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【創作長編小説】異界屋敷不思議譚 最終話

最終話 一番留めておきたい現在

山吹やまぶきさんが、二人……!」

 駄菓子屋である「ふしぎや」に到着した翔太と結斗君は、揃って口をあんぐりさせていた。
 目の前に、見た目も服装もまるっきり同じ二人の「山吹さん」がいるではないか。

「ああ、これは、偽山吹だよ。彼には店番をお願いしてるんだ」

 偽山吹……!

 さらりとすごいことを言ってのける山吹さん。

 もしかして、影武者ってやつ……? もしかして、山吹さんは超偉い人……?

 もしかしてお忍びの王様、大統領、上様――。ふしぎやさんの「りょうしゅうしょ」は上様って書くのかな、翔太が一瞬にして大スケールからミクロ日常まで想像していると、山吹さんは、

「ちなみに彼は、君たち以外の人からは老人に見えてるはずだよ。僕が『通常老人設定』だから」

 とまた驚きの発表をする。翔太と結斗君の目には、双子のド派手バンドマンにしか見えない。

「さあ、行こうか」

 本物山吹さんが、にっこり笑って促す。偽山吹氏は微笑みながら軽くうなずき、「行ってらっしゃい」と留守番を快諾していた。
 これから、シン・お化け屋敷でスベスベマンの大歓迎会が催される。本物山吹さん、翔太、結斗君の三人で、例の異世界への入り口、天井裏へと向かった。



 テーブルの上に、フレッシュなジュースと色鮮やかなサラダ、中央には色鮮やかなフルーツの皿が置かれている。

「わあ、翔太君に結斗君、山吹さんも……!」

 本日の主役、スベスベマンが、笑顔で駆け寄ってきた。

「あのね、こっちが桃君でこっちが緑君。それから、こっちが白君! みんな、ハザマの世界の友だちなんだ!」

 スベスベマンは、ハザマの世界の学校でできた友だちを、翔太たちに紹介した。
 桃君、緑君、白君の三名の男の子だった。

「よかったなあ、スベスベマン! 早速友だちができたんだね」

「うん……!」

 翔太、結斗君、山吹さんもそれぞれ自己紹介した。

「あっちの世界って、どんな感じ?」

 ハザマの世界の少年たちが、きらきらと瞳を輝かせながら翔太たちに質問する。
 
 ええと、なにから説明すればいいかな。

 翔太はちょっと答えに困ったが、すかさず結斗君が、

「勉強あるけど、楽しいしおいしいものもいっぱいあるし、夏は暑くて冬は寒いよー」

 と、ざっくばらんな説明をした。

 えっ。そんな感じ!?

 翔太は、ぎょっとして思わず結斗君の顔を見た。

「へー、そうなんだー。行ってみたい。ねー」

「ねー」

 ハザマの世界の桃君たちは、にこにこと顔を見合わせうなずき合った。

「こっちも、そんな感じでいいとこだよー」

「そうなんだー。いいとこって、最高だよねー」

 とは、結斗君。

「うん、いいところは、いいものだよねー」

 同意する、スベスベマン。スベスベマンの話によると、スベスベマンの惑星もいいところらしい。
 ハザマの世界の三人とスベスベマン、それから結斗君はよくわからない打ち解けかたをしていた。

 うん。確かに。いいところって、最高……、だよな。うん。

 翔太と山吹さんは、微妙な笑顔を向け合っていた。

「みんな、冷めないうちに食べよう! さ、席について!」

 あおが元気よく扉を開けた。蓋つきの寸胴と、湯気の立つ肉料理の大皿が乗ったワゴンを押しての登場だ。その隣にはべにがいて、紅の手にした大きなお盆には、焼きたてのパン。紅の持ちきれないぶんは、

雪夜丸ゆきよまるもお手伝いー」

 男の子の姿になった雪夜丸が、運んでいた。

「おかわり、あるから遠慮なくお皿を出すのじゃぞ」

 紅が寸胴から具だくさんのシチューをよそい、そして蒼がてきぱきと肉料理を皆の分切り分けた。配膳は、雪夜丸。山吹さんも忙しく紅たちを手伝う。

「実は、調理の下ごしらえなど、山吹にも手伝ってもらってる」

 蒼が山吹さんに感謝の言葉を述べる。

 あのシステムキッチンで、みんなで協力して作ってたんだあ。

 システムキッチンの卵の発見者である翔太は、なんとなく感慨深い。

「いただきまーす!」

 わいわい、食べた。話に花が咲き、笑い声とおかわりの声があちこちで上がる。

「翔太と結斗君、山吹、それから桃、緑、白。それぞれみんなが持ってきてくれたお菓子じゃ」

 デザートの番、皆が持ち寄ったお菓子が登場した。

「わあ、君たちの世界のお菓子、おいしいね。食べたことないやあ」

「ここのお菓子も、ほんとおいしいよ」

 料理でおなかいっぱいだったけど、皆喜び合って食べた。

 よかった……! スベスベマンは元気だし、スベスベマンの友だちも、みんないいひとだ……!

