世界滞在の最終日なんだ――」
「最終日――」
寂しそうな顔の宇宙人君に、翔太も思わずかわいそうになっていた。
この世界の勉強、楽しみだったんだろうな。
「俺、翔太」
翔太は、今日限りの友だちに、自己紹介していた。
「僕、結斗」
結斗君も翔太にならい、自己紹介する。
宇宙人君はうなずいて二人の名前を覚えるようにし、それから自分の名を名乗った。
「俺、スベスベマンジュウガニタベラレナイカニタベホウダイジャナイ」
それ、名前!?
あまりの名の長さ、理不尽さにあっけに取られる。
「……略して、スベスベマンでいいよ」
宇宙人君のあだ名は、「スベスベマン」でいいらしかった。
「せっかく、友だちになれそうって思ったのに――」
残念そうに結斗君が呟く。翔太も、同じことを思っていた。
初めての、宇宙人の友だち……。
「スベスベマン。次はどんな星、どんな世界に行く予定なの……?」
がやがやと、廊下で声がし始める。クラスのみんなが移動してきているようだった。
「ええとね、次は異世界、ハザマの世界に行ってみる予定」
えっ。
翔太は目を丸くした。だってそれは、紅と蒼、雪夜丸のいる世界――。
「スベスベマン! それじゃあ遊びに行くよ!」
きょとん、とする結斗君とスベスベマン。
結斗君とスベスベマンが翔太にどういうことか質問しようとしたとき、音楽室のドアが開き、クラスの皆が入ってきた。
話は、そこでいったん途切れた。
歌を歌う。翔太の顔は、わくわくでいっぱい、晴れやかになる。
よし! いい機会だ、結斗君も紹介しよう!
翔太は、紅と蒼のいる異世界を、結斗君に教えようと決めた。
結斗君、スベスベマン、それから、ふしぎさんのこと。紅と蒼と、話すこと打ち明けることがいっぱいだ……!
ちらり、と翔太は背後を見る。
スベスベマンは、皆に負けないよう、一生懸命歌っていた。それは楽しそうに。
翔太と結斗君にしか、聴こえない歌声。聴こえないけど、青空高く、響くように。
もしかしたら――、故郷の惑星にも届いたかもしれない。
「さようなら。また明日」
放課後の教室、スベスベマンが手を振る。
「うん。明日、行くよ」
と、翔太。
「異世界かあ! 楽しみだなあ!」
大声の結斗君。強気女子が、その声に振り返る。
「しっ、結斗君! それは秘密だから――」
翔太が慌てて結斗君の口を押え、結斗君はそうだった、ついうっかりしてといった感じで、うん、うんとうなずく。
スベスベマンの話では、明日からしばらく、ハザマの世界の学校に行くのだという。
そして、学校のあとは、紅と蒼の屋敷にお世話になるとのことだった。
「そうなんだ。夜とか惑星の『体』に帰るわけじゃないんだね。ちなみに、こっちの世界では、どこかの家にお世話になってたの?」
翔太が強気女子に聞こえないよう、小声でスベスベマンに尋ねる。
「うん。そこでの生活も勉強だから『ふしぎや』さんっていうところ――」
ド派手さんの駄菓子屋さん……!
翔太と結斗君は、顔を見合わせ笑ってしまっていた。
「それじゃ今晩も、『ふしぎや』さんに泊まるの?」
「うん。今晩が、最後の晩」
「いったん家に帰ってから、俺らも行っていい?」
翔太と結斗君は声を弾ませる。
今日だけの友だちが、今日だけじゃなくなった――! そして、ふしぎさんの謎が、解けるかも――!
いつもの皆と一緒に帰る。結斗君以外には、もちろん秘密。
秘密って、暗くてどきどきするものだと思ってた。
でも、誰にも迷惑とか心配とかかけないような、友だちが笑顔になるような明るく楽しい秘密。秘密は秘密でも、そんな秘密はいいなって、翔太は思った。
見上げれば、包み込むような大きな夕日。ランドセルが、楽しげにカタカタ鳴った。
◆小説家になろう様掲載作品◆
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