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【創作長編小説】ルシルのおつかい 第三話

第三話 歩く覚悟

 街道から少し入った林の中、たき火にくべられた枝のはぜる音、濃密なよい香りが漂う。

「あぶったチーズも、うまいもんだよ」

 剣士ヒューは、たき火の炎であぶったチーズの串を、ルシルに手渡す。

「あ、ありがとうございます」

 非常に戸惑いつつも、とりあえずルシルは受取り、お礼の言葉を述べた。

「どういたしまして」

 ルシルに屈託のない笑顔を向けるヒュー。
 それからヒューは、リストにも、いい具合に溶けてきているチーズの串を手渡していた。

「ヒューさん、ありがとー!」

 リストは大喜びで受取った。ついさっきまで、羊皮紙だったはずなのに。
 リストは、ルシルがチーズを口に入れる様子を見て――ルシルの食べかたよりかなり誇張気味ではあるが――頬を目いっぱい膨らませつつ息を吹きかけ、チーズを食べごろの温度まで冷ます仕草をした。

 なんだ、この紙。

 ルシルは感心と呆れ、相反する二つの感情の入り混じる目で、リストを眺めていた。

「おいしい! あぶりチーズ、おいしいですねえ!」

「リストちゃん。あぶってないチーズも、食べたことあるの?」

 瞳を輝かせ歓喜の声を上げるリストに、ヒューが質問する。

「ないよ! 大体、食事自体初めてですから!」

「そうだよねえ、紙だったんだもんねえ」

 うなずきつつ、ヒューは自分の分のあぶりチーズを食べる。
 生き物だか化け物だかわからないリストに、平然と食糧を分け与え、会話を進めるヒュー。ルシルは尋ねずにいられなかった。

「この状況、不思議に思わないの……?」

 んん、と口をもぐもぐさせ飲み込んでから、逆にヒューが質問をぶつけてきた。

「じゃあ、訊いてもいい? まだ十六の君が、一人旅をしているってこと」

 えっ、そっちが疑問なんだ。

 リストについて訊いたつもりだったのに、ルシル自身について訊かれてしまった。

「君は、学校に行ってるはずの年齢。どういう事情?」

 ええと――。

 今までも道中、見知らぬ大人たちに心配され、話し掛けられていた。「母のために」、「家の事情で」と大雑把に話し、あとは心配してくれたことのお礼、それと「自分は大丈夫アピール」だけをして、逃げるようにその場を離れた。実際、全力で逃げた。保護されてしまったら、逆に困ってしまうと思った。

 それじゃ、修行にならない。というか――。

 本音を言えば、行動を制限されるのが嫌だった。自分のせいで騒ぎになったり面倒なことになったりするのも、ご免だった。

 お母さんは、とんでもない人。でも、それを含めて私はお母さんが好き。お母さんが悪く言われるのは、絶対嫌。私がお母さんを悪く言うのはいいけど、他の人からは言われたくない――!

 自分が保護されてしまったら、絶対母は周りから責められてしまう、とも思った。そんなことは避けたかった。
 ヒューに対して、どこまで打ち明けたらいいか、またはどうごまかせばいいか、ルシルは思いあぐねる。

「おつかいだよ、ヒューさん。僕は、『お買い物リスト』って言ったよね?」

 リスト、お前……!

 あっさり告げるリストを、ルシルは睨みつけた。

「五年間、おつかいしてるんだ。集めなければならない残りの品は、あと三品。『赤ドラゴンの卵一パック、人型樹の実三個、りんごとはちみつカレーの究極ルー一箱』の三つ、なんだ」

 リストは、かつて自分にしたためられた品目について述べた。

 リスト、あんたって紙は……!

 全部正直に言うんじゃない、そうリストに叫んでやろうとしたとき、ヒューが先に口を開いていた。

「赤ドラゴン……! ルシルちゃんも、赤ドラゴンを探しているのか……!」

 え、「も」……?

 ヒューは、「ルシルちゃんも」、と叫んでいた。と、いうことは――。

「俺が探しているのは、赤ドラゴンだ。やつを倒すために、ずっと旅を続けてきた」

 えええーっ!

 ヒューの言葉に、ルシルもリストも驚きの声を上げていた。



 ルシルのテントは、小さく狭い。

「ルシル。僕はヒューのテントにご厄介になるよ。今まで僕は、スリムでコンパクトで軽量だったのに、こんな姿になってしまったから」

 背の高い青年の姿になってしまったリスト。ルシルのテントにルシルとリストのふたりが入るのは、ちょっと窮屈過ぎた。
 ヒューの厚意で、リストはヒューのテントに一晩泊まることとなった。