 翔太はホッとしていた。そして、自分も大きな友だちの輪の一員になれて、とても嬉しかった。

 みんな、友だち……! 楽しいな、新しい友だち……!

 あっという間に、楽しい時間は過ぎていく――。



 翔太たちの世界では昼前だったのに、こちらの世界では、薄紫とオレンジ色の混じる空、月が輝き始めていた。

「さようなら」

「また遊びにきてね!」

 口々に、別れの言葉を言い、手を振りあう。
 たくさん話した。たくさん笑った。異世界の子とは思えず、あっという間に仲良くなった。

 また、遊びに来よう。そして、今度は遊びに来てもらおう……!

「翔太。結斗」

 振り返る。ただ、普通に名を呼ばれたのだ、と思い。

「ごめん」

 夜が始まろうとしていた。
 紅が、泣きそうな声で呟く。

 え……? なに、が……?

 並ぶようにして立つ、紅と蒼、山吹さん。そして、尻尾の出ている雪夜丸。
 うつむく雪夜丸。尻尾まで、力なく垂れ下がっている。

「ごめんね。決めたんだ」

 山吹さんの、穏やかな声。静かに吹き抜ける、秋の夜風のように。
 蒼が、まっすぐ見つめている。翔太の瞳を。そして、結斗君の瞳も。
 蒼が、重い口を開いた。

「翔太君。結斗君」

 いつものほがらかな蒼は、どこにもいなかった。蒼は、真剣な目をしていた。

「君たちは――、異世界の住人である私たちと関わったことで、感覚が強くなり過ぎてしまった。その結果、異世界との境界線が、薄くなってしまった。このままでは、危険なんだ」

 蒼の腕が、翔太と結斗君のほうへと伸ばされる。

 薄くなる……? 危険……?

「この前の翔太君のように、意識せず危険なものの潜む異世界へ、足を踏み入れてしまうかもしれない。だから――」

 蒼の向こう、紅の頬にこぼれ落ちる、ひとしずく。紅の細い肩、握りしめた小さな手のひらが震えている。

 紅、紅――! どうして、泣いて――!

 尋ねようとした。駆け寄ろうとした。紅のところへ。

 あ。

 蒼の大きな手のひら。蒼は右手を翔太のおでこへ、左手を結斗君のおでこへ、そっと当てていた。

「ごめんね。君たちの力を、閉じる。君たちは、私たちの記憶を失くす。私たちに関するすべての思い出を。スベスベマンのことも。山吹は、駄菓子屋の店主の普通の老人だし、星形菓子はただのお菓子だ。小人のダイ君のご両親からもらった宝石のかけらは、そちらの世界の誰かからもらったおみやげ。すべての記憶は変化し、そちらの世界の道理に沿った形で、自然と落ち着いていく」

 蒼、なにを、言ってるの……?

 蒼は、微笑んでいた。悲しみが、透けて見えるような優しさで――。

「大丈夫、君たちは、なにも変わらない。これからも、いつも通り。いつも通りの、『いいところ』での日常を過ごしていくんだよ――」

 蒼! そんなの、嫌だよ……! 俺は、紅や、蒼や、雪夜丸や、山吹さんや、スベスベマンや――。

 叫ぼうとしたが、声が出ない。
 触れられた、おでこが熱い。
 蒼の向こうの紅をもう一度、見ようとした。紅。おかっぱ頭には、翔太のおみやげの青い髪飾り――。
 なぜか、あたたかく心地よい感覚。体の力が抜けるようだった。
 紅は見えたのだろうか。瞳に映ったのは、紅だったのだろうか。
 スベスベマンの声が、聞こえた気がする。

 いいところは、いいものだよねー。

 なんだその感想、と思った。
 次の瞬間。

 あれ……? 今のヘンテコな感想、誰が言ったんだっけ……?

 

 夢を見ていた気がする。

 朝だった。
 翔太が目覚めたのは、自分の部屋のベッド。いつも通りの月曜日。

 ベッドで目覚める。ということは、夢だよな。見てたのは。

 昨日は日曜だった。今日が月曜だったら昨日は日曜。それは当たり前のことだった。

 あれ。昨日、なにしてたんだっけ。

 歯磨きをしつつ、ちょっと考える。どうして今朝はこんなに寝ぼけた感じなんだろうと、翔太は寝ぐせでぼさぼさの頭をかいた。

 あ、そうか。結斗君が遊びに来てくれたんだっけ。

 思い出して、ちょっと変な感じがした。
 二人でゲームしたんだっけ、と思いつつ、なんだか大勢で遊んだような気がしたからだ。

「変なの」

 首をかしげつつ、ごはんを食べ、支度をし――、ランドセルの中にガラス瓶があり、その中に星形の菓子があるのに、また首をかしげる。

 お菓子、学校に持ってく気かよ。自分。

 女子か、と自分にツッコミを入れていた。

 これ、駄菓子屋のおじいちゃんに、アイスが当たったとき、ついでにもらったお菓子だ。

 そこまで考え、あれ、と思った。

 あのおじいちゃん、そういえばあのとき、なんでお菓子までくれたんだろう?

