【創作長編小説】ルシルのおつかい 第二話
第二話 十六歳児と、五歳児
人生は、選択の連続である。
名乗るか、名乗らないか。関わるか、関わらないか。
適当な返事をしつつ、その場を離れることもできた。
『知らないおとこのひとには、特に気をつけましょう』
家でも学校でも、そのように教わっていた。
旅暮らしのルシルにとって出会う人は、二度目三度目と偶然か必然的に会う人以外、皆「知らない人」だ。
どうせ、旅の道中。親しくする必要も義理もない。ここは、先を急ぐか――。
ルシルは、切り取った夜行石亀の尾を、背負っていたかばんに入れながら、そう決めた。「知らないおとこのひとだから、気を付けます」を選択することにしたのだ。
「私、疲れたから次に見つけた宿屋に泊まろうと思ってるんです。では、ここで失礼いたします」
はきはきとした口調でそのように述べ、黒髪の剣士、ヒューに頭を下げた。
「この娘の名は、ルシルだよ」
えっ。
ルシルも目の前のヒューも、目を丸くした。ここは周りに草木しかない街道、道はまっすぐ伸びており、二人以外の人影はない。
「今、男の声がしなかったか?」
ヒューが、ルシルに尋ねる。
「俺は、気配には敏感だ。近くに、君以外の人の気配を感じないんだが――」
「てゆーか、なんで私の名を知ってるの!?」
気配を感じないどころか、自分の名を知っている誰かがすぐ近くにいる、そのうえ声に聞き覚えもなければ心当たりもない。どういうことなのか、なにが起こったのか、ルシルは動揺するばかり。
「あ。じゃあ、君の名前、ルシルで合ってるんだ」
名前教えてるし……!
自ら正解と教える形になっていた。
ふ、ふふふふふ……。
謎の男の笑い声。その声が聞こえてくる場所を、耳を澄ませて探る。が、どう考えてもそれは――。
「私のかばんの中から聞こえてくる……!」
ルシルが叫び、かばんを開けようとしたとき、どういうわけか、かばんの中から、もくもくと煙が出てきた。
「ルシル! かばんが、火事だ!」
ヒューは慌てながらも、ルシルの体からかばんを離そうと手を伸ばす。かばんが燃えていると思ったのだ。
あっ。
息をのむルシルとヒュー。煙が、目の前で人の姿を形どり始めた。
嘘……!? まるで、人みたいな形に……!
まるで、生きている人のようだった。あっという間に煙は消え、代わりに謎の青年が立っていた。
ルシルとヒューが見つめる中、ゆっくりと、青年の唇が動いた。
「やあ。ルシル。やっと話せたね。僕の名は、リスト。お買い物リストだよ」
「お買い物リストーッ!?」
ルシルの声が裏返る。まさか、まさか、魔女の母がしたためた、羊皮紙の――。
「そう。僕は特別な羊皮紙。特別な調味料や香辛料、お茶、夜行石亀の尾。それらが揃って化学反応が起こり、僕はこうして変身することができた。僕は化学の申し子さ」
本当に、人と変わらぬ声、姿だった。微笑みさえたたえている。
化学の申し子!? 化学から、めっちゃかけ離れてるんですけど!?
ルシルは絶句した。もともと魔女の家で育ち、色々な不思議に囲まれて生きてきたルシルだった――ルシルにとってはどこまでが普通でどこまでが変なのか、はっきり線引きはできないが、学校生活やこの旅で、ある程度の世間の常識は理解していた――が、これは今まで見てきた中で、一番現実から乖離した非常識なできごとだった。
ぺらぺらだった紙が、立体感を持ち、そのうえ人のようにぺらぺらしゃべっている。
あの、台風に飛ばされても自力で帰ってきた、羊皮紙だっていうの――!?
煙は、化学現象らしい。
「リスト、さん」
信じられないといった表情のまま、ヒューが恐る恐るリストの名を呼んでみる。
リストは、にっこりと笑った。
「はい。ヒューさん。初めまして。よろしく。ルシルを助けてくださり、私からもお礼を述べさせてください。危ないところ、本当にありがとうございました」
えっ、お前、私の保護者か!?
ルシルの心の声など知る由もなく、リストはヒューに向かってぺこりと頭を下げた。
人生は選択の連続ではあるが、ものごとは選択通りに進むとも限らない。
リストは、すらりとした見目麗しい青年の姿をしていた。髪は、少し黄色みの掛かった薄い灰色の長髪だった。元「紙」なだけに、髪色も紙色だった。瞳の色は、黒。たぶん、インクの色から来ているのだろう。
「次の町までどのくらいあるかわかりませんが、おそらく、今から宿探しは夜更けになるでしょう。ルシル、ここで今晩はヒューさんと一緒に野営しましょう」
「なんでリスト、あんたが提案してるの!?」
リストの提案に、ルシルが意義を唱えた。無理もない。突然ものを言い出したと思ったら、行動の指図までする始末である。
リストは、まっすぐルシルの赤色の瞳を見つめた。ルシルの瞳の色は、ルシルの髪色と同じ美しい赤だった。
「あなたは十六。人間でいうところの、子どもですから」
紙に、子ども扱いされてしまった。
「って、リスト、そういうあんたはいくつ!? どっから年齢数えるの!? 人間の姿になった今この瞬間から? それとも、お母さんがリストをしたためて魔法を掛けた瞬間から? それとも、羊皮紙として誕生してから!?」
思わず、リストの年齢を問いただすルシル。人間の姿になってからだとゼロ歳だし、母の魔法からすると五歳、羊皮紙誕生からだとすると、まあそれなりの年齢だろう。
「そうだなあ。この意識があるときからだと――、やはり五歳というところでしょうか」
「幼児じゃん……!」
ルシルが叫んだところ、ヒューが静かに挙手していた。
「子どもアンド子ども。大人として、これはちょっと、見守らなくてはなあ」
ヒューはリストとルシルが言い合いをしている間、しゅくしゅくとたき火、持参の保存食など食糧を並べ、野営の準備をし続けていた。
「あ。ルシルちゃん。自分のテントは、自分で用意してね」
ルシルちゃん……!?
ヒューの「ルシルちゃん」呼びに、ルシルは肩を震わせていた。
「あ。おいしそう。いただきまあす」
お前、紙なのに食う気か……!
ルシルが、リストを睨む。ヒューに気を取られていた隙に、リストはちゃっかりヒューの食料をもらって食べ始めていた。
「へえ。リストちゃん、人間食、食べるんだ。意外だねえ」
人間食ってなんだ……! その変な言いかた……! そこは普通に「食べもの」でいいのでは……!?
まるで人間食ってるみたいじゃないか、というルシルの心の声などつゆ知らず、ヒューは気前よく食事をリストに分け与えている。
「ルシルちゃんも座って。よかったら食べて。俺、多めに持ってるから」
十六歳児と、五歳児扱い……!
月と星が、明るく照らす。たき火を囲んだ、若者たちと若い「紙」を。
「うん、やはり大勢で食べたほうが食事はうまい」
ヒューがうなずきつつ、干し肉を頬張る。
ルシルは、自分がすっかり子ども扱いされてること、それからヒューの適応力の高さにめまいを覚えていた。
◆小説家になろう様掲載作品◆
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