「僕は、今までずっとルシルの傍で、密かにルシルを守っていた。テントは違うけど、守りの力は変わらないからね」

 え、守ってたんだ。

 お買い物リストに、そんな力があったとは、ルシルも知らなかった。

「ルシル―、寂しがらないでね……! すぐ隣にいるからね……!」

「はいはい。子どもはもう寝なくちゃね。じゃあ、ルシルちゃん、おやすみ」

 ヒューはまだ名残惜しそうなリストを引っ張り、リストと共に自分の設営したテントに入っていった。

 おかしなことになっちゃったな。

 ルシルは体を横たえた。疲れが、どっと押し寄せる。テントの天井を見上げ、ため息をつく。
 
『それじゃ一緒に、赤ドラゴンを探しに行こう』

 ヒューはルシルをまっすぐ見つめ、そう言っていた。

 悪い人じゃない。むしろ――、優しい人だ。

 ヒューは、見ず知らずの自分、そのうえ、リストという奇妙な存在にまで、よくしてくれている。

『ルシル! よかったね! ヒューさんがいてくれれば、心強いねえ!』

 とは、リストの言葉。

 同じような目的だからといって、一緒に行動するって、どうなのかな――。

 ヒューは男の人だし、自分は女の子。今のところ、下心みたいなものは感じられないけど、簡単に人を信用していいのかどうか、ルシルの心に疑問が残る。
 寝返りをうち、ヒューの澄んだ青の瞳を、思い浮かべる。
 いつか見た、晴れた海のような青だった。

 あぶりチーズ、おいしかったな。

 ふとそんなことを考え、急いで首を左右に振って頭の中から考えを締め出した。

 餌付けされてるんじゃない、自分……!

 リストもすっかり餌付けされてるよ――、そんなことを考えているうち、疲れもあって眠気が訪れていた。
 虫の声が聞こえていた。まるで、鈴のよう。

『目覚めなさい』

 声が、したような気がする。虫の音に紛れて。

『目覚めなさい。ルシル――』
      
 女の人の声だった。聞いたことはない。夢なのかもしれない、とルシルは思った。

『目覚めなさい――』

 これから深い眠りに落ちようとしているのに、目覚めなさいとはないごとか――。

 そんなことを思っているうち――、いつの間にか、ルシルは眠りに落ちていた。



「俺の両親は、俺の子どものころ、赤ドラゴンに殺されたんだ」

 朝食のあと、ヒューが打ち明けた。朝食は、近くで見つけた木の実や草の実、それと野草で作ったスープなどで、簡単に済ませた。

「え……、ご両親が……」

「両親だけじゃない、村の多くの者が、死んだ」

 ヒューは、大きくなったら旅に出て、両親や殺された村人たちの仇を取ってやる、と思いながら過ごしてきたのだという。そして、旅に出た。

「剣の技は自己流。旅の中磨いてきた。昨日の『夜行石亀』のときのように、出会った怪物を倒しながら」

 なんて答えを返せばいいか、ルシルは思いつかなかった。ただ、ルシル自身は気付かないが、言葉として表れなくてもルシルの表情に、悲しい過去を背負ったヒューを気遣い思いやる、そんな心が表れていた。

「赤ドラゴン――。その怪物の行方、わかるの?」

 深い痛みを抱いている大人のヒューに、今のルシルは質問することで精一杯だった。

「俺の村を襲った赤ドラゴンかどうかはわからないが――、有力な情報は得ている」

「有力な、情報……!」

「ああ。赤いドラゴンが潜む山を、強い力を持つ占い師から教えてもらった」

 街道の先に見える山、さらにその先にある山々を三つ超えた先の山、そう言ってヒューは山のほうを指差した。

「山山山山の山、ですね」

 リストがややこしいことを言う。
 風が吹いている。遠くに、黒い雲が見える。テントを片付け、出発の準備を始める。

「ルシルちゃん。行く覚悟が、あるか?」

 深いため息を一つ吐いたあと、ヒューが尋ねる。

「もちろん! そのための、旅です……!」

 ルシルは、はっきりと告げた。赤い髪を風になびかせ、見えない山の向こうを見据えながら。

 ヒューさんのご両親や村の人たちの命を奪ったかもしれない、危険なドラゴン……。でも……、いえ――、だからこそ! 私は行くんだ……!

 母のおつかい以上に、意義のある決断だと思った。
 そのとき、リストはヒューを見つめていた。じっと、見つめていた。

「リストちゃん? なんで俺を見つめてんの?」

 首をかしげるヒューに、リストはヒュー同様、首をかしげて答えた。

「いやあ、僕には『覚悟はあるか』って訊かないのかなあ、と思って」

 訊いてほしいようだった。なんだか答えたくてうずうずしているよう。

「……リストちゃん。行く覚悟、ある?」

「僕は、覚悟しかないよ! 『歩く覚悟』とは僕のことさ……!」

 歩く覚悟って、なんなんだ。

 わざわざ、そんなことを言いたかったのか、とルシルの心にふたたび感心と呆れが舞い降りる。

「それじゃ、行きましょう……! ルシル、ヒューさん、僕のあとについてきて……!」

 なぜ、お前のあとに。

 駆けていくリストのあと、釈然としない気持ちでルシルとヒューは歩き始める。

「この状況、不思議に思わないの……?」
 
 ルシルは昨晩と同じ質問を、ヒューにしてみた。

「不思議しかない」

 ヒューは肩をすくめ、笑った。

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