 なんとなく、そわそわした感じ。落ち着かなかった。なにか、大切なことを忘れている気がした。

「行ってきまーす!」

 大切なことなら、忘れるわけないよね。変なの。

 翔太はそう思い直し、家を出た。

「昨日面白かったよねえ、翔太君!」

 学校に着くと、結斗君が昨日のゲームの話をしてきた。
 
 ほうら、やっぱりそうだ。昨日は、二人でゲームして盛り上がったんだ。

 なんとなく、安心した。翔太と結斗君の記憶は、完全に一致していた。

 当たり前じゃん。なにを、気にしてんだろう、俺。

「今朝、うっかり駄菓子屋のおじいちゃんからもらったお菓子、学校に持ってきそうになったんだよー」

「なにそれー。翔太君、うっかりだなあ!」

 結斗君と大笑いした。あのおじいさん、優しいよね、とうなずき合った――。
 いつも通り、時間が過ぎていく。
 夕方になり、夜になり、朝が来る。
 学校の皆と騒ぎ、女子たちとくだらない小競り合いがあったり、ばかみたいなことで笑ったり。

「ばいばーい」

「また明日ー」

 野上商店の前を、今日も歩いていく。
 自販機。今日も、蜘蛛の巣が張っている。

 あれ。

 夕暮れが、背中を押す。
 どういうことか、翔太も自分でよくわからない。
 なにかが、翔太を揺り動かす。

 大切ななにか。俺はやっぱり、なにかを忘れている――。

 ランドセルの肩ベルトを、握る手に汗がにじんでいた。

 十五歩目。

 心の中に、ぽつり、と浮かんだ言葉。

 十五歩目? なんのことだろう。

 視線を落とす。足になじんだスニーカーが、歩き出したくてうずうずしているように見えた。

 いち、に、さん……。

 意味もなく、数を数えながら歩いてみる。きっと、気まぐれ。きっと、意味なんてない。きっと――。

 きっと……?

 なんだというのだろう。意味も分からず、数えながら歩き続けた。一歩、また、一歩――。

 あ……!

 横を向いたその先、不思議な道が、開ける。地図にない道が――。
 瞬間。押し寄せる、記憶。波のように、強く、大きな力で――。

「紅! 蒼! 雪夜丸! 山吹さん! スベスベマン……! ハザマの世界の、友だち――!」

 翔太は、叫んでいた。

 思い出した……! 全部……!

 駆け出す。まっすぐに。ただ、ひたすら。
 道の先に、誰かが立っていた。
 それは、赤い和傘をさした、女の子――。

「まったく。しょうがないな。翔太は――!」

 和傘を傾け困ったように笑う、その髪には、青い髪飾り。

「紅……!」

 翔太は、手を伸ばす。紅に向け、開いたその手を。

「翔太とわしは、ずっと友だちって、約束したからな」

 紅も、手を伸ばす。

「うん……!」

 ずっと、友だち――! 大切な、みんな――!

 時の泉で見た、一番留めておきたい現在。
 翔太はしっかりと、その手に掴んでいた。



 明るい日差しの満ちた、シン・お化け屋敷。蒼が、急須を傾けていた。

「はい。山吹」

 蒼は、客人である山吹の前に、湯飲みを置く。お茶の香りが、柔らかく広がる。
 山吹は、水晶玉を見つめていた。

「やれやれ。こうなったからには、僕たちで危険がないよう、常に目を光らせるしかないようだね」

 水晶玉に目を留めたまま、山吹はお茶をすすった。

「嬉しいくせに」

 蒼も腰かけ、自分のお茶に手を伸ばす。

「ま。お互い暇だから、いいでしょ」

 笑う、山吹。

 偽山吹に、店を任せるつもりだな。

 蒼も笑い、お茶を一口飲んでから、立ち上がる。
 そして山吹の座る椅子に手をかけ、蒼も水晶玉をのぞく。

「お。そろそろ、あの子たちのお茶とお菓子、用意しなくちゃね」

 シン・お化け屋敷の庭の木の枝が、風に揺れる。楽しいダンスをするように。
 今日のお茶会は、とても賑やかになるだろう。
 蒼は、とびきりのパウンドケーキを、切り分ける。
 もうすぐ、玄関の扉が開く。
 蒼と山吹は、そのときを待った。

◆小説家になろう様掲載作品◆
#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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